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二十話 実習グリフォン編
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とある山頂近くに築かれた色とりどりの硝子の町に、フェアリーサークルを設置した僕達の通う実習施設がある。
その町は巨大な棚田になっており、野生のグリフォンと人が協同一致で畑仕事を行っている。
畑に沿って咲く真紅の彼岸花は名勝として有名だ。
人類は大昔にグリフォンから農耕を学んだと伝えられており、数種の芋は彼らに依存する。
面白いことに、人用の畑と彼ら用の畑と二種で区分けされている。
特に彼らの好物であるサテンポテトが多く栽培されている。
それは人でも生食できる焼き芋のように柔らかな芋で栄養価も高い。
育ちが速く、余るほど大量生産可能という優れ芋だ。
ここへ来ると必ず、実習終わりに外はカリカリ中はホロホロのポテトフライを腹いっぱい食べて帰る。
淡白な甘味。
それでも病みつきになる味こそ真の魅力と言えよう。
「きゃ……!」
逆瀬川ちゃんは雷が苦手で小さな悲鳴を上げた。
音よりも光に弱いらしい。
中山三郎、九頭龍りんさん、さつま緑さん、園田真知。
秋の道を選んだ彼らと花屋敷さんが、僕達二人を意味深に注目する。
なので、こう何度もくっつかれては困り半分喜び半分である。
「この雷雨はグリフォンの恩恵なんだよね」
「ああ、血がたぎるほど半端じゃないオーラが伝わってくる」
「どうしたの?」
「気にしないでくれ。悪い癖だ」
「じゃあ、直さなきゃね」
逆瀬川ちゃんは平気で酷いことを言う。
君のような意地悪な子は雷様におヘソを取られてしまえばいいのにとまではさすがに思わない。
僕は雷様よりも寛容な人間なのだ。
さらに閻魔大王様よりも寛容なので舌を抜いて黙らせてやろうかなんてことも思わない。
「この雷雨のおかげで、空から栄養が降って美味しい芋が育つんだよ」
「分かってるけど……きゃ!」
「すぐ収まるって」
「分かってるけど……苦手なの」
「今日もポテト食べて帰る?」
「うん!食べよう!」
こうして関心あるものへ興味を逸らせてやれば怖さを紛らわせられる。
グルーミング中もそうだ。
集中して雷なんて全く気にしなくなる。
彼女のその集中力は是非とも見習いたい。
「さて、準備は整いましたね。これよりグリフォンのグルーミングを始めます」
先生としてキビキビご指導して下さるのは、幼少よりグリフォンと共に生きてきたクールビューティーの女王陛下だ。
なぜ僕が愛を込めて女王陛下と慕っているのかと説明すると、彼女が事あるごとにチクチク言葉で責めビシバシご鞭撻して下さるからである。
「下手ね。しっかりしなさい」
「あり得ないわ。これじゃあトリマーの資格なしよ」
「それで何度目かしら。分からないあなたではありませんよね」
「私を見る暇があるのなら己を見つめ直しなさい」
「いつまで待たせるの?グリフォンも呆れていますよ」
「泣いているだけでは何も変わりません。泣いても尚、努力を続けなさい」
こうして少し思い出すだけでもゾクゾクする。
誰より恐ろしく容赦のない人だ。
しかし、彼女の厳しい指導があってこそ僕は成長出来たのだと思う。
涙の数だけ強くなれたはずだ。
「川大くん。今日も泣かずに頑張ろう」
花屋敷さんまで平気で酷いことを言う。
加齢臭がキツくなればいいのにと願う。
いや、そうなったら三人一組で行うこのグルーミングが苦行となるので願いは取り下げよう。
「二度と泣きません。それより始めよう」
ここでグリフォンの特徴や生態について説明しておく。
初めに身体的特徴。
グリフォンは首から上と翼が灰色の鷲のようで、山吹色の強靭な肉食獣の体に土を掘り起こしやすいよう進化した鉤爪を持つ。
全身の羽毛は色が分かれているだけで同じ性質を持つ。
