わたしは今日死んで明日生きる

旭ガ丘ひつじ

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わたしは今日まで生きてみました

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彼がいなくなって三年。
たった三年の間にこの世界は大きく変化した。

初めに起こったのは大地震による都市の大崩落だった。
それによって彼女の暮らす都市の半分ほどが崩落した。
その崩落は怪物の解放という二次災害も引き起こし、都市は瞬く間に大混乱に陥った。
しかし不幸中の幸い、怪物は陽の光に弱かった為に鎮圧するまでは早かった。

それが一段落して、政府による正しい歴史の開示が行われた。
人々に配られた冊子には、要約するとこの様なことが書かれていた。

人類は大昔、大きな争いを起こし様々な災厄を招いた。
生活が出来ないほどに環境が汚染されたので、人類は大地に蓋をするように空に都市を築いた。
その事実を隠蔽したのは、争いのない太平を目指すためであった。

この事実の公表は政府と手を組んで隠蔽に協力していた一部権力者達の利益を脅かし、無意味な反乱へと繋がった。
一般人のほとんどが早期の復興を望んで仕方なく政府側についた。
そのおかげで今も反抗する勢力はその数を減らしているが、政府の所有する施設へのテロ行為は止まることなく続いている。

最後に、怪物の駆除と都市の撤去を繰り返しながら、人類は下層都市へと少しずつ移り住むようになった。
怪物の暮らす第四下層都市を封鎖して、第三都市まで居住区域を広めた。
ただし、そこは最前線といっていい所なので、軍の関係者以外に暮らす者はいない。

わたしはというと、移り住むことなく今も彼の残したビルで暮らしている。
朝はゴミを荷車に乗せて収集して、その後は日暮れまで資料館で仕事をしている。
資料館のすべてが現在は無料開放され、人々の心を癒す大切な聖域となった。
もちろんテロの脅威はある。
それでも人々は癒しを求めて毎日集まるのだった。

「お姉さんおはよう!」

わたしは、いつからかスラムの人達と親睦を深めていた。
初めは後ろめたさもあって関わりを避けていたが、彼らはとても温かい心を持っていた。
その温もりは身を委ねたくなるような温もりだった。
だから、彼らと親睦を深めるのは難しいことでも何でもなかった。

「おはよう!」

いつも挨拶をくれる子供たちに挨拶を返して、それからおばさん達と世間話を交わす。
わたしにとってかけがえのない時間の一つだ。

「調子はどうかね」

揚々とした調子で声をかけてきたのは馴染みの警官だ。
彼はいい大人のくせしてお調子者なので、変わらないひねくれた態度をとってやった。
でも、決して嫌いなわけではない。

「あんたも収集するよ」

「それは困る。俺にとっても、ここの人たちにとってもね」

どこまで信じていいのか分からないが、このスラムは彼のおかげで劇的に改善したらしい。
ここの人達が口々にお礼を言うので、だいたいは信じていいだろう。

「仕事まで、まだ時間はあるかね」

「今日は昼からだからあるよ。ご一緒に食事でもいかが、お巡りさん」

「ええ。喜んでご一緒しましょう」

 わたしたちはビルに戻って共に朝食をとることにした。
警官は部屋に入ると乱暴に椅子に腰掛けて、机の上に袋に詰められた肉の塊をドンと置いた。

「怪物のベーコンだ。食おう」

わたしは一発ビンタしてやった。
甘やかすとすぐ調子に乗るからいけない。

「好みじゃないかね。意外と旨いのだがな」

彼は頬をさすりながら、肉をちぎって一口放り込んだ。

「うぇ……人間食う奴の肉を誰が食いたいと思う?ねえイかれてんの?」

「こいつが人間を食ったかどうかは分からんだろう」

「だから余計嫌なの」

「うん。うまい」

「吐きそう。もうやめて」

彼は納得のいかない顔をわざとしながら、渋々と嫌々、肉の塊をカバンにしまった。

「食料が減って大変なんだ。現在は食料危機の真っ只中なんだぞ」

それはごもっともだが、だからといって怪物の肉を食う勇気はまだない。
わたしは小言を無視してキッチンに向かい、缶詰を二つ上着のポケットに入れて、手に水を入れたコップを二つ持って戻った。

「缶詰は魚と野菜、今はこの二つしかない」

「それはすまない」

「いい。また買うし」

「偉いな。このご時世でも、自分でしっかり稼いで暮らすなど立派な努めだ」

「褒めたっておまけはないから」

「俺は肉を食う。二つともお前が食べるといいよ」

「目の前で食われたくないから魚食え」

「了解であります」

警官はほぼ毎朝、パトロールだと言ってわたしに会いに来る。
彼の代わりにわたしを守るつもりのようだ。
とても嬉しくてありがたい。

「うまかった。ごちそうさま」

「いつものお礼だから気にしないで」

警官は他にもわたしの面倒をよくみてくれた。
災害時には真っ先に避難誘導に来てくれたし、お金の支払い方といった暮らしの基本、そして資料館の仕事を紹介してくれたのも誰でもない彼だ。

「こちらこそ遠慮はいらない。お前は俺の友人だからね」

「友達は大事にするんだっけ」

「そうだ。そうすることで、万事うまくゆく」

「まあ忘れないようにはする」

「では、俺は仕事に戻る。また明日」

「うん。またね」

 それから支度をして、わたしは資料館に出掛けた。
一階入り口で身体と荷物の検査を終えたらエレベーターで二階へ上がる。
そこにある事務室に飛び込んで仕事仲間たちにしっかり挨拶して、荷物を自分の机に雑に投げ置いたら、さっそく一階へと舞い戻る。
さて、これから楽しい仕事の時間だ。

わたしの仕事は本の整理や案内に清掃まで色々ある。
そのなかで特に楽しいのが読み聞かせの時間だ。
絨毯の上で目を輝かせて待ち受ける子供たち、優しい眼差しを向けるご両親たち。
わたしはこの光景が好きだ。

はじまりに表紙を見せて題名を読み上げると、小さな拍手が巻き起こる。
次にページを一枚めくるとシンと静かになって、物語が始まると様々な心の声が聞こえてくる。
それは楽しそうだったり、怖そうだったり、泣きそうだったり、また楽しそうだったりと最後まで続く。
そして、おしまい、その一言の後にはまた拍手があって、親子の感想会がはじまる。
それを眺めながらわたしは、もうひとつ読んで、という催促を待つのだ。

 今日も何事もなく終わった。
スモッグの減った空はとても鮮やかな夕焼け色をしていた。
気持ちよく伸びをして帰路につく。
楽しかった今日を振り返りながら歩いていると、ふいに胸が痛んだ。
向かいから、かつて家族だった人が二人歩いてくるのが見えた。
わたしは帽子を深く被り、足早にすれ違うことにした。
数歩さらに進んで、名残惜しくなって立ち止まる。
振り向くと、二人もこちらを振り向いていた。

風が両者を繋ぐように吹き抜けて通りすぎた。
とても静かな時間。
この一瞬の間に、幸福だった記憶がどこかへふわっと飛んでいった。

わたしは元気です。

心の中でそう呟いたら、二人にはそれが聞こえたのだろうか。
懐かしい微笑みがキラキラと輝いた。
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