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第三十章
第一話
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慌ただしかった日常も、過ぎ去ってしまえば懐かしく思えた。百川が気絶してから、そして智香が三國を告発してから、もう一週間が経とうとしていた。
あの後、鬼平は福田先生と一緒に、気絶した百川を保健室まで運んだ。先生は床にのびている百川を見て、自身が気絶しそうになるくらいショックを受けた。
それから、現代の青少年の貧弱な食事と無理なダイエット、不健康さについて嘆いていたが、百川の対応に追われていたからなのか、彼女に外傷がなかったからなのか、結果的に鬼平たちが疑われることはなかった。
目が覚めた百川も、自分に何が起こったのか、よく覚えていなかった。それもそうか、とその帰り際、鬼平は思った。おそらく彼女の中が経験したことは、夢で見たことと大差がないだろう。それを、どうやって他人に言えるというのか。たとえ言葉にしても伝わるはずもない、と彼は思った。
そして、告発。――三國の件は、智香にとって百川のことよりずっと大変だった。
まず被害を告発する時、智香をサポートしてくれる、信頼できる先生を探すところから(それは福田先生と、鬼平の勧めで源先生になった)、それから警察に証拠を提出したり、教頭や理事会と話しあったり……智香がやらなければいけないことは、この一週間、無数にあった。
そして、智香は新しい人に会うたびに、自分の傷、――不本意にもすでに自己の一部となっていた三國とのやり取り、被害に遭ったことや脅迫を受けた経験を――話さなければいけなかった。
説明をするときに、言葉が足らなくて相手に上手く伝わっていないならまだいい方だった。
相手が頷きながらも、後の頓珍漢な相手の見解を聞いて、こちらの言い分をまるで信じてないことが明らかになることの方がずっと多かった。
それを見るたび、智香はまだ完全に治り切っていない傷跡に、爪を立ててえぐっている気分になった。
告発するに当たって、智香が想定していなかったのは、自分にとって明らかなことでも、他人にそれを信じてもらうことが、とても難しいという事実だった。それは、レコーダーと映像があってもそうだったのだ。
残念ながら、ことは、悪い予感通りになった。智香の被害は証拠がないとして、当初認められなかった。
警察に喋る前に学校に相談した時、智香と学校側の認識には大きな隔たりがあった。彼らは戸惑い、前例のない決断をし、責任を負うのを避けていた。智香は大人たちのそんな優柔不断な態度に怒りが収まらなかった。
でも、そんな時二人の先生が味方になってくれたのは本当に有難かった。
そして、智香が提出した証拠、――映像と音声は、智香の証言には全く役に立たなかったが、これは百川と三國に関係があったことだけは証明できたのだった。
三國は未成年淫行という形で逮捕された。逮捕される時、三國はまったく抵抗を見せなかった。
それは智香には意外だったし、何より彼女は百川が事件に介入してこなかったことをなによりも訝しんだが、どうやら二人はあの時、廊下で百川と出会った日には別れていたらしく、百川はその後少し証言をしただけで二人に関係があったことも否定しなかった。
それから、三國の件が報道され、三年前に三國から被害を受けた女性が名乗り出たことで、智香の証言に信頼性が増し、学校の方から(明らかに形式的なものだったが)、謝罪があったことは、付け加えなければならないだろう。
智香は事件の対応に追われて、この一週間、鬼平と会う時間は一切なかった。鬼平も、自分が役に立てると思えなくて、忙しくしている智香を見かけても話しかけられなかった。
それと、この期間の間にニュースを見て心配した麻由里が一日だけ登校をしてきたことがあった。麻由里との思わぬ再会は、疲れ果てていた智香を喜ばせ、心配させ、勇気づけられた。
「お医者さんが言うにはね、早く症状に気付けたことが治りが早い理由だって」
久しぶりに智香と膝を突き合わせた麻由里は、まだ満足に食べられるようになったわけではなかった。以前は隙間のなかった弁当には半分もご飯が入っていなかった。
この時もまた、二人はそれぞれ別の意味で、好奇の視線に晒されていた。智香は麻由里のやせこけた頬や細い脚を見て、完全には以前のように戻らないことを悟り、寂しくなったが、それでも、こうして学校で麻由里と一緒にいられることは嬉しかった。
「でもね、正直治ってるって感じしないんだよね。新しく生きるってなんなのかな。自分がどんなことを望んでるのかなんて、よくわかんないよ」
麻由里は苦しそうに笑った。
「でもね、」
麻由里は箸にご飯を一つまみのせて、目の前に持ってきながら言った。
