辺境暮らしの付与術士

黄舞

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第3章

第53話

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「なんだ? 何が起こった?!」

 突然自分の持つ剣が根元から折れ、ヴァンは狼狽えていた。
 カインはその隙を見逃さず、切り付ける。

 剣先は腹部を掠り、着ている服が裂け、更に肌を傷付け、浅くない裂傷を作った。

「黒い、肌・・・」

 サラがこそげ落ちた化粧の下にある本来の肌の色を見て呟いた。

「サラ! 言ってなかったが、こいつは前に戦ったオークキングと一緒らしい! 俺の視界には視えないんだ!」
「なんですって?! でもお父さん。この人、人間じゃない!」

「それがよく分からないんだ。この男の姿は、以前会った男の姿とまるきり同じだ! 恐らくこの姿もその男から奪ったものなのだろう。元の姿が何なのか、分からないんだ!」
「そんな事って! お父さん! 絶対あいつをここで倒さないといけないわ! 後で詳しく話すけど、きっと大変な事が起きるか、既に起こり始めている!」

「もちろん、そのつもりだ!」

 カインは後ろに退いたヴァンを追うように切り付ける。
 ヴァンは更に後ろに飛び、火の玉をカインに向かって放った。

 カインは何やら布を巻き付けてある左腕でその火の玉を受け止めた、腕に当たると火の玉は消え、カインの左腕は何事もなかったかのように傷一つない。

 ルークが切り裂いた布の残りの切れ端を、予め腕に巻き付けていたのだ。
 カインはそのまま、袈裟斬りにヴァンを切り付けた。

 黒い血飛沫が飛ぶ。
 内臓まで達したのか、ヴァンは口からも血を吐き出した。

「ばかな・・・」

 ヴァンはそう言うと、大きく距離を取った後、なんやらぶつぶつ唱え始めた。
 もちろんカインはヴァンの好き勝手を許す訳もなく、距離を詰め、腹部目掛けて刺突を繰り出した。

 カインの剣がヴァンの身体に突き刺さる瞬間、眩いばかりの光がヴァンの身体から発せられた。
 周りの皆は思わず目を閉じ、光が収まるのを待ったが、視力を失ったカインはその一部始終をしっかりと見ていた。

 カインの剣が突き刺さる前に、それは起こった。
 ヴァンの姿が消え、その代わりにあの男の身体が、ヴァンがいた場所に突如現れたのだ。

 今、カインが突き刺し、殺した男。
 それは、ヴァンではなく、あの日賭博場で根こそぎ金を奪い取ってやった、あの男だった。

 男は赤い血を吐きながら事切れた。
 やがて、光が収まり、目を開けた仲間達が駆け寄ってくる。

「カイン! やったか!」
「さすがカインちゃん。しばらく見ない間にますます素敵になったわね」

「カンちゃん! 流石だよ! やったね! でも私の魔法どうしよう・・・」
「あ! 私の精霊達が戻ってきてます!」

「え?! 待って待って! えーと、えい!」
「うわ! ばかやろう! だから場所を考えろって!」

 ララが放った雷を避けながらルークは文句を言った。

「ララ! あなた魔法が使えるようになったの?!」
「うん! どうやらそうみたい! えへへー。よかったー」

「皆、聞いてくれ。まだ終わりじゃない」
「え? どういうこと? カンちゃん。こいつは死んで、魔法も元に戻ったし、終わりじゃないの?」

「いや。こいつはヴァンじゃない。ただの人間だ。元々この男の姿を盗んでいたようだが、最後の手段なのだろう、俺が刺し殺す前に、ヴァンはこいつと入れ替わった。ヴァンはまだ死んでいない」
「なんだと? やつは生きているのか? 今どこにいるか分かるか?」

「無理だな。元々俺はあいつを認識するのが難しい。恐らく今は本来の姿に戻ってるだろうから、化粧もしていないだろう。それでは見つけるのは不可能だ」
「ちっ。こいつがただの人間だとなると、俺らは完全に屋敷に押し入り、一国の主を殺した大罪人だ。上手く事を運ばないと、やばいことになるぞ」

「それについては、クーデターにするしかないんじゃないかしら? この国のあり方に不満を持っていた人間が少なからずいたのは間違いない事実だし、元々それが目的だったしね」
「ミュー。上手く出来るか?」

「出来るか、じゃなくて、やるのよ。やーよ、私。今後お尋ね者になるなんて」
「仕方ない。そうするしかないか。しかし、これだけ暴れて、誰も、屋敷の兵士すら駆けつける気配がなかったな。どうなってるんだ?」

「ちょっと待て。大変だ。屋敷中で多くの人が倒れてる。待て、既に事切れてるな。ヴァンが何かしたのか?」
「なんだって? 仕方ない。ミュー。ひとまずクーデターとやらは成功だ。まずは屋敷中に知らせろ。ララ、屋上に上がって、どでかい印を空に向かって放て。屋敷で異変が生じたことを町中に知らせるんだ」

「分かったわ」
「了解!」

「お父さん、私達どうすれば?」
「そうだな。まずはその隅で丸まって怯えているお嬢さんを、助けてあげたらいいんじゃないかな」



 ハァハァ! 血と息を吐き出しながら、ヴァンは地下道をゆっくりと歩いていた。
 どうやらあの男は地下道に隠れ住んでいたらしい。

 むっとした臭いが鼻につく。
 ヴァンは遠い昔の記憶を思い出しながら、ひたすら歩いていた。

 まずは傷をどうにかしなければ。
 なんでもいい。なにか別の身体を手に入れなければ。

 そこからまた手に入れなければ。
 全てを失ってしまった。

 しかし、全てを手に入れなければならない。
 湧き上がる『強欲』がヴァンを突き動かしていた。

「やぁ。久しぶりだね」

 男は突然現れた。ローブを目深にかぶったヴァンと同じくらいの背丈の男。
 声は少年のように高い。

「オマエハ・・・」

 ヴァンはこの男を知っていた。
 遠い昔、ヴァンがまだ力の弱いただの不運なゴブリンだった頃、この男は突如目の前に現れ、ヴァンにあの力をくれたのだ。

「君はよくやった。もう実は充分になったんだよ。もうゆっくりと休むといい」
「フザケルナ! オレハマダヤレル! オマエノカラダヲヨコセ!」

「おやおや。恩ってものは無いのかな? 忘れたわけじゃないよね? その力を上げたのが誰なのか。もう君には必要ないから返してもらうよ」
「イヤダ! ダメダ! オレカラウバウナ!!」

 ヴァンは両腕を前に出しながら、男に掴みかかろうとした。
 次の瞬間ヴァンは自分の両腕が無くなっている事に気付いた。

「これは貰っていくね。そのままでもいずれ死ぬだろうけど、せめて最後くらいは楽に死なせてあげるよ。優しいだろ?」

 そう言うと不可視の刃がヴァンの首と胴体を離れ離れにした。
 どくどくと黒い血が切り口から流れ、地下水に落ちていった。
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