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第四章
芹川美穂①
しおりを挟む十二人の「私」がそれぞれどこに住んでいるのか私はあまり知らない。
それはすべての「私」たちの情報を覚えておくことの苦労に加えて、そもそも、自分の世界から遠くにいる「私」への連絡が大変だという理由が大きい。
「時の環」は、世界を一つまたぐだけでノイズが極端に増え、送信できる情報量も減ってしまうのだ。
だから私が「私」の居場所を知っているのは――「子」の位置にいる私と直接連絡を取れる――「丑」とこれから向かう「寅」、それから「亥」「戌」だけだ。
それより遠くの「私」と連絡を取るためには、例えば私と正反対に位置する「午」なら、まず「申」と連絡を取り、そこから「戌」を経由しなければならない。
そんな手間がかかることを頻繁にするはずもなく、私は自分と正反対に位置する「午」の私がどんな人間なのかほとんど知らない。「午」の「私」について知っていることは、結婚して双子の子供がいるということと、忙しくて連絡がなかなか取れないことくらいだ。
十二個の世界は、私のいる世界と非常に似通っている。私たちは多くの「歴史」を共有し、微妙に違う部分はあれど、ほとんどが同じと言っていいだろう。
それは無限に近いくらいある「時」の中から、最も近い十二の世界を私が選んだ結果だった。というより、それ以外の世界と繋がりをもとうとしても、ノイズが多すぎて、どうにもならなかった。
辛うじて私に捕まえられたのが、それらの近しい「歴史」を共有した十二の世界だった。
私は電車の中にいる間、こちらの世界に来たことを伝えるために「丑」の「私」に連絡を取るべきか迷った。でも彼女に反対されるかもしれないと思って、スマホを取り出したくせに、結局連絡をしなかった。
すると私と同調したのか、「丑」の「私」から電話が来た。だけど、私はいまはまだ話す時ではないと思い、それには出なかった。
目的の「時砂駅」に着き、私は電車を降りた。私はまず、情報を得るために、駅で新聞を買い、その後はテレビが置いてあるフードコートに入って、食事をした。
どう気持ちを切り替えたらいいのかわからないけど、「寅」の「私」が殺され、犯人が捕まっていないのも紛れもない事実のようだった。
お昼のワイドショーでは、うんざりするほど、繰り返し私の事件についての特集を放送していた。
事件が起きたのはいまから二日前の四月三日のお昼頃だった。その時、「寅」の「私」の家に犯人が侵入。そこに帰って来た「私」と「私」の恋人をナイフのようなもので刺して殺害した。犯人はその後逃亡。いまもまだ行方をくらませているらしい。
「私」は死んで、その恋人は生き延びたのだとか。
ニュースが犯人の情報から(目出し帽を被っていたために身長は百七十五センチくらい、男性という情報しかなかった)殺された「寅」の「私」に移り変わると、そのコメンテーターは明らかに不快で無遠慮な発言をしたが、出演者は誰も彼を咎めなかった。
死人に口なしか。
私はため息をついて店を出ると、バスに乗った。
住所を書いたメモを頼りに十数分ほど歩き、おそらくこの辺りだろうという閑静な住宅街をうろうろして、ようやくニュースでも見た「寅」の「私」の家にたどり着いた。
それは閑静な住宅街の一角にある、小ぢんまりとしているけれど、素敵な家だった。
私は、呆然としてその家を見上げた。
まず目に入ったのはその家の色だった。奇妙な偶然で、それは私のこのブレスレットと同じように、翡翠色をしている。
家の一部は曲線を描き、そこには細長い窓が連なっていた。波打つような形の神秘的な模様を施した青のモザイクタイルの壁が、綺麗に整えられた芝生の庭を囲んでいる。さらに、その壁の周りには芝桜やアネモネなどの春の花が咲き乱れ、彩られていた。
ここに来たのはもちろん初めてだった。だけど、ニュースで見た時も思ったように、私には、その家をどこかで見たことがあるように思えてならなかった。
それはなんというか、「私」なのだから当然なのかもしれないが、私がぼんやり思い描くような「理想の家」だったのだ。
でも本来ならそれを見て好きなだけ、恍惚としていただろうに、そうはならなかった。
その家の周りには、無機質な白と黒のパトカーが二台止まっていて、チカチカと光るランプがそれを妨げたからだ。
私は、激しい虚無感と、怒りにかられた。
「私」は、こんな素敵な家を作ったばかりだった。「私」は、作家としてもまだまだこれからだという時だった。それなのにどこの誰かもわからない人間に殺されてしまった。しかも犯人は、まだ捕まっていないのだという。
許せない。
私はもう一度怒りを思い出し、拳を爪が食い込むくらいに強く握りしめた。絶対に犯人の顔を拝んでやると思った。償いを、報いを受けさせてやるのだと。その瞬間をどうしても見てやるのだと思った。
でも、そのためにどうすればいいのかは、なにもわからなかった。勢いでここまで来て、事件が本当だったとわかったけど、私にはこっちの「私」のことがよくわかっていないし、ニュースが報じる以上の情報をどうやって得たらいいのかもわからなかった。
私が途方に暮れながらその家を見上げていると、パトカーの前に立っていた一人の警官が私に気付いて、こっちに歩いてきた。
「すみません。ちょっといいですか」
若くて、まだ延々と続く労働によって笑顔が擦れていない、感じのいい青年だった。
「はい。なんですか?」
私は内心でまずいことになったかもしれないと思いながら、平静を装って答えた。
「あのですね、私、いまちょっとこの近所の方に、色々とお話を伺っていまして。もしよかったらお時間よろしいですか? 本当にすぐに終わるので」
警官が丁寧に申し出た。
「……はい」
私は呆然としたままそう答えた。だけど、頭の中ではどうしようかと懸命に考えていた。
警官もそれに気付いたのか、一瞬疑わしそうに私を見た。が、すぐに切り替えると、違和感を無視するように大きく頷き、
「ありがとうございます」
と言った。それから、
「お姉さん、この辺りにお住まいですか?」
と聞いた。私はその質問に答えるべきか迷った。
もし正直に言えば、明らかに怪しまれるし、嘘を言えば、ボロが出るかもしれない。
躊躇した私に警官は再び疑惑の目を向けた。どうしよう。言うべきだろうか。でも。私は迷った。
「……どうされました? なにか言えないようなことでも?」
明らかに警官が怪しんだのがわかって、けれど私はそれに有効な手を打てないことも痛感した。
「いえ、そんなことは」
慌てて否定するが、二の句が継げない。
「すみませんが、すこし署までご同行お願いできますか。いえ、無理にとは言いませんが」
異変を察したのか、警官がそう提案する。
私の頭はそれまでの怒りと決心を忘れ、真っ白になっていた。
いきなりこんなことになるなんて。
その瞬間、
「千歳? 千歳なの?」
どこからか私の名を呼ぶ、悲痛な声が響いた。
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