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第7話 オデットは“知ってしまった”
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市場での一件は、屋敷に戻っても頭から離れなかった。
恐喝者の口ぶりは、あまりにも慣れていた。
突発的犯行なら、ああはならない。
周囲の人々が止めなかった理由も、容易に推測できる。
止めれば、次は自分が狙われるから。
(……個人レベルの犯罪じゃない)
だが、確証はない。
だからこそ、この違和感は胸の奥に沈めておくしかなかった。
◇◇◇
夕食の席で、最初に口を開いたのはジャイアナだった。
「今日、市場で悪い人を捕まえたのだ!」
少し誇らしげな声に、義父ロジポツ伯爵は目を丸くした。
「捕まえた? 何の話だ?」
本当に、知らない。
その反応を見た瞬間、私は内心で確信する。
(……治安に関わる情報が、届いていない)
「露店の人を脅していたのだ。場所代とか言ってたのだ」
ジャイアナは悪意なく説明する。
だが父は、首を傾げたままだ。
「そんな話、初耳だな……」
その視線が、ふと私に向いた。
顔、首、胸元。値踏みするような、粘っこい目。
(……相変わらず……好色な義父だこと)
しかし、政治の話になると驚くほど鈍い。
知らないのではなく、知らされていない。
そのとき、母がワイングラスを傾けながら、さらりと口を挟んだ。
「街はね、悪くなる時は一気なのよ」
軽い調子。
けれど、その声音には経験が滲んでいた。
名うての貴族や豪商たちと浮き名を流してきた母の言葉には、妙な説得力がある。
「昔、私がいた通りでも似たようなことがあったわ。
表で暴れてた男は、いつも“末端”だった」
グラスの縁に、赤い雫が揺れる。
「本当に金を動かしてる人間は、決して前に出てこないものよ」
(……やっぱり、そうよね。お母さまも気づいてる)
偶然じゃない。
誰かが、意図的に情報を遮断している。
◇◇◇
食後、廊下で執事シラスとすれ違った。
「本日は、お疲れさまでございました」
完璧な礼。
完璧な距離。
父はこの男を疑いもしない。
書類仕事も、領内の報告も、ほとんどを任せきりだ。
(監視役……それとも、それ以上?)
けれど、今は敵に回さない。
「いつもありがとうございます。お仕事、大変でしょう?」
にこやかにそう言うと、シラスは一瞬だけ目を細めた。
「恐れ入ります、お嬢さま」
それだけ。
だが、互いに探り合っている感覚だけは、はっきりと残った。
◇◇◇
翌日。
私は、母と父が揃っている時間を見計らって声をかけた。
「お父さま。私……お役に立ちたいんです」
控えめに、少しだけ不安げに。
「街のことも、屋敷のことも、何も知らないままでいるのが……怖くて」
父は、分かりやすく気を良くした。
「そうか、オデットは感心だな」
母も、静かに微笑む。
「覚えたい気持ちは、大切よ」
「内政業務でしたら、お父さまにお伺いしながら、私にもできると思うんです」
父は少し考えたあと、あっさりとうなずいた。
「よし。少しずつ覚えるといい」
(……思ったより、抵抗がない)
こうして、執事に一任されていた書類が、私の手に回ってきた。
そして――
警備兵に回す予算が、不自然に削られている。
その分が、雑費と交際費に回されている。
決裁印は、父のもの。
だが、筆跡が違う。
(……なるほど)
街が荒れる。
情報は、上に上がらない。
一本の線が、頭の中で形を取り始める。
◇◇◇
その日の就寝前。
私は寝室で、柔軟体操をしていた。
前屈し、脚を伸ばし、背中を反らす。
身体のラインが、自然と強調される動きだ。
「オデット、なにしてるのだ?」
いつものように私の部屋に遊びに来ている義姉ジャイアナが、不思議そうに首を傾げる。
「体を整えているの。姿勢が良くなるし、動きやすくなるわ」
そう言いながら、腰をひねる。
ジャイアナは一瞬きょとんとしてから、ぱっと顔を輝かせた。
「オデット、もっと綺麗になるのかー!」
大きくうなずく。
「なら、私はもっと強くなるのだ! 二人で最強なのだ!」
(……ほんとに)
計算も、裏も、何もない。
ただ、まっすぐ。
でも――
(この人が横にいる限り、私は前に出られる)
力は盾。
私は――刃になれるだろうか。
役割は、もう決まった。
私は、ゆっくりと息を整える。
