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2章 死亡ふらぐ破壊と恋愛感情は別ですよね?
4話 想い人と兄の婚儀①
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舞踏の間の天井に描かれた「始まりの魔法遣いたち」の絵が、露台から射す月光に淡く照らし出される。
(夕方に雨が上がって、よかったです)
緑の香りを乗せた涼しい風が吹く中、公爵と兄の婚儀が始まった。
主役の兄が、瞳の色に合わせて薄紫色に染めた式服で歌い踊る。上衣の裾を女性用礼服と同じく踝まで伸ばしてあり、動く度に綺麗になびく。
戯曲を書くばかりのわたしと対照的に、兄は歌も踊りも上手い。
結い上げた銀髪が、燭台の光にきらめく。ほんのり葡萄酒色になった頬が幸福そうで、来賓はもちろん雑務に当たる洞窟管理役の耳目も集めている。
濃青の礼服を着たわたしは、兄をまっすぐ見られない。公爵の夜這いに抗いきれなかった後ろめたさが、日を追うごとに大きくなった。
(今日こそ、公爵への恋心を断ち切らねば)
当の公爵は、しばらく兄の隣を空けている。何をしているのやら。
夜這い以降、わたしに書簡を寄越すわけでもない。「ユーリィを死なせない」という台詞の重さも薄れつつある。
(よく考えてみれば、一年間に十二回も死の危機が訪れるなど、不安定なフセスラウといえど大げさです)
ではなぜ婚約者の弟を構うのか? と言われたらうまく答えられないけれど……。
不意に、舞踏の間の人込みが二つに割れた。
真ん中を悠然と歩いてくるのは――ほかでもないエドゥアルド公爵だ。
新郎のために仕立てられた式服ではなく、いつもの漆黒の礼服に身を包んでいる。不自然なのに堂々としており、貴族たちが踊りを止め道を譲ってしまうのもわかる。
洞窟管理役は仕事も忘れて目を丸くする。楽隊の演奏も止まった。
公爵は王族が集う壇の前まできて、跪く。
「国王陛下。私は今このときをもって、コンスタンティネ王太子との婚約を破棄させていただきたく存じます」
婚約、破棄? 朗々と発された台詞に、耳を疑う。
謎の単語は交じっていない。つまり正気ということ?
誰もが唖然とする中、兄が気丈にも一歩前に出た。
「理由を話してください。でなければ万一にも受け入れることはできません」
「いかにも」
公爵は厳めしく頷く。あたかも弁明を求められるのを待っていたかのように。
「まず、私と王太子との間に愛情はありません」
たちまち兄がよろめいた。その華奢な背中に慌てて寄り添う。
王族や貴族にとって政略結婚はめずらしくない。なのになぜ兄を突き放すのか。さしものわたしも義憤が湧く。
壁際に革鎧姿で控えるペトルも、義憤で短髪を逆立たせている。
『公爵は家柄こそ立派ですが、王太子殿下を幸せにしてくださいますかね』
と、彼はずっと気に掛けていた。
「次に、私が将来王婿となることでミロシュ家に権力が偏るのでは、という懸念があります。そうだな? 宰相子息シメオン」
みながシメオンを振り返る。三十歳にして次期宰相の呼び声高い彼は、不測の事態にも動じず鼻眼鏡を押し上げた。
「確かにフセスラウのためにならないかと」
はっきりとは触れないが、「禁忌の魔法遣い」の疑いがあるのも瑕疵と言いたげだ。
(先月客間で話し合い、納得ずくと思っていました)
シメオンの言に、公爵が頷く。国のために辞退するわけか――と思わせて、
「何より、私は守りたいものがあるです」
と締めくくった。
「守りたい」もの。刹那、視線が絡む。
わたしは剣で身体を貫かれたように感じた。何重もの意味で胸が痛む。
わずかな静寂ののち、兄が体勢を立て直した。
「そこまで言うのなら、破棄を認めましょう」
要人たちの手前か、凛と立っている。ただ、頬は血の気を失って真っ白だ。
