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第二十五章
第一話
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「ど、どうするって言われても……」
智香に見つめられて、鬼平は右へ左へと、視線を泳がせた。
「こんなこと言っちゃってさ。なめられてると思うんだよね、私。こっちは死ぬほど悩んでるっていうのにさ。不公平だと思わない?」
「そ、それは、そうかもしれないけど……」
どぎまぎしている鬼平を見て、智香はなだめるように笑った。
「大丈夫だよ。私は別に三國が死んでほしいとまでは思ってない。いや、思ってるのかな? でも私が告発したせいで死んでほしくはない。それにこんなに楽しそうなんだから、百川だって三國の味方をしてくれるんじゃないの? まあ、私は、このまま見逃して、第二第三の被害者を出すつもりはないけどね」
だが、ここまで言っても鬼平が表情を緩めないでいると、智香の顔から笑みが消えた。
「不安だよ。私だって不安なんだよ。私が言えば、三國は本当に死んじゃうかもしれない。でも言わなければ、私も気が済まないし、これは皆のためになると思うの。ね、わかってよ」
だが鬼平何も言わず、うな垂れただけだった。智香は鬼平に懇願するように見つめていた。鬼平はどうして智香がそこまで自分の同意を求めるのかわからなかったし、智香もまた、どうしてこんなに意固地になっているのかよくわかっていなかった。
そして、智香のむき出しになって、行き場を失った気持ちも、まだどこにも収まりきっていなかった。
「そうだ! 私ね、実は疑問に思ってることがあって」
智香は突然びんを取り出した。
「たしか、鬼平くんはこのびんは魔法みたいなことは起こせないって言ってたよね?」
鬼平は頷く。
「でもそれっておかしくない? 確かにこのびんは“都合のいい偶然”を起こせると思うよ。私も使ってみてそう思った。でもこのびんって、本当はもっと力を秘めているんじゃない? ほら、こいつって、勝手に消えたり現れたりするでしょ?」
鬼平はちらとびんを盗み見て、きまりが悪くなって下を向いた。
「そ、それは、び、びんに対してだけは、起こるってことだと思う」
「確証はない」
智香に見つめられて、鬼平は頷くしかなかった。
「こ、怖くて、確かめてない……けど」
「そうね。私も同感。確かに空を飛びたいなんて言って、いきなり飛ばされて落ちて死んだら困るし。でも私は思ったんだけど、結局対価を払えば、魔法に似た何かって起こせるんじゃない?」
鬼平は何も言わなかった。もちろん、そうだろう。だが……。
「私が変になったと思う? 何が言いたいのかわからない? ……まあ、そうかもね。たぶん私が都合のいい解釈をしてるんだろうね。ねえ、変なこと言っていると思ったら言って。はっきり言うね。私は、三國の過去が知りたい。三國がどうしてああなったのか、ううん。あいつらが何を考えているのか知りたい。三國と、百川千花のこと。ねえ、鬼平くん。どうして彼らが人を傷つけるようなことを平気で言うのか知りたくない?」
鬼平は黙っていた。それは言葉にならなかったからではない。むしろどう答えたらいいか必死に考えていた。――知りたくない、と言えば嘘になる。
鬼平は同じことを六条に対して思ったことがある。だがそれを確かめようとしたこともないし、そうする理由も特になかった。智香は続けた。
「だからその、ちょっとあいつらの過去を覗きたいって思うのってダメ、かな。どうしても気になるから。もしそれを知れば、私の決心がつくかも。ううん。揺らぐかもしれないから知らない方がいいのかもしれない、けど」
その時の智香は、鬼平から見ても決めかねているのが伝わってきた。
「や、やめておいた方がいい。……な、何を要求されるかわからない」
鬼平が自信なく言うと、智香はそれまでの楽しそうな表情から一変し、険しくなった。
「やめた方がいいっていうのはわかってるよ。でも私ね? 本当はすごく怒ってるんだよ。さっき死なないで欲しいって言ったけど、あれ、嘘かもしれない。やっぱりね、まだあいつらのことを殺してやりたいって思ってる。このままじゃ告発するだけじゃ、腹の虫が収まらない。それに告発したら、どうしてあんなことをしたのか聞けないかもしれないしね」
智香の苦しそうな顔から、鬼平も気持ちが落ち込んだ。そうなってしまう気持ちは、鬼平にも何となくわかった。だが鬼平は、智香がどうしてそこまで“理由”に拘るのかわからなかった。
“理由”なんてどうでもいいはずだ。ただ彼らは暴力をふるった。智香は被害にあった。だから糾弾する。単純だと鬼平は思った。理由を聞く必要はない。そんなもの、聞いたって答えてくれないし、相手もこっちが思うほどの理由なんて持っていないことが殆どだと思った。
だがそれは言葉にならず、鬼平はただ懇願するように智香を見つめただけだった。
「……ごめん」
鬼平と見つめ合った後、智香は目を伏せた。鬼平はまずい予感がして、智香を止めようと思った。だが遅かった。すでに智香はびんを持っていて、願いを言うために口を開いていた。