(知ってしまった以上、知らないふりはしない)
次は――
こちらから、仕掛けに行く番だ。
恐喝者の口ぶりは、あまりにも慣れていた。
突発的犯行なら、ああはならない。
周囲の人々が止めなかった理由も、容易に推測できる。
止めれば、次は自分が狙われるから。
(……個人レベルの犯罪じゃない)
だが、確証はない。
だからこそ、この違和感は胸の奥に沈めておくしかなかった。
◇◇◇
夕食の席で、最初に口を開いたのはジャイアナだった。
「今日、市場で悪い人を捕まえたのだ!」
少し誇らしげな声に、義父ロジポツ伯爵は目を丸くした。
「捕まえた? 何の話だ?」
本当に、知らない。
その反応を見た瞬間、私は内心で確信する。
(……治安に関わる情報が、届いていない)
「露店の人を脅していたのだ。場所代とか言ってたのだ」
ジャイアナは悪意なく説明する。
だが父は、首を傾げたままだ。
「そんな話、初耳だな……」
その視線が、ふと私に向いた。
顔、首、胸元。値踏みするような、粘っこい目。
(……相変わらず……好色な義父だこと)
しかし、政治の話になると驚くほど鈍い。
知らないのではなく、知らされていない。
そのとき、母がワイングラスを傾けながら、さらりと口を挟んだ。
「街はね、悪くなる時は一気なのよ」
軽い調子。
けれど、その声音には経験が滲んでいた。
名うての貴族や豪商たちと浮き名を流してきた母の言葉には、妙な説得力がある。
「昔、私がいた通りでも似たようなことがあったわ。
表で暴れてた男は、いつも“末端”だった」
グラスの縁に、赤い雫が揺れる。
「本当に金を動かしてる人間は、決して前に出てこないものよ」
(……やっぱり、そうよね。お母さまも気づいてる)
偶然じゃない。
誰かが、意図的に情報を遮断している。
◇◇◇
食後、廊下で執事シラスとすれ違った。
「本日は、お疲れさまでございました」
完璧な礼。
完璧な距離。
父はこの男を疑いもしない。
書類仕事も、領内の報告も、ほとんどを任せきりだ。
(監視役……それとも、それ以上?)
けれど、今は敵に回さない。
「いつもありがとうございます。お仕事、大変でしょう?」
にこやかにそう言うと、シラスは一瞬だけ目を細めた。
「恐れ入ります、お嬢さま」
それだけ。
だが、互いに探り合っている感覚だけは、はっきりと残った。
◇◇◇
翌日。
私は、母と父が揃っている時間を見計らって声をかけた。
「お父さま。私……お役に立ちたいんです」
控えめに、少しだけ不安げに。
「街のことも、屋敷のことも、何も知らないままでいるのが……怖くて」
父は、分かりやすく気を良くした。
「そうか、オデットは感心だな」
母も、静かに微笑む。
「覚えたい気持ちは、大切よ」
「内政業務でしたら、お父さまにお伺いしながら、私にもできると思うんです」
父は少し考えたあと、あっさりとうなずいた。
「よし。少しずつ覚えるといい」
(……思ったより、抵抗がない)
こうして、執事に一任されていた書類が、私の手に回ってきた。
そして――
警備兵に回す予算が、不自然に削られている。
その分が、雑費と交際費に回されている。
決裁印は、父のもの。
だが、筆跡が違う。
(……なるほど)
街が荒れる。
情報は、上に上がらない。
一本の線が、頭の中で形を取り始める。
◇◇◇
その日の就寝前。
私は寝室で、柔軟体操をしていた。
前屈し、脚を伸ばし、背中を反らす。
身体のラインが、自然と強調される動きだ。
「オデット、なにしてるのだ?」
いつものように私の部屋に遊びに来ている義姉ジャイアナが、不思議そうに首を傾げる。
「体を整えているの。姿勢が良くなるし、動きやすくなるわ」
そう言いながら、腰をひねる。
ジャイアナは一瞬きょとんとしてから、ぱっと顔を輝かせた。
「オデット、もっと綺麗になるのかー!」
大きくうなずく。
「なら、私はもっと強くなるのだ! 二人で最強なのだ!」
(……ほんとに)
計算も、裏も、何もない。
ただ、まっすぐ。
でも――
(この人が横にいる限り、私は前に出られる)
力は盾。
私は――刃になれるだろうか。
役割は、もう決まった。
私は、ゆっくりと息を整える。
(知ってしまった以上、知らないふりはしない)
次は――
こちらから、仕掛けに行く番だ。
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