辺境暮らしの付与術士

黄舞

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第5章

第97話

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 アイリとその両親は食卓用のテーブルに腰掛け、サラはその向かいに座っている。
 三人はサラに向かって、自分の身に何が起こったのかぽつぽつと話し始めた。

 アイリの父はこの集落に暮らす鉱夫の一人で、毎日のように危険と隣り合わせの鉱山へ向かい、鉱石を掘り出して、その収入で妻と娘を養っていた。
 誠実で真面目な彼は幸いにも健康な身体を授かったため、一日も休むことなく採掘へと向かっていた。

 他の鉱夫達もそれぞれ日常に表れる小さな不満を口にしながらも、楽しく鉱夫としての日々を暮らしていた。
 しかし、ある日を境に様子がおかしくなった。

 始まりは些細な事だった。
 ある日適齢期を過ぎた独身の鉱夫が、妻を持つ鉱夫達に不満を発した。

 それに呼応するかのように、みな口々に自分の持っていない物を持つ者達に、嫉妬の思いを明かしていった。
 嫉妬の対象は次第にどんどん大きくなった。

 やがて、誰かが自分達が採掘した鉱石を買い取ってくれる商人達への不満を口にした時、誰もその考えがおかしいとは思わず、全員が賛同した。
 その後も他人に対する嫉妬の気持ちは消えず、誰とも会わなければ、その気持ちも起きないだろうと、みな自分の家に籠るようになってしまった。

「どういう事なのかしら? このペンダントで正気に戻ったってことは、呪いか何かにかかっていたってことだとは思うけれど……」
「私達も記憶は有るものの、何故そんな感情になったのか分からないんです」

「それで、引きこもるて言っても、生活はしないといけませんよ? 今までどうしていたんですか?」
「幸いにもその様な状態になったのは最近なので、まだ大きな問題は起きてないと思います。水だけは集落の近くに流れている川に汲みに行かなければなりませんが」

 例え偶然誰かと出くわしたとしても、そこですぐに何かが起こる訳では無いため、お互いやり過ごすだろうと言うことだった。
 しかし、このまま放っておけば色々な問題が生じるのは明らかだった。

 サラは、原因の調査も含め、まずは集落の住人達をペンダントで治してあげることにした。

「ところで、あなた達は私が入ってきた時、一緒にいましたよね? お互いが妬ましくは思わなかったんですか?」
「はい。不思議なことに、妻と娘にはそんな感情がわきませんでした」

「私も夫と娘のことは何故か無条件で信じることが出来ました。何故か分かりませんが、あの絵を見てるとそう思えるのです」
「あの絵……?」

 そう言ってサラは見上げた壁に掛けられている一枚の絵を見つめた。
 家族三人が仲睦まじそうに微笑んでいる絵だった。

「この絵はどうしたんですか?」
「あの……私が描いたんです……」

 アイリが恥ずかしそうに口を開いた。
 どうやらこの絵はアイリが自分と両親を描いたもののようだ。

「なるほど……何かあるのかもしれませんが、残念ながら私はそういう物には疎くて。とりあえず、他の人も治してあげたいんですが、私だけでは説明がややこしくなりそうで。誰か一緒に来てくれませんか?」
「あ! それなら私が一緒に行きます」

 アイリの申し出を両親達が首肯したのを確認し、サラはアイリに礼を言う。

「ありがとう。アイリ。よろしくね」
「いえ。こちらこそよろしくお願いします。むしろ助けてもらうのは私達の方ですから」

 アイリに導かれる形で、サラは集落の住人達に次々とペンダントをかけていき、正気を取り戻させていった。
 幸い、アイリは集落の者に覚えが良いのか、誰一人としてアイリのことを拒否する者はいなかった。

「これで、みんな終わったと思います。本当にありがとうございました」
「ううん。ほとんどアイリのお陰よ。私一人じゃ、誰一人として中に入れてくれなかったと思うわ」

「でも、凄いのはサラさんとそのペンダントですよ」
「私は凄くないけど、このペンダントが凄いのは本当ね。それで、あまり有用な話は結局聞けなかったけど、異変が起きた辺りで何か気になる事があったりしない?」

 アイリは翡翠のような目を、目いっぱい上を向かせ、顎に手を当てて悩みこんだ。
 しばらくして、何か思い出したのか、右の拳で左手の手の平を打った。

「そういえば、問題が起きた数日前に、見た事がない女性が集落に来ました」
「女性?」

「はい。すごく綺麗で。誰かに話しかける訳でもなく、集落をうろうろしていて。気が付いたら、もう居なくなっていましたが……」
「うーん。その女性が関係あるかどうか分からないけど、一応覚えておこうかな。アイリさんはその女性の見た目とか覚えてる?」

「あ! それなら私、絵に描きますよ。こう見えて、絵を描くのは得意なんです。あと、人の見た目を覚えるのも」
「ああ。そういえば、さっきの絵もびっくりするくらい上手だったものね。それにしてもいいの? 絵なんて、普通は貴族が買うような高いものなんでしょう?」

「うーん。そうですねぇ。紙も絵の具も普通に買えば私にはとても手が出せないくらい高いんですが……でもここは鉱山ですからね。ほぼ全部ただで手に入るんです」
「……? よく分からないけど、大丈夫なんだったらお願いするわ」

 嬉しそうに、はい! と答えたアイリは意気揚々と、自分の家へと戻っていく。
 家に戻ると、サラが先程外してしまった戸は元通りに戻されていた。
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