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第四話 一宿一飯
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「さすが英雄様! 娘を、リーシャを救出していただきありがとうございます!」
商人の屋敷にリーシャを連れ戻すと、一睡もせずに娘の安否を心配していた商人から感謝の言葉が上がった。
相当気を張っていたのか、会った時と比べて顔がやつれたように見える。
それでもリーシャの無事を知った喜びで、青白かった顔色は、今は紅潮してむしろ血色が良くなっていた。
商人の妻がリーシャを抱きしめているのを見ながら、ロイドはすでに他界した両親のことを思い浮かべた。
開墾地の農奴として過酷な環境で、幼いロイドに愛情を注いでくれていた両親の死に際を見ることができなかったことは、ロイドの心に小さくない棘として残っている。
「まさかあの黒猿団を一人で壊滅させるとは……にわかに信じられん」
「運が良かったんだ。正直二度とごめんだな」
街の門を通った時に、リーシャを救出したことは守衛にも伝わった。
ロイドは詳細は後でと伝えたが、相手が黒猿団だったことはうっかりと口を滑らせてしまった。
現場に向かえば有名すぎる男の死体が転がっているのだから、すぐ分かることだ。
守衛はロイドと共に商人の館に訪れ、道中も含め、興奮した様子で話しかけている。
「今部下を現場に向かわせている。団長であるグレゴリーの死体もそこにあるのだな?」
「ああ。もう一人、見張りのが。残りは仲良く崩れた洞窟の中で眠ってる」
「むぅ……信じられんな。どうやればそんなことが可能なのか」
思い返せばかなり綱渡りなことをした結果、運良く上手くいっただけだった。
もちろん事細かに何をしたかなど教える気もさらさらない。
「ところで、いい加減休みたいんだ。話すことは十分話した。そろそろ帰ってもいいか?」
「これは失礼いたしました! 英雄様! 帰るなど言わずに、どうぞご用意した客室でお休みください!」
ロイドの言葉に商人が慌てた様子で改めてもてなしを伝える。
これ以上の面倒ごとは遠慮したいロイドだったが、正直なところ限界が近かった。
昨日の夜まで酒盛りをし、ほとんど休息も取らずに一日かけて商人の娘を救出した。
グレゴリーとのやり取りでは、爆風に飛ばされ打撲し、身体強化も使った。
精も根も尽き果て、可能なら今すぐにでも泥のように眠りたい。
これから宿を探そうにも、そもそも金が尽きている。
どこかの軒下の固い地べたがせいぜいだ。
「そうか? 悪いな。もう一日だけ世話になろう」
「もちろんでございます! 一日などとおっしゃらずに。あなたは娘の命の恩人でございます。いつまででもお過ごしください!」
リーシャを救出する前にあてがわれた客室よりも、さらに上等な部屋に通されたロイドは、靴を脱ぎ捨てそのままベッドの上に身体を沈めた。
上等なベッドは、疲れ切ったロイドの身体を包み込み、すぐに深い眠りへと誘っていく。
目まぐるしく過ぎ去った出来事に想いを寄せる間も無く、ロイドは意識を手放した。
⭐︎⭐︎⭐︎
『俺は、英雄になるんだ!』
少年時代のロイドが、隣に座り話を聞く少女に向かって恥ずかしげもなく夢を語っている。
夢の中だと自覚できているロイドは、複雑な気持ちで過去の自分を見つめていた。
夢は夢だったのだ。
少年時代の自分にそう伝えたいが、声は出ない。
『うん! ロイド兄ちゃんならなれるよ!』
黒髪の少女が肯定する。
ロイドを兄ちゃんと呼ぶ彼女は、妹ではない。
幼い頃に暮らした開墾地の幼馴染の一人だ。
歳はロイドの五歳下。
夢の中では後ろを向いていて、その顔は見えないが、いつもロイドの話を目を輝かせながら聞いてくれていた。