次に生態。
彼らは秋地方の山の高いところに、それぞれ家族で集まって暮らす。
洞窟を掘り進め、編んだ草木を敷いた狭い巣を形成し、そこを寝床として利用する。
寿命は約九十年。十三年で繁殖可能な成体となる。
求婚を経て結ばれた若いカップルは山裾の森まで降りて繁殖行動をする。
四、五年に一頭出産する。グリフォンは胎生である。
果実の多い森に留まり、そこに草を編んだ巣を作って子育てを行う。
子供が成長すると共に洞窟へ戻って、新たな寝床を作り共に暮らす。
眠るとき以外、日没までは雨でも外で活動する。
撥水性と保温性に優れた羽毛が全身にあるので風雨には強いのだ。
また、彼らの翼の羽は電気を蓄積して静電気を起こすことが出来る仕組みになっている。
それで風を起こすだけでなく、雷までも起こし、化学反応によって栄養を得た雨を各地へもたらす。
最近の研究では雷鳴の周波数にも発育効果があるとか。
「体調チェックは終わりだ。ベーシックに移ろう」
花屋敷さんをリーダーにして、僕らは作業を進めていく。
グリフォンのグルーミングは牛や馬を繋ぎ止めておく厩舎みたいな区切られた個室で行う。
グリフォンの体高は二米ほどで、片翼の幅は広げると一米を越す。
彼らはモンスターなので知能が優れて高く攻撃されることは絶対にないのだが、そうと分かっていてもこの巨体と鋭い眼光の威圧にはいまいち慣れない。
「これよりブラッシングを行う。逆瀬川ちゃんには首回りをお願いしていいかい」
「はい。任せてください」
「では私達は、まずは体から始めよう」
「了解」
花屋敷さんの指示に従ってブラッシングを行っていく。
主にピンブラシを使用する。
短い体毛は和毛気質でふわふわ、もつれは基本的にないのでこの作業は簡単だ。
もちろん気を抜いたり手を抜いたりなんかしない。
「次はどうしよう。希望はあるかい」
「私は翼の手入れがしたいです」
「僕もウイングで」
「分かった。私は足回りを担当しよう」
翼のブラッシングは絶縁手袋をはめて、静電気を除去する専用のブラシを使って表面の汚れを落とす。
服の毛玉を取るようなものだ。
小石などがあれば指でパパッと落としてしまう。
ただし傷付けないよう慎重に行う。
彼らの羽は高価で取り引きされるほど大切なものだ。
そもそも、羽が落ちることは滅多にないので秋地方以外では市場に出回ること自体が珍しい。
ちなみに僕は一枚だけ持っている。
羽が欲しいな、なんて軽いトークをしていたらグリフォン自らクチバシで引き抜いて僕達三人に一枚ずつくれた。
女王陛下はお許しを下さったのだが、軽んじた発言も含めて申し訳ないことをしたと反省している。
家宝として大切に飾っている。
「チェックも終わり。いいだろう。ベイジングへ移ろう」
グリフォンのベイジングは部屋を移り、グリフォンが羽を広げられるほど空間に余裕のある個室で行う。
まずは羽の静電気を抑える為に湯気を十分に立たせる。
そうして羽の表面にしっかり水滴が付いているのを確認したら、ユニコーンの実習と似た要領で素洗いとシャンプーを行う。
ただしユニコーンと違い、クチバシに爪と羽がある。
クチバシと爪は細かい傷と泥が多いので、短くて毛先の柔らかいブラシを使い、細かくチェックしながら力加減を調節して、優しく汚れを擦り落とす。
続いて羽はブラッシング時と同じく、傷付けないように細心の注意を払う。
その理由は高価だけでない。
誤って傷を付けたり折ったりなんてすると、その羽は抜け落ちてしまうのだ。
羽毛だけでなく、羽も当然に撥水性に優れている。
羽が何枚も落ちれば余分に水分が地肌に付着して菌が繁殖、病気の原因となる。
だから一枚一枚、根気よく丁寧に洗ってやる必要がある。
なお、羽と羽の隙間や地肌の洗い残しがないようにも気を付け、シャンプーを落とす時はシャワーノズルを近付けて弱い水流で落とす。
