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2章 死亡ふらぐ破壊と恋愛感情は別ですよね?
4話 想い人と兄の婚儀②
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山毛欅の木々が繁る坂道を駆け下りる。
考えがまとまらない。でも、一矢報いないと気が済まない。
(あなたが兄を尊重するところを、好ましく思っていたのですよ)
ともすると夜闇に紛れ兼ねない長身痩躯を、馬車待機場に見つけた。ミロシュ家の新しい馬車に乗り込もうとしている。
「閣下! はあ、はあ、ミロシュ公!」
息も切れ切れに呼べば、公爵は優美な所作で振り向いた。汗だくで巻き毛を跳ねさせるわたしのため、何歩か引き返してくる。
「そんなに可愛く走って、どうした?」
どうした、だと? 冗談ではない。
「こちらの台詞です。どうして来賓たちの面前で、兄との婚約を……っ」
言葉を継げない。まるで自分が婚約破棄されたみたいに悲しみが押し寄せる。
わたしたち兄弟とも、歳上の親戚である公爵に憧れを抱いていた。そして兄は、政略結婚であっても真の愛を築こうとしていたのだ。その想いをなぜ顧みない。
「婚約破棄か。私が『王太子の婚約者』なのも、『コンスタンティネに慕われたまま』なのも、君の死亡フラグゆえだ」
「わたし、の……?」
何を言っているのだろう。
「これでフラグをふたつ壊せたはずだ。私は悪役公爵の定めで破滅しても構わないが、君を守れなくなるのは困る。我ながらうまく演じられた」
満足げに頷く公爵を、わたしはまじまじ見た。
「悪役」「破滅」「君を守る」。普段と異なる言動に、意味不明な単語だ。自身に遣った禁忌魔法の後遺症が、まだ続いていたらしい。
簡単には割り切れないが、仕方ない。短く息を吐く。
「父に、公爵には事故の後遺症が残っており、婚約破棄は無効と伝えておきます」
「待て。婚約破棄は明白に私の意思だ」
すかさず否定された。公爵はまったく悪びれない。
「ユーリィのためだと言ったろう」
念を押すような眼差し。
やはり、わたしの死の危機がいくつも控えているようだ。だとしても。
「っ、あのようなやり方は看過できません。お戻りになって、兄に一言かけていただきたいです」
真摯に訴えると、公爵は息だけで笑った。
「八回目の君も、兄のために怒っていたな。七回目の自分の政略結婚にはちっとも怒らなかったのに」
「は、い?」
「私は変わってしまったが、君はいいところが変わらなくて、癒される」
公爵の紅眼は本当に和んでいて、にもかかわらずわたしは胸騒ぎがした。
(八回目と、七回目? これまでわたしと話した回数でしょうか。いえ、閣下が数えているとは思えません……それに、わたしは結婚も婚約もしていない)
考えることがあり過ぎて紅潮するわたしの頬を、公爵がするりと包み込む。
「舞踏の間で婚約破棄を告げたのは、君を令嬢方と踊らせたくなかったのもある」
それまでとは違う理由で、頬が熱くなった。いちいち反応してしまって、悔しい。
もう母が見繕ってくれた婚約者候補と踊るどころではない。それを公爵は喜んでいる――?
公爵の手を払い、きっと睨む。
「わたしたちを弄ばないでください。兄の王太子としての覚悟はどうなるのです」
公爵は、自分の手とわたしの顔を交互に見た。
「新規供給……」
などと独り言ちて微笑む。
また、見慣れない笑顔だ。わたしは見惚れてしまい、唇を噛み締めた。兄弟の誇りを傷つけられても公爵を嫌いになれない自分に呆れる。
一方の公爵はすぐ笑みを引っ込め、掴みどころのない澄まし顔に戻った。
「問題ない。『悪役』の私よりコンスタンティネに相応しい男が――ゲームの主人公がいる。彼が傷心の王太子を慰めるだろう。もともと今夜、コンスタンティネを攫われる予定だったのだ」
(げえむ、の、「主人公」? いったい誰のことでしょう?)