『この少年をぜひ我が団に推薦したい』
場面が突如変わり、昔師匠と慕った男が、ロイドの両親に話している。
たまたま訪れた騎士団の副団長だ。
副団長の横には夢を実現できると心躍らせる間も無く成人を迎えるロイドが立っていた。
少し戸惑いながらも申し入れを受け入れた両親が、ロイドの額にキスをする。
これが両親と最期の別れになることになるなど、当時のロイドは思いもしなかった。
その後も夢は時代を追いながら次々と場面を変え流れていく。
英雄になることを夢見て生まれ育った地から旅立ったロイドを待ち受けていたのは、悲惨な現実だった。
農奴の息子として生まれたロイドは、騎士団の本拠地である都市では、簡単に標的になった。
田舎者、物知らず。
開墾地という厳しい環境だからこその団結と人情に囲まれて育ったロイドにとって、都市部に住む者たちの口撃や嫌がらせは、実行者たちが望む以上の効果を上げた。
見返してやろうとがむしゃらに鍛え、目立つ成果を挙げたことも裏目に出た。
農奴の息子が、正規の訓練と入団試験を経た自分たちよりも優れていることを認めるのを拒む者たちが多かったのだ。
成果のでっち上げ、横取り、と有る事無い事の噂を立てた。
理不尽な扱いや嫌がらせによって、命の危険に何度もさらされた。
様々な出来事は少しずつ、しかし確実にロイドの心を蝕んでいく。
『ロイド。俺はもうお前を庇いきれん。お前を推薦したのが間違いだった。この疫病神め』
決定打はロイドを騎士団に推薦した副団長の一言だった。
師匠と慕い、最後の心の拠り所にしていた副団長は、保身のためにロイドを切り捨てた。
絶望に打ちひしがれた数年前のロイドが、騎士団証を外したところで夢は唐突に終わる。
⭐︎⭐︎⭐︎
「クソ……嫌な夢見ちまったじゃねぇか」
ロイドはゆっくりと目を開け、自分が上等なベッドの上に寝ていることを認識する。
上半身を起こし、ベッドの横に両脚を投げ出し、腰掛けた。
辺りを見渡せば、腰掛けているベッド同様、ロイドにはいくらするのかも検討のつかない調度品が並んでいる。
「英雄様、か……へっ。ガラでもねぇ」
寝る前の出来事を思い出し、ロイドは呟く。
今さら英雄など、なれるわけがない。
昨日はたまたま上手くいっただけで、そもそも噂の英雄様は、別人だ。
偶然名前と見た目が似ているだけ。
それだけで決まるのであれば、きちんと探せば世の中には何人もの英雄様がいるに違いない。
「さて、と。少々手間があったが、予定通りに行くとするか」
ロイドは荷物を担ぐと窓の外を眺めた。
今日いる部屋は三階だが、幸いにもすぐ近くに背の高い木が生えており、そこに飛び移れば難なく降りられそうだ。
辺りを歩く人影もない。
この街ともこれでおさらばだ。
路銀を稼ぐついでに、遠くへ向かう商人の護衛依頼でも探そう。
そう考えながら窓から身体を乗り出し、縁に立ってから木に飛び移った。
「英雄様。そろそろお昼ですが。朝もお召し上がりになられませんでしたが、大丈夫ですか?」
商人の屋敷に勤める侍女が、ロイドが寝ているはずの部屋の扉を控えめに叩く。
返事がないため、よほど疲れているのだろうとそのままにしておいたが、夕刻になっても返事がないことで中を覗き驚いた。
部屋にいるはずのロイドの姿がどこにも見当たらない。
すぐに主人である商人に伝え、屋敷中を探す指示が出たが見つからなかった。
娘であるリーシャを救ってくれたお礼が詰まった皮袋を見つめながら、商人はどこへ向ったかも分からない英雄に向かい感謝の意を述べた。
その後、しばらくして、巷に広がる英雄の噂に新しい話が追加された。
英雄は単身で悪名高い大規模盗賊団から姫を救い出したのだとか。
そして英雄は凄まじい威力の爆発魔法を操り、剣技は盗賊団の頭領を一刀の元切り伏せるほど。
そんな偉業を成した英雄は奥ゆかしく、謝礼として一宿一飯だけを受け取り、次に救うべき人を探しながら旅を続けている。
