26 / 26
終話 名前を呼ぶ日
しおりを挟む
「娘の目が覚めない。高名な神官も医者も匙を投げた」
「まだ六歳でしょう。七日間、ゆっくりマナを注ぎ込めば――きっと」
「すまんな。聖女の力は、隠してきただろうに」
「いいのよ。こういうとき来られるように、秘密にしてるだけなんだから」
ココアベージュの髪をかきあげて、少女は微笑んだ。
◇◇◇
「お姉ちゃん、だあれ?なんでララのベッドにいるの?」
「ふふ、あなたの治癒に呼ばれたの。おはよう、ララ」
幼いララは、瞬きを繰り返す。
「……お姉ちゃん、きれい」
「ありがとう」
少女は笑った。
◇◇◇
「ララ、わたくし、お忍びで来ているの」
二人で、絵本を広げている。
「お姉ちゃん、『おしのび』ってなあに?」
少女が、にこりと笑う。
「秘密ってことよ。誰にもね。だから、いつか、あなたが禁図書館に来たら」
指先が、額に触れる。
「その時に名前、教えるね」
◇◇◇
「帰らないで。これからも、ずっと、ララと遊んで!」
幼い手が、必死に袖を掴む。
少女はほんのわずか困った顔をして、それから優しく撫でた。
「いつか、禁図書館においで」
「え?」
「物語が、尽きることなく眠っている場所よ」
ララの瞳が輝いた。
「行く!おとなになったら、ぜったい、行く!」
◇◇◇
――あ……夢。
まぶたが重く持ち上がる。
最初に見えたのは、柔らかな光だった。
すぐ傍に、伏せる影。
静かな寝息。
ララの手が、強く握られている。
ココアベージュの髪が、頬にかかっていた。
(……きれい)
胸の奥が、かすかに震える。
(……あ、色)
記憶が、ゆっくり繋がる。
「……お姉ちゃん」
声が、かすれる。
「……あのときも……」
指先が、ぴくりと動いた。
まぶたが開く。
「……ふふ」
柔らかく笑う。
「やっと思い出した?」
少しだけ、掠れた声。
「おはよう、ララ」
◇◇◇
禁図書館のラウンジには、穏やかな午後の光が差し込んでいる。
「おやつにしましょう。お腹すいたわ」
テーブルには、色とりどりの果物が山のように盛られていた。
「うわあ、フルーツいっぱい……!」
「陛下がね、今回の褒美にたくさんくださったの」
話しながらも、メイリーンは葡萄をつまむ。
「すごい……こんなにいただけるなんて」
「ララも、ご褒美をたくさんもらえるわ。起きたら、希望を聞いておくように言われているもの」
「え……希望って……思いつきません」
「何もなければ、お金か長期休暇がおすすめだけど……」
少し考え込み、ふと思い出したように続ける。
「でも、ララの活躍なら、お金と休暇をもらっても、さらに何かつけてくださりそうね」
ララも、葡萄を一粒つまんだ。
甘さが、ゆっくり広がる。
「……なんでも、いいんでしょうか」
「いいわよ。わたくしだって、ララにご褒美あげたいもの」
その瞬間。
ララの声が弾んだ。
「メイリーン様からいただいても、いいんですか?」
「もちろん」
一拍。
ララは俯く。
両手をぎゅっと握る。
「あっ、あの!」
「なあに?」
メイリーンが、穏やかに首を傾げる。
ララは顔を上げた。
ほんの少しだけ、頬を赤くして。
「こ、これから――」
息を吸う。
勇気を、押し出すように。
「これから『メイ様』って、お呼びしてもいいですか?」
メイリーンが、わずかに息を止め――
くすっと笑って――
天窓から、光が降りている。
二人のあいだで、午後がゆっくりほどけていった。
◇◇◇
物語は、続く。
※本作と同じ世界を舞台にした物語(単体でも読めます)
・メイリーン視点の前日譚
『欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す ~メイリーン戦記~』(完結)
・セシリア視点の前日譚
『嫉妬で襲撃された第三皇女、魔王の少年に拾われる』(連載中)
・オデット視点の前日譚
『悪夢の未来視、オデットは義姉を切り捨てられない』(連載中)
「まだ六歳でしょう。七日間、ゆっくりマナを注ぎ込めば――きっと」
「すまんな。聖女の力は、隠してきただろうに」
「いいのよ。こういうとき来られるように、秘密にしてるだけなんだから」
ココアベージュの髪をかきあげて、少女は微笑んだ。
◇◇◇
「お姉ちゃん、だあれ?なんでララのベッドにいるの?」
「ふふ、あなたの治癒に呼ばれたの。おはよう、ララ」
幼いララは、瞬きを繰り返す。
「……お姉ちゃん、きれい」
「ありがとう」
少女は笑った。
◇◇◇
「ララ、わたくし、お忍びで来ているの」
