辺境暮らしの付与術士

黄舞

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第3章

第31話

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 ぱちぱちと壁に掛けられた明かり取りのろうそくの火が音を立てている。周りは深酒の影響かもしくはもともとの気性か、大声を上げながら談笑をしている冒険者で溢れていた。
 皿でも落としたのか、硬いものが地面にぶつかり割れたような大きな音を立てる。
 そんな喧噪の中、カインは一瞬周りのことを忘れるほど、過去に意識を集中していた。



 辺りは既に日も落ち、月明かりと星の瞬きしか見えないが、その部屋の中は昼と間違うほど明るい光で照らされていた。
 部屋はそこまで狭いわけではないはずなのに、何に使うか分からないような物や多くの書物が所狭しと置かれており、ほとんど足の踏み場もないようだった。
 少し中に入ると、あまり掃除もされていないようで、歩く度に砂が舞い、かろうじて表を見せている机の上には目に見て分かるほどの埃が積もっていた。

「今日からあんたが住む家だよ。なんだい。そんな不思議そうな顔をして。そういえば、名前を言ってなかったね。わたしゃカリラって言うんだよ。これからあんたの世話を見るからね」
「あ、はい。よろしくお願いします。カリラ・・・お母さん?」

「あっはっはっは! わたしゃお母さんって呼ばれるにはちーっとばかし、年を取りすぎてるね。ばあさんでいいよ」
「あの、その、分かりました。カリラおばあさん」

 カリラは大小さまざまなシワで覆われた顔にさらに大きなシワを刻んだ。

「よしよし。まずはあんたの寝床を用意しなくちゃね。仕方ないね。片付けるのが苦手でね。ちょっとカイン。片付けるのを手伝ってくれないかい?」
「あ、はい! 分かりました!」



「そうそう。自分の魔力を感じるかい? あんたは筋がいい。次は限界まで魔力を放出する訓練をしようかね。ちょっと苦しいが、なに、その内慣れるよ」
「はい! 分かりました。カリラおばあちゃん」



「ちょいと街まで出かけるよ。あんたの魔力量を測ろうと思ってね。大丈夫。いつも通りにやればいいからね」



「カイン。こっちへおいで。どうやらそろそろお迎えが来たみたいだ。あんたには食うに困らないだけの知識を教えたはずだからね。あんたの好きなようにお生き。戸棚に昔私が使っていた、ミスリルの杖があるからね。それでも売れば少しは生活の足しになるだろうよ」
「ばあちゃん! 死んじゃだめだよ! ばあちゃん!」



「・・・さん。お父さん!」

 サラに呼ばれ我に返る。懐かしい情景がいくつも浮かんでは消えていた。
 捨て子だった自分を孤児院から救い上げてくれ、これ以上ないくらいの愛情を持って育ててくれた、カインにとって最も大切な人の一人だ。

「ああ、すまないね。少し昔を思い出していたんだよ。カリラばあさんの話だったね。さっきも言った通り、私はカリラばあさんに育てられたんだ。周りの人は災厄の魔女と呼び恐れていたが、私にとってはとても優しい素敵なおばあさんだったよ」
「すごいです! カインさん! あの有名な魔術師、カリラの教え子だなんて!」
「そんなにすごい人なの? カリラおばあちゃんは」

「すごいなんてもんじゃないわよ。さっきも言ったけど、魔術師でその名を知らない人はいないでしょうね。歴史の中でも有数の魔術師で、歴代屈指の冒険者よ。噂では全ての属性魔法を自在に操ったらしいわ。その威力も凄まじく、二つ名の災厄だって、強大なシーサーペントを討伐する際に放った魔法のおかげで地形が変わり、海峡が出来たことが由来らしいわ」
「わぁ、お父さん凄い! でもお父さんの口からそんな話聞いたことなかったわ」