最後に足回りに注意する。特に爪の周辺に汚れが多い。
足裏の作業は同時に行ってモンスターを転ばせてはいけないので、声掛けを忘れないようにする。
と、シャンプーを流し終えたところでグリフォンがクルルルと喉を鳴らした。
これは調子が良くなっているサインだ。
聞き逃さないようにした方がいい。
「川大さん。羽にリンスは必要ありません」
不意に鞭が僕の背中を厳しく打った。
ゾッとして振り向くと、いつの間にか忍び込んだ女王陛下が背後に立って睨んでいた。
確かに僕の指は羽の根本に触れていた。
ほんの僅かだけ。
「ほんの僅かでもリンスが付着すると撥水効果が落ちてしまいます」
全てお見通しのようだ。
というか僕もそれくらい覚えている。
とにかく女王陛下は細かい。
「逆瀬川さん。泡立ちが足りていません」
ほら細かい。
しかし、それだけ繊細さが必要なのである。
自然に人が干渉するのだから必然の気配りだ。
モンスターを思い遣るからこそ、完璧な作業が求められる。
「それにしても川大くん。指使いが上手くなりましたね」
女王陛下は最後に僕を褒めて立ち去った。
鞭だけでなく、ちゃんと飴も下さる。
だから僕は挫けず頑張れている。
「良かったね」
逆瀬川ちゃんがウインクしたので、僕も苦手なウインクを下手に返して作業に集中する。
肉食獣然とした体から伸びる細い尾をスルスルと撫でてリンスを広げ、尾の先の丸い羽毛の集まりは内までしっかりクシュクシュ馴染ませる。
「出来たかい。そろそろ流そうか」
僕達に意見を求める花屋敷さんの頭はビチャビチャだった。
お腹を担当するとこんなことになりやすい。
逆瀬川ちゃんだと色っぽくなるのに、花屋敷さんだと汚ならしく見えるのは何故だろうと不思議に思う。
さて、全身のリンスをキュキュッと軋むほど流し終えたら、この場でタウエリングを行ってしまう。
羽毛は尾までしっかりと、羽は撫でて拭き取る。
そうしたら実習室へ戻ってドライングを行う。
まずはお腹を乾かして、頭と羽だけ冷風で乾かすようにする。
その後、お昼休みを挟んで爪切りを行う。
地面を掘り起こせるよう、やや巻いた状態を保つようにする。
一年生の頃のようにほとんど恐れることはない。
特に恐る恐る行っていた逆瀬川ちゃんも、現在ではその手付きに怯えがなく正確だ。
それから傷んだクチバシをヤスリで整えてやり作業の終盤、いよいよトリミングとなる。
「今日は君に足回りのカットを頼もう」
「僕?」
「先生に褒められていただろう。このまま自信をつけてほしい」
こういう気遣いが当たり前に出来てこそ大人なんだろう。
花屋敷さんの後ろで女王陛下が微笑みながら頷いて僕に合図する。
やる時はやる、男らしさを見せるいい機会だ。
「ありがとう。頑張るよ」
スキバサミで毛量を減らして、仕上げバサミで切り揃え、小バサミで細部を整える。
前肢後部は前肢だけにある手根球より下を、後脚後部はグッと内に曲がる膝裏、飛節より下をカットする。
爪は見えるようにして、カカトは下から上に切り上げる。
角を取って、足回りの毛を真ん丸く整える。
この作業は特に楽しい。
ふと、花屋敷さんを見ると下半身のカットを終えて尾の先を丸く整えていた。
手先が器用で僕よりも綺麗な仕上がりに見える。
僕は色々な角度から再確認して、もう少し整え直した。
「素敵よ」
女王陛下に耳元で色っぽく囁かれた。
この評価はカットの出来ではなく僕に向けられたものと信じたい。
僕は一層真面目になってグリフォンの足回りを丸くキューティに仕上げてやった。
花屋敷さんと交代して逆瀬川ちゃんが行った上半身のカットの出来にも劣らない。
今日の出来映えは僕が一番だろう。
「足裏バリカンは私が前肢を担当してもいいかな?」
「僕はいいよ」
「私も構いません」
ということで、前肢を花屋敷さんが、後脚を僕と逆瀬川ちゃんが担当することになった。
交代して一人ずつ作業する。