噂におヒレは付きもの。
嘘か誠か。
酒のつまみや話のタネに、今日も人々はまだ見ぬ英雄の噂で盛り上がるのだ。
商人の屋敷にリーシャを連れ戻すと、一睡もせずに娘の安否を心配していた商人から感謝の言葉が上がった。
相当気を張っていたのか、会った時と比べて顔がやつれたように見える。
それでもリーシャの無事を知った喜びで、青白かった顔色は、今は紅潮してむしろ血色が良くなっていた。
商人の妻がリーシャを抱きしめているのを見ながら、ロイドはすでに他界した両親のことを思い浮かべた。
開墾地の農奴として過酷な環境で、幼いロイドに愛情を注いでくれていた両親の死に際を見ることができなかったことは、ロイドの心に小さくない棘として残っている。
「まさかあの黒猿団を一人で壊滅させるとは……にわかに信じられん」
「運が良かったんだ。正直二度とごめんだな」
街の門を通った時に、リーシャを救出したことは守衛にも伝わった。
ロイドは詳細は後でと伝えたが、相手が黒猿団だったことはうっかりと口を滑らせてしまった。
現場に向かえば有名すぎる男の死体が転がっているのだから、すぐ分かることだ。
守衛はロイドと共に商人の館に訪れ、道中も含め、興奮した様子で話しかけている。
「今部下を現場に向かわせている。団長であるグレゴリーの死体もそこにあるのだな?」
「ああ。もう一人、見張りのが。残りは仲良く崩れた洞窟の中で眠ってる」
「むぅ……信じられんな。どうやればそんなことが可能なのか」
思い返せばかなり綱渡りなことをした結果、運良く上手くいっただけだった。
もちろん事細かに何をしたかなど教える気もさらさらない。
「ところで、いい加減休みたいんだ。話すことは十分話した。そろそろ帰ってもいいか?」
「これは失礼いたしました! 英雄様! 帰るなど言わずに、どうぞご用意した客室でお休みください!」
ロイドの言葉に商人が慌てた様子で改めてもてなしを伝える。
これ以上の面倒ごとは遠慮したいロイドだったが、正直なところ限界が近かった。
昨日の夜まで酒盛りをし、ほとんど休息も取らずに一日かけて商人の娘を救出した。
グレゴリーとのやり取りでは、爆風に飛ばされ打撲し、身体強化も使った。
精も根も尽き果て、可能なら今すぐにでも泥のように眠りたい。
これから宿を探そうにも、そもそも金が尽きている。
どこかの軒下の固い地べたがせいぜいだ。
「そうか? 悪いな。もう一日だけ世話になろう」
「もちろんでございます! 一日などとおっしゃらずに。あなたは娘の命の恩人でございます。いつまででもお過ごしください!」
リーシャを救出する前にあてがわれた客室よりも、さらに上等な部屋に通されたロイドは、靴を脱ぎ捨てそのままベッドの上に身体を沈めた。
上等なベッドは、疲れ切ったロイドの身体を包み込み、すぐに深い眠りへと誘っていく。
目まぐるしく過ぎ去った出来事に想いを寄せる間も無く、ロイドは意識を手放した。
⭐︎⭐︎⭐︎
『俺は、英雄になるんだ!』
少年時代のロイドが、隣に座り話を聞く少女に向かって恥ずかしげもなく夢を語っている。
夢の中だと自覚できているロイドは、複雑な気持ちで過去の自分を見つめていた。
夢は夢だったのだ。
少年時代の自分にそう伝えたいが、声は出ない。
『うん! ロイド兄ちゃんならなれるよ!』
黒髪の少女が肯定する。
ロイドを兄ちゃんと呼ぶ彼女は、妹ではない。
幼い頃に暮らした開墾地の幼馴染の一人だ。
歳はロイドの五歳下。
夢の中では後ろを向いていて、その顔は見えないが、いつもロイドの話を目を輝かせながら聞いてくれていた。
『この少年をぜひ我が団に推薦したい』
場面が突如変わり、昔師匠と慕った男が、ロイドの両親に話している。
たまたま訪れた騎士団の副団長だ。