二人で、絵本を広げている。
「お姉ちゃん、『おしのび』ってなあに?」
少女が、にこりと笑う。
「秘密ってことよ。誰にもね。だから、いつか、あなたが禁図書館に来たら」
指先が、額に触れる。
「その時に名前、教えるね」
◇◇◇
「帰らないで。これからも、ずっと、ララと遊んで!」
幼い手が、必死に袖を掴む。
少女はほんのわずか困った顔をして、それから優しく撫でた。
「いつか、禁図書館においで」
「え?」
「物語が、尽きることなく眠っている場所よ」
ララの瞳が輝いた。
「行く!おとなになったら、ぜったい、行く!」
◇◇◇
――あ……夢。
まぶたが重く持ち上がる。
最初に見えたのは、柔らかな光だった。
すぐ傍に、伏せる影。
静かな寝息。
ララの手が、強く握られている。
ココアベージュの髪が、頬にかかっていた。
(……きれい)
胸の奥が、かすかに震える。
(……あ、色)
記憶が、ゆっくり繋がる。
「……お姉ちゃん」
声が、かすれる。
「……あのときも……」
指先が、ぴくりと動いた。
まぶたが開く。
「……ふふ」
柔らかく笑う。
「やっと思い出した?」
少しだけ、掠れた声。
「おはよう、ララ」
◇◇◇
禁図書館のラウンジには、穏やかな午後の光が差し込んでいる。
「おやつにしましょう。お腹すいたわ」
テーブルには、色とりどりの果物が山のように盛られていた。
「うわあ、フルーツいっぱい……!」
「陛下がね、今回の褒美にたくさんくださったの」
話しながらも、メイリーンは葡萄をつまむ。
「すごい……こんなにいただけるなんて」
「ララも、ご褒美をたくさんもらえるわ。起きたら、希望を聞いておくように言われているもの」
「え……希望って……思いつきません」
「何もなければ、お金か長期休暇がおすすめだけど……」
少し考え込み、ふと思い出したように続ける。
「でも、ララの活躍なら、お金と休暇をもらっても、さらに何かつけてくださりそうね」
ララも、葡萄を一粒つまんだ。
甘さが、ゆっくり広がる。
「……なんでも、いいんでしょうか」
「いいわよ。わたくしだって、ララにご褒美あげたいもの」
その瞬間。
ララの声が弾んだ。
「メイリーン様からいただいても、いいんですか?」
「もちろん」
一拍。
ララは俯く。
両手をぎゅっと握る。
「あっ、あの!」
「なあに?」
メイリーンが、穏やかに首を傾げる。
ララは顔を上げた。
ほんの少しだけ、頬を赤くして。
「こ、これから――」
息を吸う。
勇気を、押し出すように。
「これから『メイ様』って、お呼びしてもいいですか?」
メイリーンが、わずかに息を止め――
くすっと笑って――
天窓から、光が降りている。
二人のあいだで、午後がゆっくりほどけていった。
◇◇◇
物語は、続く。
※本作と同じ世界を舞台にした物語(単体でも読めます)
・メイリーン視点の前日譚
『欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す ~メイリーン戦記~』(完結)
・セシリア視点の前日譚
『嫉妬で襲撃された第三皇女、魔王の少年に拾われる』(連載中)
・オデット視点の前日譚
『悪夢の未来視、オデットは義姉を切り捨てられない』(連載中)
8
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
悪夢の未来視、オデットは義姉を切り捨てられない
水戸直樹
ファンタジー
私は未来を、夢で視る。
それは希望ではなく、
書き換えられない“確定した出来事”だった。
貴族の愛人の娘として生きてきた私、オデット。
伯爵家に迎え入れられるその日、
私はひとつの覚悟を決めていた。
――この家で生き残るため、
義姉を切り捨てる。
それは、何度も夢で見てきた未来。
避けようのない、はずの選択だった。
けれど。
現れた義姉ジャイアナは、
私の知る“弱い義姉”とは、まるで違っていた。
二メートル近い体躯。
岩のような筋肉。
そして、疑うことを知らない真っ直ぐな心。
圧倒的な力を持ちながら、
真っ先に私を守ろうとする存在。
未来は、外れたのか。
それとも――
間違っていたのは、未来を信じ切った私の方だったのか。
これは、
未来を視る軍師が、
「切り捨てる」という最初の判断を、
まだ選べずにいる頃の物語。
※直接的な性描写はありませんが、
被害を想起させる表現が含まれます。
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
