辺境暮らしの付与術士

黄舞

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第5章

第92話

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「どいてみな。俺がやろう」

 そう言うとアオイは先程の剣技を披露する。
 キンッと乾いた音が響き、アオイは扉のノブを回すと、錆びた金属が擦れる音を立てながら、扉はゆっくりと開いた。

「うっ! さすがに二十年もそのままにしてたんじゃあ、中もそれなりか」

 扉を開けた途端、中から立ち込めるカビの臭いに顔を歪め、腕で鼻や口を抑えながら、アオイは中を除く。
 人が入らず、放置された建物というのは、いくら閉め切っていても、いや閉め切ってるからこそ、朽ちていく。

 中は、木製の家具や食器など、至る所にカビが生え、金属は錆びてその錆がボロボロと剥がれ落ちている。
 カインが住み慣れた家は、既に廃墟と化していた。

「だめだな。災厄の魔女の日記などが見つかればと思っていたが、元が何なのか分からんくらいぐずぐずになってやがる」

 アオイは慎重に足を踏み入れながら、辺りを見渡す。
 試しにと手に持ってみた本らしき何かは、持った途端、バラバラと崩れてしまった。

 二人はなるべく物を壊さないように注意しながら奥へと進む。
 アオイはカインの見えなくなった目から、涙が流れるのを見たが、気付かないふりをした。

 その涙が喜びによるものなのか、悲しみによるものなのか、当の本人も分からなかったが、カインは、妻を失ってから一度も流したことの無かった涙をただ流れるままにしていた。

「見ろ。この壁だけおかしい。他に比べて綺麗すぎる」

 アオイが目の前の壁を指差し、カインに向かって言う。
 そこはカリラが寝室として使っていた部屋の壁だった。

 ある一面だけ、他の壁と明らかに様相が異なり、カビも生えず、変色もしていなかった。
 カインの記憶では、この部屋に入ることなど、数える程しかなかったが、周りの壁と大きく異なることは無かったはずだ。

「その一面だけ特殊な金属で出来ているようですね。何故か中を視ることが出来ませんが、空間があるようです。六方とも同じ金属で覆われているみたいです。長年暮らしていましたが、そんなものがあるなんて知りませんでしたよ」

 カインがここで暮らしていた当時は、当然今のような視界は持っていなかった。
 中から見た時と、外から見た時の空間の不合理性など意識しなければ、気付くはずもないだろう。

「これはかなり頑丈な金属だな。俺の技でも多分切るのは難しいだろう」

 アオイが壁を剣で軽く叩きながら、そう言う。
 カインはある事に気付き、壁に向かって適当な付与魔法をかけてみた。

 強度を下げる効果のある付与魔法をかけてみたが、付与魔法がかけられたはずの壁は何事も無かったように佇んでいる。
 その結果を見て、カインの想像は確信へと変わった。

「これはアダマンタイトで出来ていますね。信じられません。これだけ大きいものが目の前にある事も驚きですが、そんなもので部屋を作るなど……」
「なんだと? 嘘だろ……これを見つけただけでも、ここに来たかいがあるってもんだぜ」

「そうなると、この中を見るのは絶望的ですね。どれだけの厚さがあるのか分かりませんが削るにしても現実的じゃないでしょうし、魔法なので壊すこともできません」
「残念だな……災厄の魔女が一緒に暮らした息子にも知らせず、こんな頑丈なものに隠した秘密。ぜひ拝んで見たかったのだが」

 二人が諦めかけたその瞬間、カインはあるものに気付き、意識を集中させ、もう一度壁を視た。
 それは非常に薄い、空間の亀裂だった。

 カインの視界には、目の前の壁は、まるでカインの視界を遮る暗幕のように、そこから先を真っ暗に変えていた。
 しかし、その暗幕にうっすらとちょうど人が一人通れるような大きさで、四角の形に線が入っているように視えたのだ。

「アオイさん。もしかしたら、中を見れるかもしれません。考えてみたら、中に入るためには、どこかに入口がなくてはいけないんです」

 カインはアオイに視えている線の位置を教え、先程の剣技を披露してもらうよう頼んだ。
 アオイは深く一度だけ頷き、先程よりも十分に集中してから、剣を振るった。

 アオイが壁を押すと、ゆっくりとその一部が中へと吸い込まれていった。
 更に押すと、人が通れるだけの入口が出来上がった。

「なるほどな。災厄の魔女はどうやったか知らんが、この扉を開けて中に入っていた、という訳か。開閉部分だけならなんとか俺にも切れたのは幸いだったな」
「本当にアオイさんに出会えて良かった。私一人だったらとっくに諦めていましたよ」

 中は入口から僅かに差し込む光だけで、何も見えなかったが、カインには関係の無いことだった。
 おもむろに入口を通り抜け、中へと進む。

 アオイも荷物の中からランタンを取り出し、明かりを灯すと、カインの後から中へと続いた。
 ランタンの光に照らされた中は、無機質な壁に囲まれた書庫だった。

「驚いたな……これは……日記か?」

 アオイが近くにある紙の束を拾い上げ、中身を読む。
 外とは異なり、この中はほとんど外気にも晒されず、陽の光も当たらなかったのだろう、中に置かれた書物はほとんど綺麗なままの状態で保存されていた。

「なになに……ああ、これはカインさんと一緒に暮らしてた時の日記のようだな。至る所にカインの名前が出てくる」

 そう言って、他の紙へと手を伸ばす。

「これもそうだ。さっきのよりも前の日記のようだな。もしかして、ここにあるのは全て日記か? だとしたらどれだけの期間書いたんだ。災厄の魔女の正確な歳は誰も知らないと言われているが……」

 カインも近くにあった紙の束を掴み、中に書かれている事を読もうとしたが、出来なかった。
 そこには、カインの知らない言葉が綴られていた。


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