これで、グリフォンのグルーミングは全て終了となる。
実習室の掃除と道具の手入れをチャチャッと済ませたら……。
さあ、テンションまで揚がる打ち上げポテトと行こう。
その町は巨大な棚田になっており、野生のグリフォンと人が協同一致で畑仕事を行っている。
畑に沿って咲く真紅の彼岸花は名勝として有名だ。
人類は大昔にグリフォンから農耕を学んだと伝えられており、数種の芋は彼らに依存する。
面白いことに、人用の畑と彼ら用の畑と二種で区分けされている。
特に彼らの好物であるサテンポテトが多く栽培されている。
それは人でも生食できる焼き芋のように柔らかな芋で栄養価も高い。
育ちが速く、余るほど大量生産可能という優れ芋だ。
ここへ来ると必ず、実習終わりに外はカリカリ中はホロホロのポテトフライを腹いっぱい食べて帰る。
淡白な甘味。
それでも病みつきになる味こそ真の魅力と言えよう。
「きゃ……!」
逆瀬川ちゃんは雷が苦手で小さな悲鳴を上げた。
音よりも光に弱いらしい。
中山三郎、九頭龍りんさん、さつま緑さん、園田真知。
秋の道を選んだ彼らと花屋敷さんが、僕達二人を意味深に注目する。
なので、こう何度もくっつかれては困り半分喜び半分である。
「この雷雨はグリフォンの恩恵なんだよね」
「ああ、血がたぎるほど半端じゃないオーラが伝わってくる」
「どうしたの?」
「気にしないでくれ。悪い癖だ」
「じゃあ、直さなきゃね」
逆瀬川ちゃんは平気で酷いことを言う。
君のような意地悪な子は雷様におヘソを取られてしまえばいいのにとまではさすがに思わない。
僕は雷様よりも寛容な人間なのだ。
さらに閻魔大王様よりも寛容なので舌を抜いて黙らせてやろうかなんてことも思わない。
「この雷雨のおかげで、空から栄養が降って美味しい芋が育つんだよ」
「分かってるけど……きゃ!」
「すぐ収まるって」
「分かってるけど……苦手なの」
「今日もポテト食べて帰る?」
「うん!食べよう!」
こうして関心あるものへ興味を逸らせてやれば怖さを紛らわせられる。
グルーミング中もそうだ。
集中して雷なんて全く気にしなくなる。
彼女のその集中力は是非とも見習いたい。
「さて、準備は整いましたね。これよりグリフォンのグルーミングを始めます」
先生としてキビキビご指導して下さるのは、幼少よりグリフォンと共に生きてきたクールビューティーの女王陛下だ。
なぜ僕が愛を込めて女王陛下と慕っているのかと説明すると、彼女が事あるごとにチクチク言葉で責めビシバシご鞭撻して下さるからである。
「下手ね。しっかりしなさい」
「あり得ないわ。これじゃあトリマーの資格なしよ」
「それで何度目かしら。分からないあなたではありませんよね」
「私を見る暇があるのなら己を見つめ直しなさい」
「いつまで待たせるの?グリフォンも呆れていますよ」
「泣いているだけでは何も変わりません。泣いても尚、努力を続けなさい」
こうして少し思い出すだけでもゾクゾクする。
誰より恐ろしく容赦のない人だ。
しかし、彼女の厳しい指導があってこそ僕は成長出来たのだと思う。
涙の数だけ強くなれたはずだ。
「川大くん。今日も泣かずに頑張ろう」
花屋敷さんまで平気で酷いことを言う。
加齢臭がキツくなればいいのにと願う。
いや、そうなったら三人一組で行うこのグルーミングが苦行となるので願いは取り下げよう。
「二度と泣きません。それより始めよう」
ここでグリフォンの特徴や生態について説明しておく。
初めに身体的特徴。
グリフォンは首から上と翼が灰色の鷲のようで、山吹色の強靭な肉食獣の体に土を掘り起こしやすいよう進化した鉤爪を持つ。
全身の羽毛は色が分かれているだけで同じ性質を持つ。
次に生態。
彼らは秋地方の山の高いところに、それぞれ家族で集まって暮らす。
洞窟を掘り進め、編んだ草木を敷いた狭い巣を形成し、そこを寝床として利用する。
