1 / 62
第一章
第一話
しおりを挟む
「なあ、何点?」
昼下がりの教室は騒がしかった。生徒たちはあちこちで集まったり、散ったりして、思い思いに過ごしていた。同時に、どこか浮足立っていた。
誰もが、何もないところを見るふりをしながら、同じ教室に集められた同年代の人間の、あらゆる考えを知りたいと思っていた。
だが、高校生活最後のゴールデンウィークも終わって、いよいよテスト週間が迫っているのを無視できなくなり、進路を決めて、勉強に、部活に励む生徒もいる一方で、この廊下側の一番前に座る二人の男子生徒たちには、そんなことは問題ではなかった。
「いや~……五五点!」
「マジ⁉ え? ないわ。俺は、盛って三十点かな」
「えっ⁉ お前厳しすぎだろ。三十はあり得んわ」
「いやいやいや、これでも甘口だからね?」
この二人は、決してさっき返って来た数学の小テストの点数を見せあっていたのではない。同じクラスの一人の女子生徒を指差して、点数をつけていたのだ。それに、二人の数学のテストの点数はそれよりもずっと低かった。
「じゃあさ、あれは? ……おい」
身勝手な採点を終えた片方の男が、さらに別の女子生徒の価値を測ろうと手を挙げた時だった。彼の横を誰かが通り過ぎた。彼はその瞬間、凍り付いたように見えた(あるいは、そのまま凍っていてもよかったのかもしれない)。が、そのまま、すぐに方向転換し、もう片方の男の肩を小突く。二人は口を塞いで、教室に入ってきた女子生徒に見とれた。
その少女、鈴本智香は、颯爽と背筋を伸ばし、前だけを見据えて現れた。彼女はパッチリとした大きな目にかかった髪を手で払いのけると、教室中を見渡した。
流れるような美しい黒髪は、頭から曲線を描いて、小さくて形のいい耳にかかり、うなじの手前で綺麗にまとまっていた。百六十五以上の長身からすらりと伸びた白く細い手足のせいで、一見、大人びて見える。が、頬はふっくらとして、まだあどけなさが残っていた。
彼女の目が大きく見開かれた。血色のいい健康的な唇、小さくまとまった鼻、透き通るような白い肌は、――人が美しさの基準として見るどれもが美しく、見る者を魅了した。
だがよく見るとそれらは、けっして特別なものには見えなかった。彼女の美しさの秘密はむしろ、それら一つ一つの特別さではなく、その神様が選んだとしか思えないくらいの、調和だった。
しかし今、そんな誰でも振り返ってしまうほどの美少女はどこか不機嫌だった。彼女は教室を見渡していたが、その瞳はどこか物憂げだった。手には黒い折り畳み傘を持ち、いら立ちを隠せないように強く握りしめ、筋が浮かんでいる。
智香は、彼女を見るたくさんの好奇の視線の中から、――一番近くにいたその腹立たしい二人の男子生徒を無視して――別の列の一番前の席にいた、二人組の女の子を選んで声をかけた。
「ごめんなさい。ちょっといいかな? 鬼平くん、ってどこにいるかわかる?」
声をかけられた方の女の子は、驚いて弁当のおかずのトマトを喉に詰まらせながら、胸をたたいた。女の子は顔をしかめながら教室の隅の、ポツンと孤立している鬼平柊のいる席を指差した。
「ありがと」
智香は二人に微笑むと鬼平の元へ向かった。後ろでは声をかけた女の子たちが互いに肩を叩き合って喜びを表現していた。
――九十点。
――俺は、ああいうのはちょっとなあ、……八十点。
……自分の耳が忌々しい男たちの採点を拾ってしまったことに気付いて、智香は眉をひそめた(もし、できるなら、この傘を投げつけてやるのに!)。クラス中の視線を振り払うように歩き続け、一人机に突っ伏して、死んでいるみたいに眠っている鬼平の元へ向かった。
智香は鬼平の様子を確かめるために頭を下げ、垂れた髪を指で耳にかけ直すと、彼の机の上をノックするように、折り畳み傘で、二回小突いた。
「鬼平くん?」
昼下がりの教室は騒がしかった。生徒たちはあちこちで集まったり、散ったりして、思い思いに過ごしていた。同時に、どこか浮足立っていた。
誰もが、何もないところを見るふりをしながら、同じ教室に集められた同年代の人間の、あらゆる考えを知りたいと思っていた。
だが、高校生活最後のゴールデンウィークも終わって、いよいよテスト週間が迫っているのを無視できなくなり、進路を決めて、勉強に、部活に励む生徒もいる一方で、この廊下側の一番前に座る二人の男子生徒たちには、そんなことは問題ではなかった。
「いや~……五五点!」
