並行世界の殺人~十二人の「私」と連続殺人事件~

yamatsuka

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第三章

出発②

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 家に戻ってから、私はすぐに手紙を書いた。

「戌」の「私」にあてた手紙だ。私はそこに、「寅」の「私」が殺されたかもしれないと書いた。封筒に入れる前に直感で選んだサンダルウッドで香りをつけた。

 私はそれを、スイートピーの描かれた封筒に、入れた。大きな水車小屋を描いた切手を貼り付けると、テーブルの上に置いた。

 それから私はリビングをうろうろしながら、なにが必要になるだろうかと、自分に問いかけた。これがずっと行きたかった海外旅行での独り言ならいいのに、と思いながら、私は引き出しを開けたり閉めたりしていた。

 そもそも世界線を移動することは大きな危険を伴うものだ。それに、向こうの世界に干渉することは、「丑」の「私」が言うように、双方の世界に破壊的な影響を及ぼす可能性がある。

 その結果、私の世界との繋がりがなくなり、「時の環」がバラバラになってしまうかもしれない。

「でも、既に一つ失われてしまった」

 私は左手首につけたブレスレットを見ながら、怒りと決心を思い出し、恐れで及び腰になりそうな自分に発破をかけた。私は身を震わせた。

「私」は物じゃない。ブレスレットが壊れたなら直せばいいが、「時の環」はそうはいかない。欠けた「私」は二度と元には戻らないのだ。

 結局、所持品は最低限の方がいいと判断し、おろしたお金を入れた財布と、「丑」の「私」と連絡を取れるようにスマホだけ持っていくことにした。

「まるで小旅行ね。……本当にそうだったらいいんだけど」

 私はこれから待ち受けているだろう波乱を予感して、暗い気持ちになった。しっかりと落ち込んでいる時間があればいいのだけど、そういうわけにはいかず、職場に電話をかけ、一週間ほどの休みをもらうと、机の上の手紙を手に取り、家を出た。

「大丈夫、大丈夫……」ぶつぶつとそう呪文のように呟きながら、近くのポストに手紙を投函した後、ゲートのある「森」まで歩いて行く。

 この辺りも随分と木が少なくなった、と「森」の近くの住宅街まで来てから思った。また開発が進んだのかもしれない。

 私は、折れた枝が転がる道をジグザグに進みながら住宅地の外れまで歩いた。そこからしばらく歩くと「森」の入り口にたどり着く。

 鬱蒼と茂る森に、人ひとり分だけ通ることのできる一本の道が伸びていた。道は弓なりで、風が通るたびに落ち葉が舞っていた。陽の光がまだら模様を道なりに浮かび上がらせている。

 周囲を覆い尽くす木々は風に吹かれて、時おり木々が、なにかの警告音のような声を発していた。

 私は緊張から深呼吸をすると「森」に足を踏み入れた。中に入ると外の音が遠くなり、別世界に来たように感じた。

「森」の中には外の風から逃れてきた鳥たちが互いに言葉を交わしている。

 頭が痛い。足がふらふらとして、下ろす先が定まらず、まるで浮いているようだった。私はこめかみを手で押さえながら先を歩き続け、目印の樫の倒木を踏み越えた。

 ここが境界線。ここから迷わないようにしなければ。

「森」につけた様々な目印に沿って私は歩いた。枝に括りつけた青のリボン、木に刻んだマーク、枝や葉で作った小さな人形、切り株で作った椅子……。

 それぞれがこのどこでもなくてどこでもある場所から、別の世界に行くための目印だった。目印はほとんどが私の作ったものだが、以前からあったものもある。「森」にあったそうした奇妙なものは不思議な力を持っていて、それをいくらか利用させてもらった。

 私は「寅」の世界へ行くための目印である「森の貴婦人」と呼ばれるオオヤマレンゲの木の元に行った。こちらを誘うようにだらりと枝を伸ばしている。

 私は「森の貴婦人」の腕の下をくぐり抜け、まっすぐ道なき道を歩いて行った。もう戻れない。振り返ってはいけない。頭上で激しく唸っていた風の音が次第に遠くなり、消えていくのがわかった。

 しばらくそのまま歩くうち、視界が開けてきた。「森」が終わり、私は入った時と同じような道に出ていた。

 落ち葉はもう踊るのをやめ、道なりをモザイクのように埋め尽くしていた。頭上では吹き荒れる風の音のかわりにヒバリがけたたましい声で鳴いている。頭痛はまだ収まらないが、徐々に頭が軽くなっていくのを感じた。

「森」から出るとまばゆいほどの太陽が私を出迎えた。暗闇から一気に明るくなり、私は目が焼かれて、素早く瞼を閉じた。

 視力が戻るまで、私は薄っすらと緑がかった世界を歩いた。それから、「寅」の「私」が住んでいる街に行くために電車に乗った。
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