副団長の横には夢を実現できると心躍らせる間も無く成人を迎えるロイドが立っていた。
少し戸惑いながらも申し入れを受け入れた両親が、ロイドの額にキスをする。
これが両親と最期の別れになることになるなど、当時のロイドは思いもしなかった。
その後も夢は時代を追いながら次々と場面を変え流れていく。
英雄になることを夢見て生まれ育った地から旅立ったロイドを待ち受けていたのは、悲惨な現実だった。
農奴の息子として生まれたロイドは、騎士団の本拠地である都市では、簡単に標的になった。
田舎者、物知らず。
開墾地という厳しい環境だからこその団結と人情に囲まれて育ったロイドにとって、都市部に住む者たちの口撃や嫌がらせは、実行者たちが望む以上の効果を上げた。
見返してやろうとがむしゃらに鍛え、目立つ成果を挙げたことも裏目に出た。
農奴の息子が、正規の訓練と入団試験を経た自分たちよりも優れていることを認めるのを拒む者たちが多かったのだ。
成果のでっち上げ、横取り、と有る事無い事の噂を立てた。
理不尽な扱いや嫌がらせによって、命の危険に何度もさらされた。
様々な出来事は少しずつ、しかし確実にロイドの心を蝕んでいく。
『ロイド。俺はもうお前を庇いきれん。お前を推薦したのが間違いだった。この疫病神め』
決定打はロイドを騎士団に推薦した副団長の一言だった。
師匠と慕い、最後の心の拠り所にしていた副団長は、保身のためにロイドを切り捨てた。
絶望に打ちひしがれた数年前のロイドが、騎士団証を外したところで夢は唐突に終わる。
⭐︎⭐︎⭐︎
「クソ……嫌な夢見ちまったじゃねぇか」
ロイドはゆっくりと目を開け、自分が上等なベッドの上に寝ていることを認識する。
上半身を起こし、ベッドの横に両脚を投げ出し、腰掛けた。
辺りを見渡せば、腰掛けているベッド同様、ロイドにはいくらするのかも検討のつかない調度品が並んでいる。
「英雄様、か……へっ。ガラでもねぇ」
寝る前の出来事を思い出し、ロイドは呟く。
今さら英雄など、なれるわけがない。
昨日はたまたま上手くいっただけで、そもそも噂の英雄様は、別人だ。
偶然名前と見た目が似ているだけ。
それだけで決まるのであれば、きちんと探せば世の中には何人もの英雄様がいるに違いない。
「さて、と。少々手間があったが、予定通りに行くとするか」
ロイドは荷物を担ぐと窓の外を眺めた。
今日いる部屋は三階だが、幸いにもすぐ近くに背の高い木が生えており、そこに飛び移れば難なく降りられそうだ。
辺りを歩く人影もない。
この街ともこれでおさらばだ。
路銀を稼ぐついでに、遠くへ向かう商人の護衛依頼でも探そう。
そう考えながら窓から身体を乗り出し、縁に立ってから木に飛び移った。
「英雄様。そろそろお昼ですが。朝もお召し上がりになられませんでしたが、大丈夫ですか?」
商人の屋敷に勤める侍女が、ロイドが寝ているはずの部屋の扉を控えめに叩く。
返事がないため、よほど疲れているのだろうとそのままにしておいたが、夕刻になっても返事がないことで中を覗き驚いた。
部屋にいるはずのロイドの姿がどこにも見当たらない。
すぐに主人である商人に伝え、屋敷中を探す指示が出たが見つからなかった。
娘であるリーシャを救ってくれたお礼が詰まった皮袋を見つめながら、商人はどこへ向ったかも分からない英雄に向かい感謝の意を述べた。
その後、しばらくして、巷に広がる英雄の噂に新しい話が追加された。
英雄は単身で悪名高い大規模盗賊団から姫を救い出したのだとか。
そして英雄は凄まじい威力の爆発魔法を操り、剣技は盗賊団の頭領を一刀の元切り伏せるほど。
そんな偉業を成した英雄は奥ゆかしく、謝礼として一宿一飯だけを受け取り、次に救うべき人を探しながら旅を続けている。
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