「マジ⁉ え? ないわ。俺は、盛って三十点かな」
「えっ⁉ お前厳しすぎだろ。三十はあり得んわ」
「いやいやいや、これでも甘口だからね?」
この二人は、決してさっき返って来た数学の小テストの点数を見せあっていたのではない。同じクラスの一人の女子生徒を指差して、点数をつけていたのだ。それに、二人の数学のテストの点数はそれよりもずっと低かった。
「じゃあさ、あれは? ……おい」
身勝手な採点を終えた片方の男が、さらに別の女子生徒の価値を測ろうと手を挙げた時だった。彼の横を誰かが通り過ぎた。彼はその瞬間、凍り付いたように見えた(あるいは、そのまま凍っていてもよかったのかもしれない)。が、そのまま、すぐに方向転換し、もう片方の男の肩を小突く。二人は口を塞いで、教室に入ってきた女子生徒に見とれた。
その少女、鈴本智香は、颯爽と背筋を伸ばし、前だけを見据えて現れた。彼女はパッチリとした大きな目にかかった髪を手で払いのけると、教室中を見渡した。
流れるような美しい黒髪は、頭から曲線を描いて、小さくて形のいい耳にかかり、うなじの手前で綺麗にまとまっていた。百六十五以上の長身からすらりと伸びた白く細い手足のせいで、一見、大人びて見える。が、頬はふっくらとして、まだあどけなさが残っていた。
彼女の目が大きく見開かれた。血色のいい健康的な唇、小さくまとまった鼻、透き通るような白い肌は、――人が美しさの基準として見るどれもが美しく、見る者を魅了した。
だがよく見るとそれらは、けっして特別なものには見えなかった。彼女の美しさの秘密はむしろ、それら一つ一つの特別さではなく、その神様が選んだとしか思えないくらいの、調和だった。
しかし今、そんな誰でも振り返ってしまうほどの美少女はどこか不機嫌だった。彼女は教室を見渡していたが、その瞳はどこか物憂げだった。手には黒い折り畳み傘を持ち、いら立ちを隠せないように強く握りしめ、筋が浮かんでいる。
智香は、彼女を見るたくさんの好奇の視線の中から、――一番近くにいたその腹立たしい二人の男子生徒を無視して――別の列の一番前の席にいた、二人組の女の子を選んで声をかけた。
「ごめんなさい。ちょっといいかな? 鬼平くん、ってどこにいるかわかる?」
声をかけられた方の女の子は、驚いて弁当のおかずのトマトを喉に詰まらせながら、胸をたたいた。女の子は顔をしかめながら教室の隅の、ポツンと孤立している鬼平柊のいる席を指差した。
「ありがと」
智香は二人に微笑むと鬼平の元へ向かった。後ろでは声をかけた女の子たちが互いに肩を叩き合って喜びを表現していた。
――九十点。
――俺は、ああいうのはちょっとなあ、……八十点。
……自分の耳が忌々しい男たちの採点を拾ってしまったことに気付いて、智香は眉をひそめた(もし、できるなら、この傘を投げつけてやるのに!)。クラス中の視線を振り払うように歩き続け、一人机に突っ伏して、死んでいるみたいに眠っている鬼平の元へ向かった。
智香は鬼平の様子を確かめるために頭を下げ、垂れた髪を指で耳にかけ直すと、彼の机の上をノックするように、折り畳み傘で、二回小突いた。
「鬼平くん?」
0
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
地味男はイケメン元総長
緋村燐
青春
高校一年になったばかりの灯里は、メイクオタクである事を秘密にしながら地味子として過ごしていた。
GW前に、校外学習の班の親交を深めようという事で遊園地に行くことになった灯里達。
お化け屋敷に地味男の陸斗と入るとハプニングが!
「なぁ、オレの秘密知っちゃった?」
「誰にも言わないからっ! だから代わりに……」
ヒミツの関係はじめよう?
*野いちごに掲載しているものを改稿した作品です。
野いちご様
ベリーズカフェ様
エブリスタ様
カクヨム様
にも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話
そう
青春
ある日家に突然現れた謎のサキュバスのホルさん!
好感度はMAXなようで流されるがまま主人公はホルさんと日常を過ごします。
ほのぼのラブコメというか日常系小説
オチなどはなく、ただひたすらにまったりします
挿絵や文章にもAIを使用しております。
苦手な方はご注意ください。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる