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2章 死亡ふらぐ破壊と恋愛感情は別ですよね?
5話 主人公と三人目の男
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(おや、あの目を惹く御方は)
わたしと逆方向に進む人波に、パルラディ国王太子・ステヴァン殿下の姿もあった。
「コンスタンティネ……」
明るい金髪が麗しく、広い背中が頼もしい。わたしの六歳上、そして王太子だけあって、灰色の瞳には風格が漂う。
(休戦の象徴として参列していただいたのに、この騒動をどう思われたでしょう)
当初、フセスラウとパルラディはひとつの国だった。始まりの魔法遣いたちの仲違いによって分裂し、長い時が経った。
王族同士が認め合うことで両国民の歩み寄りも進むはずが、反対に呆れられてしまったかもしれない。
第二王子のわたしでも、少し挽回できるだろうか。
「殿下。はるばるご参列いただいたのが無駄足になり、申し訳ありません」
「ユーリィか。きみが謝ることはない」
ステヴァン殿下が気品溢れた笑みを浮かべる。昔から、兄にもわたしにも分け隔てなく接してくれるのだ。
「それより、コンスタンティネのそばについていてあげなさい。地下洞方面へふらふらと歩いていった。私より気心の知れたきみのほうがいいだろう」
地下洞、と聞いてどきりとする。礼を言い、再び小走りになる。
王宮内には入らず、通気口から上演洞を見下ろしてみる。洞窟管理役が掛けた雨避け織布にしっかり身を隠して。
一段高くなった舞台の端に――月明かりを集める銀髪を見つけた。
本当に、兄がいる。薄紫の式服のまま、力なく腰掛けている。
(兄上、御加減がよくないでしょうにおひとりとは)
すっ飛んでいきかけたものの、寸でのところで踏みとどまった。
兄の横に、誰かいる。護衛でも従僕でもない。生成りの立ち襟の長衣――洞窟管理役の作業着姿だ。
あれが、「主人公」? 兄とそう歳が変わらなく見える。肩が逞しく、包容力はありそうだ。
「付き添わなくて結構です、ええと……」
「ニコです。先々月、洞窟管理役に雇われました」
(どこかで聞き覚えが。ああ、公爵の事故の際、噂話をしていた男ですね。先ほど舞踏の間でも驚いたように公爵を見ていました)
上演洞なので声が壁によく反響し、会話の内容を聞き取れた。
「そう。式では驚かせてしまいましたね」
兄は洞窟管理役相手でも気取らない。
ニコはというと、茶髪をふるふる振った。
「いいえ。でも――はい。コンスタンティネさんのような美人に恋しない男がいるってのは、驚きました」
妙な沈黙。次いで兄が吹き出す。
「自分が何を言ったか、わかっていますか?」
「えっ、言葉遣い間違ってました? 俺、管理役の先輩にいっつも怒られてて」
ニコは灰色の瞳を瞬かせた。求愛の言葉を吐いた自覚がないらしい。でも憎めない。
「ねえ。何か楽しい話を聞かせて」
兄が、わたしによくする頼みを、ニコに向ける。
ニコは望まれるまま話した。洞窟管理作業中に腹が減って、野生の李を摘まみ食いしていたのがシメオンにばれてしまったこと。騎士団員から武器収納洞に仕舞う剣を預かったら予想以上に重く、あやうく落としそうになったこと……。
わたしのつくり話と異なり、本当の話だ。兄の自然な笑顔を引き出す。
「あー、月が綺麗です。流れ星も光ったかも?」
と思うと、話題が飛んだ。「流れ星」のような銀髪をさっと引っ込めたわたしにも、理由はわかった。
くすくす笑っていたはずの兄が、泣いている。
やはり婚約破棄が堪えたのだ。注意深く顔を出すと、一度見ないふりしたニコが、兄の肩を抱き寄せたところだった。
『彼が傷心の王太子を慰めるだろう』
公爵が言ったとおりの展開が、目の前で繰り広げられている。
とくん、と拍動が速まった。
(わたしは……まだ公爵を好きでいて、よいのでしょうか)
十年間恋心を秘め、今日を以って片思いを終わらせようとしていたのは、ひとえに公爵が兄の婚約者だからだ。
その障壁が、思わぬ形で取り払われた? 突然の変化をうまく呑み込めない。
いや、のうのうと喜ぶことはできない。大切な兄が傷ついたし、フセスラウの未来も婚約破棄によって混迷するだろう。
公爵だけは、落ち着いていた。
(公爵はきっと、未来予知魔法を遣えるに違いありません)
葬儀洞にペトルが来ること、兄をニコが慰めること、わたしの死の危機、すべて知っているのも辻褄が合う。
魔法書の類は魔力封印とともに書庫洞の閉架に押し込まれた。幼い頃、兄とこっそり忍び込んで読んだ冒険譚のみでは、知識が足りない。