「智香がこんなことになってるの知って、悩んでるの私だけじゃないんだって思った。別にね、だからどうだって言われると、何も言えないし、変わんないんだけどね」
あの後、鬼平は福田先生と一緒に、気絶した百川を保健室まで運んだ。先生は床にのびている百川を見て、自身が気絶しそうになるくらいショックを受けた。
それから、現代の青少年の貧弱な食事と無理なダイエット、不健康さについて嘆いていたが、百川の対応に追われていたからなのか、彼女に外傷がなかったからなのか、結果的に鬼平たちが疑われることはなかった。
目が覚めた百川も、自分に何が起こったのか、よく覚えていなかった。それもそうか、とその帰り際、鬼平は思った。おそらく彼女の中が経験したことは、夢で見たことと大差がないだろう。それを、どうやって他人に言えるというのか。たとえ言葉にしても伝わるはずもない、と彼は思った。
そして、告発。――三國の件は、智香にとって百川のことよりずっと大変だった。
まず被害を告発する時、智香をサポートしてくれる、信頼できる先生を探すところから(それは福田先生と、鬼平の勧めで源先生になった)、それから警察に証拠を提出したり、教頭や理事会と話しあったり……智香がやらなければいけないことは、この一週間、無数にあった。
そして、智香は新しい人に会うたびに、自分の傷、――不本意にもすでに自己の一部となっていた三國とのやり取り、被害に遭ったことや脅迫を受けた経験を――話さなければいけなかった。
説明をするときに、言葉が足らなくて相手に上手く伝わっていないならまだいい方だった。
相手が頷きながらも、後の頓珍漢な相手の見解を聞いて、こちらの言い分をまるで信じてないことが明らかになることの方がずっと多かった。
それを見るたび、智香はまだ完全に治り切っていない傷跡に、爪を立ててえぐっている気分になった。
告発するに当たって、智香が想定していなかったのは、自分にとって明らかなことでも、他人にそれを信じてもらうことが、とても難しいという事実だった。それは、レコーダーと映像があってもそうだったのだ。
残念ながら、ことは、悪い予感通りになった。智香の被害は証拠がないとして、当初認められなかった。
警察に喋る前に学校に相談した時、智香と学校側の認識には大きな隔たりがあった。彼らは戸惑い、前例のない決断をし、責任を負うのを避けていた。智香は大人たちのそんな優柔不断な態度に怒りが収まらなかった。
でも、そんな時二人の先生が味方になってくれたのは本当に有難かった。
そして、智香が提出した証拠、――映像と音声は、智香の証言には全く役に立たなかったが、これは百川と三國に関係があったことだけは証明できたのだった。
三國は未成年淫行という形で逮捕された。逮捕される時、三國はまったく抵抗を見せなかった。
それは智香には意外だったし、何より彼女は百川が事件に介入してこなかったことをなによりも訝しんだが、どうやら二人はあの時、廊下で百川と出会った日には別れていたらしく、百川はその後少し証言をしただけで二人に関係があったことも否定しなかった。
それから、三國の件が報道され、三年前に三國から被害を受けた女性が名乗り出たことで、智香の証言に信頼性が増し、学校の方から(明らかに形式的なものだったが)、謝罪があったことは、付け加えなければならないだろう。
智香は事件の対応に追われて、この一週間、鬼平と会う時間は一切なかった。鬼平も、自分が役に立てると思えなくて、忙しくしている智香を見かけても話しかけられなかった。
それと、この期間の間にニュースを見て心配した麻由里が一日だけ登校をしてきたことがあった。麻由里との思わぬ再会は、疲れ果てていた智香を喜ばせ、心配させ、勇気づけられた。
「お医者さんが言うにはね、早く症状に気付けたことが治りが早い理由だって」
久しぶりに智香と膝を突き合わせた麻由里は、まだ満足に食べられるようになったわけではなかった。以前は隙間のなかった弁当には半分もご飯が入っていなかった。
この時もまた、二人はそれぞれ別の意味で、好奇の視線に晒されていた。智香は麻由里のやせこけた頬や細い脚を見て、完全には以前のように戻らないことを悟り、寂しくなったが、それでも、こうして学校で麻由里と一緒にいられることは嬉しかった。
「でもね、正直治ってるって感じしないんだよね。新しく生きるってなんなのかな。自分がどんなことを望んでるのかなんて、よくわかんないよ」
麻由里は苦しそうに笑った。
「でもね、」
麻由里は箸にご飯を一つまみのせて、目の前に持ってきながら言った。
「智香がこんなことになってるの知って、悩んでるの私だけじゃないんだって思った。別にね、だからどうだって言われると、何も言えないし、変わんないんだけどね」
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