辺境暮らしの付与術士

黄舞

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第5章

第98話

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 家に入るとアイリは自分の部屋へとサラを案内した。
 自分の部屋と言っても、一つの部屋を両親と一枚の布で隔てているだけだ。

「これが画材なんですよ」

 アイリは部屋の隅に置かれている比較的大きな木箱を部屋の中央に持ってきた。
 中を開けると、板状の塊と、様々な色をした石、そして筆などが入っている。

「これが画材?」
「ええ。これは、粘土板と言って、鉱山から出る粘土を枠にはめて、乾燥させたものです」

「この石みたいなのは?」
「石ですよ。でもこれを細かく砕いて、水に溶くと絵の具になるんです」

 そういうと、アイリは一枚の粘土板を取り出し、その上に絵を描き始めた。
 よく使う色は既に多めに溶かしているようだ。

 しばらくアイリが描く姿をじっと眺めていた。
 サラは絵など描いたことがないが、アイリが人並外れた才能を持っていることは分かった。

「はい。描けました。急いで書いたから落書きみたいになっちゃってますが……」

 そこにはアイリと同じ深い海の色をした女性の姿が描かれていた。
 しかし、表情が無く、まるで人間ではない何かのように見えた。

 ふと、先程見た壁掛けの家族の絵を思い出す。
 あの絵に描かれた三人はみな豊かな表情をしていた。

「この女性の顔、表情がまるで無いけど、実際そうだったってこと?」
「はい。私も見た時はぎょっとしました。まるで生きてる人間じゃ無いみたいで」

「この髪の色はアイリさん。あなたと同じ海のような色ね?」

 サラが海を見たのはつい最近になってからだが、それでも脳裏に焼き付くほど、青藍色の風景は美しかった。

「はい。そこは私もびっくりしました。この髪の色は珍しいので……」

 そう言って、アイリは自分の長い髪を右手に乗せ、目線の先に持ってくる。
 艶やかな髪はサラサラと流れるように、アイリの手の平から滑り落ちていく。

「とにかく、この女性が怪しいのかもしれないのね。これもらっていっていいかしら?」
「あ、はい。少し重たいかもしれませんが」

 サラはアイリに描いてもらった絵を荷物に入れると、これからどうするか考えた。
 鉱夫達を正気に戻した後、軽く説明をした限りでは、鉱夫達は再び採掘をする事に異論はないらしい。

 そうなると、商人達への根回しが必要か。
 しかし、サラはそういう事が人一倍苦手なのは自他ともに認める所だ。

「アイリのお父さん達は、また鉱山で採掘してくれるのよね? そうなると商人達に話を付けないといけないと思うんだけど」
「そうですね……一度こっちから断ったのを再開するとなると……足元を見られるかもしれません……」

「うーん! 悩んでてもしょうがないか。私の得意分野じゃないし! もう、こうなったらシバのおじさんに丸投げよ!」
「シバさん? シバさんってもしかして船大工のですか?」

「そう。銀髪のおじさん。アイリさん、知ってるの?」
「はい。前に船の絵を描いてくれって頼まれたことがありまして」

「ふーん。意外とアイリさん有名人なんだ?」
「いえ! そんな事は! たまたまです」

 サラは、自分一人で説明するよりも、知己だと言うアイリを連れていった方が話は早い気がした。
 商人達への説明の際にも集落の人間が居た方が何かと良いだろう。

「アイリさん。私と一緒にルシェルシュまで来てくれない? シバさんへの説明と、商人達の説得、アイリさんが居た方がいいと思うのよね」
「え?! 私ですか? 私なんてなんの役にも……いえ、そうですね。人任せじゃいけませんね。分かりました。ついていかせてください」

 アイリは謙虚だが、強い芯を持っているようだ。
 サラとしては元々無茶な頼みだったのだが、アイリが快く受けてくれたので内心ほっとしていた。

「それじゃあ、よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」



 時はすこし遡って、ソフィはエルフが住むという、森の中を進んでいた。
 鬱蒼と繁る木々を掻き分けながら、ソフィは目的のエルフの村まで進んで行った。

「全く……途中まではきちんと道も整備されてたのに、何よここは! まるで樹海じゃない!」

 ソフィは文句を言いながら、道無き道を進んで行く。
 精霊術士であり、体力も筋力も実力以下のソフィにとっては、この行程は苦難そのものだった。

「いっその事、フーに任せてこの辺りの木々を吹き飛ばしてやろうかしら……まぁエルフに睨まれるだろうから、やらないけど……」

 ふと、足を一歩前に出した瞬間、水の精霊が異変を伝えた。
 瞬時にソフィの右後方に硬い氷の膜が形成され、それに挟まれるように一本の矢が空中に止まっている。

 カインとララと三人で考案した、自動型の防御膜だ。
 常に水の精霊の力で身体の周りに薄い水の膜を作り、それに危険と思われる物が触れた瞬間、その部分に水を集め、氷に変え防御するのだ。

「えーっと、これはつまりそういうことよね……」

 周りの木々、その枝の辺りに目をやると、複数のエルフ達が、弓を構えて、ソフィを狙っていた。
 その目は、サラが鉱夫達の集落で見たように虚ろで、ソフィに焦点が合っているのかどうか分からなかった。
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