寿命は約九十年。十三年で繁殖可能な成体となる。
求婚を経て結ばれた若いカップルは山裾の森まで降りて繁殖行動をする。
四、五年に一頭出産する。グリフォンは胎生である。
果実の多い森に留まり、そこに草を編んだ巣を作って子育てを行う。
子供が成長すると共に洞窟へ戻って、新たな寝床を作り共に暮らす。
眠るとき以外、日没までは雨でも外で活動する。
撥水性と保温性に優れた羽毛が全身にあるので風雨には強いのだ。
また、彼らの翼の羽は電気を蓄積して静電気を起こすことが出来る仕組みになっている。
それで風を起こすだけでなく、雷までも起こし、化学反応によって栄養を得た雨を各地へもたらす。
最近の研究では雷鳴の周波数にも発育効果があるとか。
「体調チェックは終わりだ。ベーシックに移ろう」
花屋敷さんをリーダーにして、僕らは作業を進めていく。
グリフォンのグルーミングは牛や馬を繋ぎ止めておく厩舎みたいな区切られた個室で行う。
グリフォンの体高は二米ほどで、片翼の幅は広げると一米を越す。
彼らはモンスターなので知能が優れて高く攻撃されることは絶対にないのだが、そうと分かっていてもこの巨体と鋭い眼光の威圧にはいまいち慣れない。
「これよりブラッシングを行う。逆瀬川ちゃんには首回りをお願いしていいかい」
「はい。任せてください」
「では私達は、まずは体から始めよう」
「了解」
花屋敷さんの指示に従ってブラッシングを行っていく。
主にピンブラシを使用する。
短い体毛は和毛気質でふわふわ、もつれは基本的にないのでこの作業は簡単だ。
もちろん気を抜いたり手を抜いたりなんかしない。
「次はどうしよう。希望はあるかい」
「私は翼の手入れがしたいです」
「僕もウイングで」
「分かった。私は足回りを担当しよう」
翼のブラッシングは絶縁手袋をはめて、静電気を除去する専用のブラシを使って表面の汚れを落とす。
服の毛玉を取るようなものだ。
小石などがあれば指でパパッと落としてしまう。
ただし傷付けないよう慎重に行う。
彼らの羽は高価で取り引きされるほど大切なものだ。
そもそも、羽が落ちることは滅多にないので秋地方以外では市場に出回ること自体が珍しい。
ちなみに僕は一枚だけ持っている。
羽が欲しいな、なんて軽いトークをしていたらグリフォン自らクチバシで引き抜いて僕達三人に一枚ずつくれた。
女王陛下はお許しを下さったのだが、軽んじた発言も含めて申し訳ないことをしたと反省している。
家宝として大切に飾っている。
「チェックも終わり。いいだろう。ベイジングへ移ろう」
グリフォンのベイジングは部屋を移り、グリフォンが羽を広げられるほど空間に余裕のある個室で行う。
まずは羽の静電気を抑える為に湯気を十分に立たせる。
そうして羽の表面にしっかり水滴が付いているのを確認したら、ユニコーンの実習と似た要領で素洗いとシャンプーを行う。
ただしユニコーンと違い、クチバシに爪と羽がある。
クチバシと爪は細かい傷と泥が多いので、短くて毛先の柔らかいブラシを使い、細かくチェックしながら力加減を調節して、優しく汚れを擦り落とす。
続いて羽はブラッシング時と同じく、傷付けないように細心の注意を払う。
その理由は高価だけでない。
誤って傷を付けたり折ったりなんてすると、その羽は抜け落ちてしまうのだ。
羽毛だけでなく、羽も当然に撥水性に優れている。
羽が何枚も落ちれば余分に水分が地肌に付着して菌が繁殖、病気の原因となる。
だから一枚一枚、根気よく丁寧に洗ってやる必要がある。
なお、羽と羽の隙間や地肌の洗い残しがないようにも気を付け、シャンプーを落とす時はシャワーノズルを近付けて弱い水流で落とす。
最後に足回りに注意する。特に爪の周辺に汚れが多い。
足裏の作業は同時に行ってモンスターを転ばせてはいけないので、声掛けを忘れないようにする。
