完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

七角@書籍化進行中!

文字の大きさ
14 / 67
2章 死亡ふらぐ破壊と恋愛感情は別ですよね?

4話 想い人と兄の婚儀②

しおりを挟む
 山毛欅ブナの木々が繁る坂道を駆け下りる。
 考えがまとまらない。でも、一矢報いないと気が済まない。

(あなたが兄を尊重するところを、好ましく思っていたのですよ)

 ともすると夜闇に紛れ兼ねない長身痩躯を、馬車待機場に見つけた。ミロシュ家の新しい馬車に乗り込もうとしている。

「閣下! はあ、はあ、ミロシュ公!」

 息も切れ切れに呼べば、公爵は優美な所作で振り向いた。汗だくで巻き毛を跳ねさせるわたしのため、何歩か引き返してくる。

「そんなに可愛く走って、どうした?」

 どうした、だと? 冗談ではない。

「こちらの台詞です。どうして来賓たちの面前で、兄との婚約を……っ」

 言葉を継げない。まるで自分が婚約破棄されたみたいに悲しみが押し寄せる。
 わたしたち兄弟とも、歳上の親戚である公爵に憧れを抱いていた。そして兄は、政略結婚であっても真の愛を築こうとしていたのだ。その想いをなぜ顧みない。

「婚約破棄か。私が『王太子の婚約者』なのも、『コンスタンティネに慕われたまま』なのも、君の死亡フラグゆえだ」
「わたし、の……?」

 何を言っているのだろう。

「これでフラグをふたつ壊せたはずだ。私は悪役公爵の定めで破滅しても構わないが、君を守れなくなるのは困る。我ながらうまく演じられた」

 満足げに頷く公爵を、わたしはまじまじ見た。
 「悪役」「破滅」「君を守る」。普段と異なる言動に、意味不明な単語だ。自身に遣った禁忌魔法の後遺症が、まだ続いていたらしい。
 簡単には割り切れないが、仕方ない。短く息を吐く。

「父に、公爵には事故の後遺症が残っており、婚約破棄は無効と伝えておきます」
「待て。婚約破棄は明白に私の意思だ」

 すかさず否定された。公爵はまったく悪びれない。

「ユーリィのためだと言ったろう」

 念を押すような眼差し。
 やはり、わたしの死の危機がいくつも控えているようだ。だとしても。

「っ、あのようなやり方は看過できません。お戻りになって、兄に一言かけていただきたいです」

 真摯に訴えると、公爵は息だけで笑った。

「八回目の君も、兄のために怒っていたな。七回目の自分の政略結婚にはちっとも怒らなかったのに」
「は、い?」
「私は変わってしまったが、君はいいところが変わらなくて、癒される」

 公爵の紅眼は本当に和んでいて、にもかかわらずわたしは胸騒ぎがした。

(八回目と、七回目? これまでわたしと話した回数でしょうか。いえ、閣下が数えているとは思えません……それに、わたしは結婚も婚約もしていない)

 考えることがあり過ぎて紅潮するわたしの頬を、公爵がするりと包み込む。

「舞踏の間で婚約破棄を告げたのは、君を令嬢方と踊らせたくなかったのもある」

 それまでとは違う理由で、頬が熱くなった。いちいち反応してしまって、悔しい。
 もう母が見繕ってくれた婚約者候補と踊るどころではない。それを公爵は喜んでいる――?
 公爵の手を払い、きっと睨む。

「わたしたちを弄ばないでください。兄の王太子としての覚悟はどうなるのです」

 公爵は、自分の手とわたしの顔を交互に見た。

「新規供給……」

 などと独り言ちて微笑む。
 また、見慣れない笑顔だ。わたしは見惚れてしまい、唇を噛み締めた。兄弟の誇りを傷つけられても公爵を嫌いになれない自分に呆れる。

 一方の公爵はすぐ笑みを引っ込め、掴みどころのない澄まし顔に戻った。

「問題ない。『悪役』の私よりコンスタンティネに相応しい男が――ゲームの主人公がいる。彼が傷心の王太子を慰めるだろう。もともと今夜、コンスタンティネを攫われる予定だったのだ」

(げえむ、の、「主人公」? いったい誰のことでしょう?)
 戯曲作家めいた言い回しに、つい眉根を寄せる。できた皺を指先で撫でられた。

「その目で見てもらうのが納得しやすいか。ふたりは上演洞にいる。ただし、くれぐれも彼らに気づかれぬように」

 わたしを追い払う口実には聞こえない。舞踏の間に置いてくる形になった兄も気掛かりではある。
 夜風が喧騒を運んでくる。婚儀が中止となったため、帰領する者が馬車待機場に続々と現れたのだ。このまま話し続けていたら野次馬に囲まれ兼ねない。
 わたしは釈然としないまま上演洞に足を向けた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

処理中です...