「三國修司と百川千花の過去を見せて。私を傷つけた理由を教えて」
智香に見つめられて、鬼平は右へ左へと、視線を泳がせた。
「こんなこと言っちゃってさ。なめられてると思うんだよね、私。こっちは死ぬほど悩んでるっていうのにさ。不公平だと思わない?」
「そ、それは、そうかもしれないけど……」
どぎまぎしている鬼平を見て、智香はなだめるように笑った。
「大丈夫だよ。私は別に三國が死んでほしいとまでは思ってない。いや、思ってるのかな? でも私が告発したせいで死んでほしくはない。それにこんなに楽しそうなんだから、百川だって三國の味方をしてくれるんじゃないの? まあ、私は、このまま見逃して、第二第三の被害者を出すつもりはないけどね」
だが、ここまで言っても鬼平が表情を緩めないでいると、智香の顔から笑みが消えた。
「不安だよ。私だって不安なんだよ。私が言えば、三國は本当に死んじゃうかもしれない。でも言わなければ、私も気が済まないし、これは皆のためになると思うの。ね、わかってよ」
だが鬼平何も言わず、うな垂れただけだった。智香は鬼平に懇願するように見つめていた。鬼平はどうして智香がそこまで自分の同意を求めるのかわからなかったし、智香もまた、どうしてこんなに意固地になっているのかよくわかっていなかった。
そして、智香のむき出しになって、行き場を失った気持ちも、まだどこにも収まりきっていなかった。
「そうだ! 私ね、実は疑問に思ってることがあって」
智香は突然びんを取り出した。
「たしか、鬼平くんはこのびんは魔法みたいなことは起こせないって言ってたよね?」
鬼平は頷く。
「でもそれっておかしくない? 確かにこのびんは“都合のいい偶然”を起こせると思うよ。私も使ってみてそう思った。でもこのびんって、本当はもっと力を秘めているんじゃない? ほら、こいつって、勝手に消えたり現れたりするでしょ?」
鬼平はちらとびんを盗み見て、きまりが悪くなって下を向いた。
「そ、それは、び、びんに対してだけは、起こるってことだと思う」
「確証はない」
智香に見つめられて、鬼平は頷くしかなかった。
「こ、怖くて、確かめてない……けど」
「そうね。私も同感。確かに空を飛びたいなんて言って、いきなり飛ばされて落ちて死んだら困るし。でも私は思ったんだけど、結局対価を払えば、魔法に似た何かって起こせるんじゃない?」
鬼平は何も言わなかった。もちろん、そうだろう。だが……。
「私が変になったと思う? 何が言いたいのかわからない? ……まあ、そうかもね。たぶん私が都合のいい解釈をしてるんだろうね。ねえ、変なこと言っていると思ったら言って。はっきり言うね。私は、三國の過去が知りたい。三國がどうしてああなったのか、ううん。あいつらが何を考えているのか知りたい。三國と、百川千花のこと。ねえ、鬼平くん。どうして彼らが人を傷つけるようなことを平気で言うのか知りたくない?」
鬼平は黙っていた。それは言葉にならなかったからではない。むしろどう答えたらいいか必死に考えていた。――知りたくない、と言えば嘘になる。
鬼平は同じことを六条に対して思ったことがある。だがそれを確かめようとしたこともないし、そうする理由も特になかった。智香は続けた。
「だからその、ちょっとあいつらの過去を覗きたいって思うのってダメ、かな。どうしても気になるから。もしそれを知れば、私の決心がつくかも。ううん。揺らぐかもしれないから知らない方がいいのかもしれない、けど」
その時の智香は、鬼平から見ても決めかねているのが伝わってきた。
「や、やめておいた方がいい。……な、何を要求されるかわからない」
鬼平が自信なく言うと、智香はそれまでの楽しそうな表情から一変し、険しくなった。
「やめた方がいいっていうのはわかってるよ。でも私ね? 本当はすごく怒ってるんだよ。さっき死なないで欲しいって言ったけど、あれ、嘘かもしれない。やっぱりね、まだあいつらのことを殺してやりたいって思ってる。このままじゃ告発するだけじゃ、腹の虫が収まらない。それに告発したら、どうしてあんなことをしたのか聞けないかもしれないしね」
智香の苦しそうな顔から、鬼平も気持ちが落ち込んだ。そうなってしまう気持ちは、鬼平にも何となくわかった。だが鬼平は、智香がどうしてそこまで“理由”に拘るのかわからなかった。
“理由”なんてどうでもいいはずだ。ただ彼らは暴力をふるった。智香は被害にあった。だから糾弾する。単純だと鬼平は思った。理由を聞く必要はない。そんなもの、聞いたって答えてくれないし、相手もこっちが思うほどの理由なんて持っていないことが殆どだと思った。
だがそれは言葉にならず、鬼平はただ懇願するように智香を見つめただけだった。
「……ごめん」
鬼平と見つめ合った後、智香は目を伏せた。鬼平はまずい予感がして、智香を止めようと思った。だが遅かった。すでに智香はびんを持っていて、願いを言うために口を開いていた。
「三國修司と百川千花の過去を見せて。私を傷つけた理由を教えて」
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