と、シャンプーを流し終えたところでグリフォンがクルルルと喉を鳴らした。
これは調子が良くなっているサインだ。
聞き逃さないようにした方がいい。
「川大さん。羽にリンスは必要ありません」
不意に鞭が僕の背中を厳しく打った。
ゾッとして振り向くと、いつの間にか忍び込んだ女王陛下が背後に立って睨んでいた。
確かに僕の指は羽の根本に触れていた。
ほんの僅かだけ。
「ほんの僅かでもリンスが付着すると撥水効果が落ちてしまいます」
全てお見通しのようだ。
というか僕もそれくらい覚えている。
とにかく女王陛下は細かい。
「逆瀬川さん。泡立ちが足りていません」
ほら細かい。
しかし、それだけ繊細さが必要なのである。
自然に人が干渉するのだから必然の気配りだ。
モンスターを思い遣るからこそ、完璧な作業が求められる。
「それにしても川大くん。指使いが上手くなりましたね」
女王陛下は最後に僕を褒めて立ち去った。
鞭だけでなく、ちゃんと飴も下さる。
だから僕は挫けず頑張れている。
「良かったね」
逆瀬川ちゃんがウインクしたので、僕も苦手なウインクを下手に返して作業に集中する。
肉食獣然とした体から伸びる細い尾をスルスルと撫でてリンスを広げ、尾の先の丸い羽毛の集まりは内までしっかりクシュクシュ馴染ませる。
「出来たかい。そろそろ流そうか」
僕達に意見を求める花屋敷さんの頭はビチャビチャだった。
お腹を担当するとこんなことになりやすい。
逆瀬川ちゃんだと色っぽくなるのに、花屋敷さんだと汚ならしく見えるのは何故だろうと不思議に思う。
さて、全身のリンスをキュキュッと軋むほど流し終えたら、この場でタウエリングを行ってしまう。
羽毛は尾までしっかりと、羽は撫でて拭き取る。
そうしたら実習室へ戻ってドライングを行う。
まずはお腹を乾かして、頭と羽だけ冷風で乾かすようにする。
その後、お昼休みを挟んで爪切りを行う。
地面を掘り起こせるよう、やや巻いた状態を保つようにする。
一年生の頃のようにほとんど恐れることはない。
特に恐る恐る行っていた逆瀬川ちゃんも、現在ではその手付きに怯えがなく正確だ。
それから傷んだクチバシをヤスリで整えてやり作業の終盤、いよいよトリミングとなる。
「今日は君に足回りのカットを頼もう」
「僕?」
「先生に褒められていただろう。このまま自信をつけてほしい」
こういう気遣いが当たり前に出来てこそ大人なんだろう。
花屋敷さんの後ろで女王陛下が微笑みながら頷いて僕に合図する。
やる時はやる、男らしさを見せるいい機会だ。
「ありがとう。頑張るよ」
スキバサミで毛量を減らして、仕上げバサミで切り揃え、小バサミで細部を整える。
前肢後部は前肢だけにある手根球より下を、後脚後部はグッと内に曲がる膝裏、飛節より下をカットする。
爪は見えるようにして、カカトは下から上に切り上げる。
角を取って、足回りの毛を真ん丸く整える。
この作業は特に楽しい。
ふと、花屋敷さんを見ると下半身のカットを終えて尾の先を丸く整えていた。
手先が器用で僕よりも綺麗な仕上がりに見える。
僕は色々な角度から再確認して、もう少し整え直した。
「素敵よ」
女王陛下に耳元で色っぽく囁かれた。
この評価はカットの出来ではなく僕に向けられたものと信じたい。
僕は一層真面目になってグリフォンの足回りを丸くキューティに仕上げてやった。
花屋敷さんと交代して逆瀬川ちゃんが行った上半身のカットの出来にも劣らない。
今日の出来映えは僕が一番だろう。
「足裏バリカンは私が前肢を担当してもいいかな?」
「僕はいいよ」
「私も構いません」
ということで、前肢を花屋敷さんが、後脚を僕と逆瀬川ちゃんが担当することになった。
交代して一人ずつ作業する。
これで、グリフォンのグルーミングは全て終了となる。
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