「ははははは。カリラばあさんの凄さを知ったのは、私が冒険者になってからだからね。私の記憶では、優しいが厳しい先生のような存在だったよ。私の知っているほとんどはカリラばあさんに教わったといってもいいくらいね。ただ、酒好きで、片付けるのが苦手だったな。そう、ちょうどこの酒を好んで飲んでいたよ」

 そういうと、カインは手に持ったグラスを少し持ち上げた。中には明るく輝く金色をした度数の高い酒が入っている。
 人によっては高すぎる度数を下げるために水で薄めて飲むのが好まれていたが、カインは原液をそのまま飲んでいた。生前のカリラが好んだ飲み方だ。

「それにしてもお父さんがお酒飲むなんて珍しいね」
「ああ、ついカリラばあさんのことを思い出して懐かしくてね。しかし、私にはこの飲み方は少しきついようだね」

 実際、頼んでみたものの、先ほどからその量はほとんど変わっていなかった。

「そういえば、お父さん。結局これからどうするの? なんだか分からない内にSランクになっちゃったけど」
「そうだなぁ。まずはオルグに言われた通り、コルマールに行って昔の仲間に会ってみようかと思っている。どういうことか知りたいというのもあるが、純粋に会ってみたいという気持ちが強いな」

「それじゃあ、お父さんはその人達のパーティに入るの? Sランクなら私達と一緒のパーティでも問題ないでしょう?」
「うーん。それも3人に会って話を聞いてからだね。現状じゃあどうなっているのか正直何も分からないし」

「そうだね。よし! 私達も一緒に行くよ! お父さん。ねぇ。いいでしょ? ソフィ」
「ええ。今のところ急ぎの用事もないし、私は構わないわ。それにカインさんやマチと一緒にいれるしね」

 何やら張り切っている2人をしり目に、カインは昔の仲間のことに思いを巡らせていた。
 少なくとも3人が元気に生活し、しかもSランクの冒険者になっていることは知ることが出来た。

 しかし・・・とカインの心には不安がよぎっていた。あれから20年以上も経っている。彼らは自分の知っているままだろうか。人を変えるには十分過ぎるほどの時間だ。
 まだ見ぬ昔の戦友達を思い、湧き上がる複雑な気持ちをかき消すように、カインは手に持っていたグラスの中身を一気に口へと押しやった。



「え? どういうこと?」

 カインの再発行された冒険者カードを無事受け取り、善は急げとばかりに、サラ達は自分達がまた居場所を変えることを報告するために、アンナに話しかけた矢先、アンナから思いがけない言葉が出た。

「だから、2人に指名依頼が入ったの。オスローのギルドからね。詳細はあっちに行ってから聞いてちょうだい」
「えー、だって私達これからカインさんと一緒にコルマールに行くつもりで」

「ちょうどいいじゃない。どっちもコリカ公国領内だわ。オスローとコルマールもそんなに距離が離れていないし。オスローのクエストが終わったらそっちに向かえばいいじゃない」
「しょうがないなぁ。申し訳ないですけど、カインさん。そういうことみたいなので、先にオスローに寄ってもいいですか?」

「それはだめよ。言ったでしょ。指名依頼だって。2人以外の冒険者がこのクエストに関わることは出来ないわよ。クエスト内容を漏らすこともだめだし、参加するなんてもっての外。オスローまで同行するくらいなら許されるでしょうけど、オスローに着いたら基本的に一緒の行動は出来ないと思ってちょうだい」
「何ですって? どうしましょう。カインさん」

「それなら、途中まで一緒に行って、2人はオスローへ、私はコルマールへ向かおうか。私も3人に会って状況を確認するまではクエストを受ける気になれなくてね。オスローで2人のクエスト終了までただ待っていても暇だろうし、先に会うことにするよ」
「しょうがないですね。サラ。そういうことだから。我慢してね」

 サラは思いがけぬ状況に驚愕し、失望し、いら立ちを覚えるのだった。
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