(何という仕打ちを……)
舞踏の間は大騒ぎになる。公爵は立ち上がって踵を返す。
わたしは公爵を追いかけた。
(夕方に雨が上がって、よかったです)
緑の香りを乗せた涼しい風が吹く中、公爵と兄の婚儀が始まった。
主役の兄が、瞳の色に合わせて薄紫色に染めた式服で歌い踊る。上衣の裾を女性用礼服と同じく踝まで伸ばしてあり、動く度に綺麗になびく。
戯曲を書くばかりのわたしと対照的に、兄は歌も踊りも上手い。
結い上げた銀髪が、燭台の光にきらめく。ほんのり葡萄酒色になった頬が幸福そうで、来賓はもちろん雑務に当たる洞窟管理役の耳目も集めている。
濃青の礼服を着たわたしは、兄をまっすぐ見られない。公爵の夜這いに抗いきれなかった後ろめたさが、日を追うごとに大きくなった。
(今日こそ、公爵への恋心を断ち切らねば)
当の公爵は、しばらく兄の隣を空けている。何をしているのやら。
夜這い以降、わたしに書簡を寄越すわけでもない。「ユーリィを死なせない」という台詞の重さも薄れつつある。
(よく考えてみれば、一年間に十二回も死の危機が訪れるなど、不安定なフセスラウといえど大げさです)
ではなぜ婚約者の弟を構うのか? と言われたらうまく答えられないけれど……。
不意に、舞踏の間の人込みが二つに割れた。
真ん中を悠然と歩いてくるのは――ほかでもないエドゥアルド公爵だ。
新郎のために仕立てられた式服ではなく、いつもの漆黒の礼服に身を包んでいる。不自然なのに堂々としており、貴族たちが踊りを止め道を譲ってしまうのもわかる。
洞窟管理役は仕事も忘れて目を丸くする。楽隊の演奏も止まった。
公爵は王族が集う壇の前まできて、跪く。
「国王陛下。私は今このときをもって、コンスタンティネ王太子との婚約を破棄させていただきたく存じます」
婚約、破棄? 朗々と発された台詞に、耳を疑う。
謎の単語は交じっていない。つまり正気ということ?
誰もが唖然とする中、兄が気丈にも一歩前に出た。
「理由を話してください。でなければ万一にも受け入れることはできません」
「いかにも」
公爵は厳めしく頷く。あたかも弁明を求められるのを待っていたかのように。
「まず、私と王太子との間に愛情はありません」
たちまち兄がよろめいた。その華奢な背中に慌てて寄り添う。
王族や貴族にとって政略結婚はめずらしくない。なのになぜ兄を突き放すのか。さしものわたしも義憤が湧く。
壁際に革鎧姿で控えるペトルも、義憤で短髪を逆立たせている。
『公爵は家柄こそ立派ですが、王太子殿下を幸せにしてくださいますかね』
と、彼はずっと気に掛けていた。
「次に、私が将来王婿となることでミロシュ家に権力が偏るのでは、という懸念があります。そうだな? 宰相子息シメオン」
みながシメオンを振り返る。三十歳にして次期宰相の呼び声高い彼は、不測の事態にも動じず鼻眼鏡を押し上げた。
「確かにフセスラウのためにならないかと」
はっきりとは触れないが、「禁忌の魔法遣い」の疑いがあるのも瑕疵と言いたげだ。
(先月客間で話し合い、納得ずくと思っていました)
シメオンの言に、公爵が頷く。国のために辞退するわけか――と思わせて、
「何より、私は守りたいものがあるです」
と締めくくった。
「守りたい」もの。刹那、視線が絡む。
わたしは剣で身体を貫かれたように感じた。何重もの意味で胸が痛む。
わずかな静寂ののち、兄が体勢を立て直した。
「そこまで言うのなら、破棄を認めましょう」
要人たちの手前か、凛と立っている。ただ、頬は血の気を失って真っ白だ。
(何という仕打ちを……)
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わたしは公爵を追いかけた。
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