戯曲作家めいた言い回しに、つい眉根を寄せる。できた皺を指先で撫でられた。
「その目で見てもらうのが納得しやすいか。ふたりは上演洞にいる。ただし、くれぐれも彼らに気づかれぬように」
わたしを追い払う口実には聞こえない。舞踏の間に置いてくる形になった兄も気掛かりではある。
夜風が喧騒を運んでくる。婚儀が中止となったため、帰領する者が馬車待機場に続々と現れたのだ。このまま話し続けていたら野次馬に囲まれ兼ねない。
わたしは釈然としないまま上演洞に足を向けた。
考えがまとまらない。でも、一矢報いないと気が済まない。
(あなたが兄を尊重するところを、好ましく思っていたのですよ)
ともすると夜闇に紛れ兼ねない長身痩躯を、馬車待機場に見つけた。ミロシュ家の新しい馬車に乗り込もうとしている。
「閣下! はあ、はあ、ミロシュ公!」
息も切れ切れに呼べば、公爵は優美な所作で振り向いた。汗だくで巻き毛を跳ねさせるわたしのため、何歩か引き返してくる。
「そんなに可愛く走って、どうした?」
どうした、だと? 冗談ではない。
「こちらの台詞です。どうして来賓たちの面前で、兄との婚約を……っ」
言葉を継げない。まるで自分が婚約破棄されたみたいに悲しみが押し寄せる。
わたしたち兄弟とも、歳上の親戚である公爵に憧れを抱いていた。そして兄は、政略結婚であっても真の愛を築こうとしていたのだ。その想いをなぜ顧みない。
「婚約破棄か。私が『王太子の婚約者』なのも、『コンスタンティネに慕われたまま』なのも、君の死亡フラグゆえだ」
「わたし、の……?」
何を言っているのだろう。
「これでフラグをふたつ壊せたはずだ。私は悪役公爵の定めで破滅しても構わないが、君を守れなくなるのは困る。我ながらうまく演じられた」
満足げに頷く公爵を、わたしはまじまじ見た。
「悪役」「破滅」「君を守る」。普段と異なる言動に、意味不明な単語だ。自身に遣った禁忌魔法の後遺症が、まだ続いていたらしい。
簡単には割り切れないが、仕方ない。短く息を吐く。
「父に、公爵には事故の後遺症が残っており、婚約破棄は無効と伝えておきます」
「待て。婚約破棄は明白に私の意思だ」
すかさず否定された。公爵はまったく悪びれない。
「ユーリィのためだと言ったろう」
念を押すような眼差し。
やはり、わたしの死の危機がいくつも控えているようだ。だとしても。
「っ、あのようなやり方は看過できません。お戻りになって、兄に一言かけていただきたいです」
真摯に訴えると、公爵は息だけで笑った。
「八回目の君も、兄のために怒っていたな。七回目の自分の政略結婚にはちっとも怒らなかったのに」
「は、い?」
「私は変わってしまったが、君はいいところが変わらなくて、癒される」
公爵の紅眼は本当に和んでいて、にもかかわらずわたしは胸騒ぎがした。
(八回目と、七回目? これまでわたしと話した回数でしょうか。いえ、閣下が数えているとは思えません……それに、わたしは結婚も婚約もしていない)
考えることがあり過ぎて紅潮するわたしの頬を、公爵がするりと包み込む。
「舞踏の間で婚約破棄を告げたのは、君を令嬢方と踊らせたくなかったのもある」
それまでとは違う理由で、頬が熱くなった。いちいち反応してしまって、悔しい。
もう母が見繕ってくれた婚約者候補と踊るどころではない。それを公爵は喜んでいる――?
公爵の手を払い、きっと睨む。
「わたしたちを弄ばないでください。兄の王太子としての覚悟はどうなるのです」
公爵は、自分の手とわたしの顔を交互に見た。
「新規供給……」
などと独り言ちて微笑む。
また、見慣れない笑顔だ。わたしは見惚れてしまい、唇を噛み締めた。兄弟の誇りを傷つけられても公爵を嫌いになれない自分に呆れる。
一方の公爵はすぐ笑みを引っ込め、掴みどころのない澄まし顔に戻った。
「問題ない。『悪役』の私よりコンスタンティネに相応しい男が――ゲームの主人公がいる。彼が傷心の王太子を慰めるだろう。もともと今夜、コンスタンティネを攫われる予定だったのだ」
(げえむ、の、「主人公」? いったい誰のことでしょう?)
戯曲作家めいた言い回しに、つい眉根を寄せる。できた皺を指先で撫でられた。
「その目で見てもらうのが納得しやすいか。ふたりは上演洞にいる。ただし、くれぐれも彼らに気づかれぬように」
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夜風が喧騒を運んでくる。婚儀が中止となったため、帰領する者が馬車待機場に続々と現れたのだ。このまま話し続けていたら野次馬に囲まれ兼ねない。
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