びんの悪魔 / 2023

yamatsuka

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第一章

第一話

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「なあ、何点?」

 昼下がりの教室は騒がしかった。生徒たちはあちこちで集まったり、散ったりして、思い思いに過ごしていた。同時に、どこか浮足立っていた。
 誰もが、何もないところを見るふりをしながら、同じ教室に集められた同年代の人間の、あらゆる考えを知りたいと思っていた。

 だが、高校生活最後のゴールデンウィークも終わって、いよいよテスト週間が迫っているのを無視できなくなり、進路を決めて、勉強に、部活に励む生徒もいる一方で、この廊下側の一番前に座る二人の男子生徒たちには、そんなことは問題ではなかった。

「いや~……五五点!」

「マジ⁉ え? ないわ。俺は、盛って三十点かな」

「えっ⁉ お前厳しすぎだろ。三十はあり得んわ」

「いやいやいや、これでも甘口だからね?」

 この二人は、決してさっき返って来た数学の小テストの点数を見せあっていたのではない。同じクラスの一人の女子生徒を指差して、点数をつけていたのだ。それに、二人の数学のテストの点数はそれよりもずっと低かった。

「じゃあさ、あれは? ……おい」

 身勝手な採点を終えた片方の男が、さらに別の女子生徒の価値を測ろうと手を挙げた時だった。彼の横を誰かが通り過ぎた。彼はその瞬間、凍り付いたように見えた(あるいは、そのまま凍っていてもよかったのかもしれない)。が、そのまま、すぐに方向転換し、もう片方の男の肩を小突く。二人は口を塞いで、教室に入ってきた女子生徒に見とれた。

 その少女、鈴本智香すずもとちかは、颯爽と背筋を伸ばし、前だけを見据えて現れた。彼女はパッチリとした大きな目にかかった髪を手で払いのけると、教室中を見渡した。
 流れるような美しい黒髪は、頭から曲線を描いて、小さくて形のいい耳にかかり、うなじの手前で綺麗にまとまっていた。百六十五以上の長身からすらりと伸びた白く細い手足のせいで、一見、大人びて見える。が、頬はふっくらとして、まだあどけなさが残っていた。

 彼女の目が大きく見開かれた。血色のいい健康的な唇、小さくまとまった鼻、透き通るような白い肌は、――人が美しさの基準として見るどれもが美しく、見る者を魅了した。
 だがよく見るとそれらは、けっして特別なものには見えなかった。彼女の美しさの秘密はむしろ、それら一つ一つの特別さではなく、その神様が選んだとしか思えないくらいの、調和だった。

 しかし今、そんな誰でも振り返ってしまうほどの美少女はどこか不機嫌だった。彼女は教室を見渡していたが、その瞳はどこか物憂げだった。手には黒い折り畳み傘を持ち、いら立ちを隠せないように強く握りしめ、筋が浮かんでいる。

 智香は、彼女を見るたくさんの好奇の視線の中から、――一番近くにいたその腹立たしい二人の男子生徒を無視して――別の列の一番前の席にいた、二人組の女の子を選んで声をかけた。

「ごめんなさい。ちょっといいかな? 鬼平くん、ってどこにいるかわかる?」

 声をかけられた方の女の子は、驚いて弁当のおかずのトマトを喉に詰まらせながら、胸をたたいた。女の子は顔をしかめながら教室の隅の、ポツンと孤立している鬼平柊おにひらしゅうのいる席を指差した。

「ありがと」

 智香は二人に微笑むと鬼平の元へ向かった。後ろでは声をかけた女の子たちが互いに肩を叩き合って喜びを表現していた。
――九十点。
――俺は、ああいうのはちょっとなあ、……八十点。
 
……自分の耳が忌々しい男たちの採点を拾ってしまったことに気付いて、智香は眉をひそめた(もし、できるなら、この傘を投げつけてやるのに!)。クラス中の視線を振り払うように歩き続け、一人机に突っ伏して、死んでいるみたいに眠っている鬼平の元へ向かった。

 智香は鬼平の様子を確かめるために頭を下げ、垂れた髪を指で耳にかけ直すと、彼の机の上をノックするように、折り畳み傘で、二回小突いた。

「鬼平くん?」
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