並行世界の殺人~十二人の「私」と連続殺人事件~

yamatsuka

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第三章

出発①

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 通話を切ってもしばらくは「丑」の「私」からの呼び出し音は鳴りやまなかった。私は彼女の叫びのようなそれを無視し、ずっと待たせてしまっている未奈へと繋いだ。

 未奈へは短く、親戚が死んでしまった、と嘘をついた。本当のことはとても言えないし、かといって誤魔化し続けるのは、おそらく私の顔色や言動の変化で漏れ出てしまうだと判断をした。

 未奈は素直に私の言うことを信じてくれた。それだけでなく、数日休むことになるかもしれないと言えば、無理しないでね、と気遣ってくれた。

 私は持てる言葉を尽くして未奈に感謝の気持ちを伝えたかったが、短く「ありがとう」とだけ伝え、通話を切った。

 こんなに静かだったっけ。

 しばらく呆然としていると、そう思った。
 でも、いつまでもこうはしていられない。

「寅」の世界への行き方はわかっている。

 でも、向こうでなにが必要になるのかは、なにもわからなかった。

 そこで私は、まず財布の中身を確かめ、その後、風圧で重くなった玄関の扉を、肩で押しながら開け外に出て、近くのコンビニで十万円ほどお金を下ろした。

 とりあえず、当面の間はこれでどうにかするしかない。

 それから嵐が吹き荒れ、折れた枝や葉、ビニール袋が舞う町を歩き、どうにか公民館までたどり着くと、その外れにある、寂れた電話ボックスに入った。

 もう何年も、この電話ボックスを使っている人を見たことがない。今日もそこには誰もいなかった。そしてだからこそ、私はここを「亥」の「私」との連絡地点として選んだのだ。

 中に入り、ボックスの扉がバタンと大きな音を立てて閉まると、怒り狂う怪物のうめき声のような風の音がほんの少しだけ弱まった。よかった。これで集中できる。

 私はすぐに緑色の大きな受話器を手にし、肩で挟むと、硬貨もいれないまま番号を入力していった。

 待っている時間は、どう見繕っても三分もなかったはずだ。だけど私には、まるで永遠の時を待っているかのようだった。

 私は受話器を肩で挟んだまま、左手につけたブレスレットをずっと撫でていた。そうして、あんなにも聞き慣れた受話器を取る音を切望しながら、かわりに私の耳元には、呼び出し音だけが空しく響いていた。

 私はため息と共に受話器を元の位置に戻した。それからボックスの中の簡易ベンチに座り、ガラスに映る、焦燥しきって亡霊のようになった自分の姿を見つめた。

「亥」の「私」は出なかった。

 もちろんいまは定期連絡日じゃないし、私の行為は彼女にとっても想定外のことだから、電話に出なかったとしても普通ならなにもおかしくない。

 だけど、今度ばかりは「寅」の「私」が殺されたと聞かされたこともあって私は不安になった。

 私はガラスに背をもたれかけ、暴風によって無残に散っている桜をぼんやりと眺めながら自らに問いかけた。

 ……私が間違っていたの?

 外では風がどこかの隙間で笛を吹き、物悲しく寂れたメロディーを奏でていた。それがガラスを隔ててくぐもったように聞こえてくる。

 私は、呼吸を整え、意識を集中させ、頭の中に分け入って、直感がなにを言おうとしているのか探り出そうとした。

 でも、ここも外と同じようにたくさんの色のついた感情が吹き荒れていた。それは確かに私に何かを警告していたのだが、それらがなにを意味するのか、その短い時間ではなにもわからなかった。

 何事もなければいいけど。

 私はもう一度「亥」の「私」に電話をかけ、留守番メッセージを残すと、まるで私の後ろをひたひたとつけてくる足音のような不安を無視して電話ボックスを後にした。
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