偽りの英雄譚〜落ちぶれ中年、英雄詐欺をしていたらいつのまにか最強扱いされていた〜

黄舞

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第十話 旅は道連れ

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 雷光がロイドを飲み込もうとしたその瞬間、彼の意識は絶望に支配されそうだった。
 膝をつき、力尽きた身体はもう立ち上がる気力すら残っていなかった。
 バラランガの咆哮が耳をつんざき、紫電が空気を切り裂く音が近づいてくる。
 
(終わりか……こんなところで……)

 ロイドが目を閉じかけた時、森の奥から聞き覚えのある小さな鳴き声が響いた。
 弱々しく、だが確かに近づいてくるその声に、ロイドは薄れゆく意識の中で首をわずかに動かした。
 
「……何だ?」

 視界の端に、子犬ほどの大きさの影が飛び込んできた。
 灰色の毛に赤い宝石が額に輝く――それは以前、ロイドが回復薬を使って助けた宝石獣の幼獣だった。
 幼獣はよろよろとしながらもロイドの側に駆け寄り、その小さな身体で彼の足元に擦り寄る。
 ひんやりとした舌がロイドの手を舐め、くすぐったさに思わず顔をしかめた。
 
「お、お前……何でここに?」

 幼獣はロイドを見上げ、嬉しそうに短く鳴いた。
 だがその瞬間、バラランガの咆哮が再び森を震わせ、幼獣はビクッと身を縮める。
 ロイドは反射的に幼獣を庇うように腕を広げたが、バラランガの殺意に満ちた視線がこちらを捉えていることに変わりはなかった。
 
(助けたばっかりに、こんな目に……)  

 バラランガが一歩踏み出し、雷光が再び閃こうとしたその時、幼獣が小さな身体を震わせながら前に出て、母獣に向かって甲高い声で鳴き始めた。
 まるで何かを訴えるように、懸命に声を張り上げるその姿に、バラランガの動きがピタリと止まった。
 紫電の輝きが一瞬弱まり、深紅の瞳が幼獣へと向けられる。
 その時、ロイドの頭に一つの可能性が過ぎる。
 
「……お前、まさかこいつの子か?」
 
 ロイドが呟くと、幼獣は振り返ってコクンと頷いた――ように見えた。
 すると、バラランガの頭の中から直接響くような声がロイドの脳裏に届いた。
 低く、重々しい、だがどこか落ち着いた声音だった。

『我が子が言うには、お前がその命を救ったそうだな、人間』  

 ロイドは目を丸くし、思わず幼獣とバラランガを見比べる。
 
「念話!? お前、人間の言葉が分かるのかよ!?」  
『昔戯れに覚えたのだ』  
「なら最初からそう言えよ! こっちは死にそうな目に遭ってんだぞ!」

 バラランガはフンと鼻を鳴らし、紫電を纏った毛を少し落ち着かせるように揺らした。
 すると、見下ろしていた頭をわずかに下げ、ロイドに向かって非礼を詫びるような仕草を見せた。
 
『我が子の恩人に対し、怒りをぶつけたのは我の過ちだ。許せ』  
「許せって……怒りを鎮めてくれれば御の字だ。このまま、大人しく普段の巣に帰ってくれるとありがたいんだがな」  

 ロイドが呆れたように言うと、幼獣が再びロイドの脚に擦り寄り、今度はバラランガに向かって甘えるような声で鳴き始めた。
 バラランガの瞳が一瞬困惑したように揺れ、その巨体が微妙に後ずさる。
 
「何だ? 帰ってくれるでいいのか?」
『我が子が……お前と共に行動したいとせがんでいるのだ』
「は!? 俺と!?」

 幼獣はロイドを見上げ、キラキラした目で尻尾を振る。
 まるで「一緒に行こうぜ!」とでも言いたげなその仕草に、ロイドは思わず後退った。
 
「いやいやいや! 待て待て! 俺はペットを飼う甲斐性なんてねぇって前に言っただろ!」  
『何!? ペットだと!? 身の程を弁えろ! 冗談ではない。我が愛する子が人間の下へ行くなど認められん! この子は我と共に森で暮らす。それが子にとっても最善だ!』

 バラランガの声に強い否定が込められ、紫電が一瞬強さを増した。
 だが、幼獣は母獣の言葉を無視するかのように、ロイドにじゃれつきながらさらに甘えた声で鳴き続ける。
 バラランガの身体が苛立たしげに揺れ、深いため息のような鼻息が森に響いた。
 
『やめんか! 我はお前を愛しておるのだぞ? 母を置いて人間と行くなど、我が心が耐えられん!』
 
 幼獣はそれでもロイドの足元で跳ね回った後、母獣をとじとりとした目で見つめながら訴えるように鳴く。
 バラランガの瞳が悲しげに揺れ、やがて諦めたような声が響いた。
 
『それほどか……お前に嫌われたくないのだ。仕方あるまい。お前がこやつを連れて行くことを認めよう。だがな、人間!』

 バラランガの視線がロイドを鋭く貫き、紫電が再び不気味に輝き出す。
 ロイドは思わず一歩後ずさった。
 
『もし我が子に何かあれば、今度こそ貴様を雷で焼き尽くし、苦しみ抜いた末に殺してやる。分かったな?』
「ひっ! いや! 連れて帰れよ! 大事な我が子なんだろ!?」
『何!? 我が子が同行させてやると言っているのに断ると言うのか!?』

 バラランガの圧が強まる。

「分かった、分かったよ! 脅さなくても大事にするって!」  
『ふん。それでいい。だが、人間だけでは些か不安ではあるな……これを持っていけ』

 バラランガは自分の尻尾を噛み、ひと束の毛を抜き取ると、ロイドの前に置いた。

『手を出せ』

 逆らい難いバラランガの指示に、ロイドは言われた通り手を差し出した。
 その手のひらに、バラランガは額の宝石を当てる。
 淡い光がロイドの手を包み、やがて消えた。

『これで我の紫電はお前に味方する』
「どういうことだ?」
『これは我が魔力を宿す。肌身離さず持てば、その身に我が紫電を纏うことができるぞ』
「冗談じゃねぇ! 四六時中雷纏えってか!? 普通の生活ができねぇじゃねぇか!」
『安心しろ。お前の意思に呼応するようにしておいた。やり方は、慣れろ』
 
 ロイドは額に冷や汗を浮かべながら、足元で嬉しそうに跳ねる幼獣を見下ろす。
 バラランガはロイドの抗議を無視し、紫電を纏った身体を翻すと、森の奥へと消えていった。
 残されたロイドは、足元で楽しげにじゃれつく幼獣を見下ろし、頭を抱えた。
 
「おいおい、マジかよ……飯代どうすんだよ……そもそも何食うんだ? それに何かあったら殺されるって、どうしろってんだ!」
 
 幼獣はそんなロイドの愚痴などお構いなしに、彼の脚にじゃれつき続け、森に小さく響く鳴き声がどこか無邪気に聞こえた。

(何だこの展開……俺の人生、やっぱりまともじゃねぇな……)
 
 ロイドは諦めたように肩を落としつつも、幼獣をそっと抱き上げ、倒れたガルフたちの元へと歩き出した。
 頭の中では、バラランガの脅し文句が何度もリフレインしていたが、足元の幼獣の温もりに少しだけ救われた気分だった。
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