未来予知について、公爵に詳しく聞きたい。
わたしは兄をいったんニコに任せ、坂道を取って返した。
公爵と話すのは、国のため。第二王子としての務めだ。諦めるのがまたも延びた恋心が望むからでは、決してない。
わたしと逆方向に進む人波に、パルラディ国王太子・ステヴァン殿下の姿もあった。
「コンスタンティネ……」
明るい金髪が麗しく、広い背中が頼もしい。わたしの六歳上、そして王太子だけあって、灰色の瞳には風格が漂う。
(休戦の象徴として参列していただいたのに、この騒動をどう思われたでしょう)
当初、フセスラウとパルラディはひとつの国だった。始まりの魔法遣いたちの仲違いによって分裂し、長い時が経った。
王族同士が認め合うことで両国民の歩み寄りも進むはずが、反対に呆れられてしまったかもしれない。
第二王子のわたしでも、少し挽回できるだろうか。
「殿下。はるばるご参列いただいたのが無駄足になり、申し訳ありません」
「ユーリィか。きみが謝ることはない」
ステヴァン殿下が気品溢れた笑みを浮かべる。昔から、兄にもわたしにも分け隔てなく接してくれるのだ。
「それより、コンスタンティネのそばについていてあげなさい。地下洞方面へふらふらと歩いていった。私より気心の知れたきみのほうがいいだろう」
地下洞、と聞いてどきりとする。礼を言い、再び小走りになる。
王宮内には入らず、通気口から上演洞を見下ろしてみる。洞窟管理役が掛けた雨避け織布にしっかり身を隠して。
一段高くなった舞台の端に――月明かりを集める銀髪を見つけた。
本当に、兄がいる。薄紫の式服のまま、力なく腰掛けている。
(兄上、御加減がよくないでしょうにおひとりとは)
すっ飛んでいきかけたものの、寸でのところで踏みとどまった。
兄の横に、誰かいる。護衛でも従僕でもない。生成りの立ち襟の長衣――洞窟管理役の作業着姿だ。
あれが、「主人公」? 兄とそう歳が変わらなく見える。肩が逞しく、包容力はありそうだ。
「付き添わなくて結構です、ええと……」
「ニコです。先々月、洞窟管理役に雇われました」
(どこかで聞き覚えが。ああ、公爵の事故の際、噂話をしていた男ですね。先ほど舞踏の間でも驚いたように公爵を見ていました)
上演洞なので声が壁によく反響し、会話の内容を聞き取れた。
「そう。式では驚かせてしまいましたね」
兄は洞窟管理役相手でも気取らない。
ニコはというと、茶髪をふるふる振った。
「いいえ。でも――はい。コンスタンティネさんのような美人に恋しない男がいるってのは、驚きました」
妙な沈黙。次いで兄が吹き出す。
「自分が何を言ったか、わかっていますか?」
「えっ、言葉遣い間違ってました? 俺、管理役の先輩にいっつも怒られてて」
ニコは灰色の瞳を瞬かせた。求愛の言葉を吐いた自覚がないらしい。でも憎めない。
「ねえ。何か楽しい話を聞かせて」
兄が、わたしによくする頼みを、ニコに向ける。
ニコは望まれるまま話した。洞窟管理作業中に腹が減って、野生の李を摘まみ食いしていたのがシメオンにばれてしまったこと。騎士団員から武器収納洞に仕舞う剣を預かったら予想以上に重く、あやうく落としそうになったこと……。
わたしのつくり話と異なり、本当の話だ。兄の自然な笑顔を引き出す。
「あー、月が綺麗です。流れ星も光ったかも?」
と思うと、話題が飛んだ。「流れ星」のような銀髪をさっと引っ込めたわたしにも、理由はわかった。
くすくす笑っていたはずの兄が、泣いている。
やはり婚約破棄が堪えたのだ。注意深く顔を出すと、一度見ないふりしたニコが、兄の肩を抱き寄せたところだった。
『彼が傷心の王太子を慰めるだろう』
公爵が言ったとおりの展開が、目の前で繰り広げられている。
とくん、と拍動が速まった。
(わたしは……まだ公爵を好きでいて、よいのでしょうか)
十年間恋心を秘め、今日を以って片思いを終わらせようとしていたのは、ひとえに公爵が兄の婚約者だからだ。
その障壁が、思わぬ形で取り払われた? 突然の変化をうまく呑み込めない。
いや、のうのうと喜ぶことはできない。大切な兄が傷ついたし、フセスラウの未来も婚約破棄によって混迷するだろう。
公爵だけは、落ち着いていた。
(公爵はきっと、未来予知魔法を遣えるに違いありません)
葬儀洞にペトルが来ること、兄をニコが慰めること、わたしの死の危機、すべて知っているのも辻褄が合う。
魔法書の類は魔力封印とともに書庫洞の閉架に押し込まれた。幼い頃、兄とこっそり忍び込んで読んだ冒険譚のみでは、知識が足りない。
未来予知について、公爵に詳しく聞きたい。
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