完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

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2章 死亡ふらぐ破壊と恋愛感情は別ですよね?

7話 取り潰し危機とげえむの正体②

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 露台バルコニーに連れ出される。雨期の貴重な陽射しが葡萄の新梢にまんべんなく当たるよう、手入れに勤しむ領民たちの姿が見える。

(はじめてなのに屋外とは。しかも「長くなる」と……受け止めきれるでしょうか)

 公爵しか知らない話を聞くべく一度は腹を括ったとはいえ、不安が募る。
 そうとも知らず、ミロシュ家の従僕が公爵に合図した。

「用意ができたか。持ってきてくれ」

 いよいよだ、と振り返る。
 お仕着せの従僕たちは、即席の寝台――ではなく、彫刻木の椅子と木卓を次々運び出した。象形織りのクロスを掛け、銀の食器類も並べる。

 あれよという間に、湯気の立つ羊肉ケバブ乾酪発酵焼きチーズパン、果物、胡桃の焼き菓子ビスケット、葡萄酒などがぎっしり並べられる。

「ユーリィは無花果が好きだったな」

 公爵がてらいなく、干し無花果を皿に取ってくれた。

(わたしの好物をご存知とは……と言いますか)

 どう見ても野外茶会ピクニックの様相だ。取り潰し回避できたといっても、呑気ではないか。公爵の意図が分からず、何も手をつけられない。

「さて。主人公についてだが」

 公爵が、爽やかに香る夏摘みの紅茶を口に運ぶ。行為より先に話してくれるらしい。
 聞き漏らすまいと、身を乗り出す。

「君の命はもとより、フセスラウの未来も、鍵となる人物の選択によって何通りもに分かれる。悪役の私とパルラディ国王太子ステヴァン。ヒロインのコンスタンティネ。そしてニコ」

 早くも首を傾げざるを得ない。

「閣下や兄、ステヴァン殿下はともかく、新入りの洞窟管理役に過ぎないニコがどうして国の未来に関わる鍵なのです?」
「ニコがこの世界の主人公だからだ。フセスラウは彼のためにつくられた」
「それではまるでニコが書いた戯曲……いえ。続けてください」

 あやうく墓穴を掘るところだった。ぎくしゃく目を泳がせる。

「? 一方の私は悪役だ。出しゃばり過ぎれば、主人公を刺激し、後にを果たす君の死亡フラグにつながってしまう。絶妙なラインで筋書きを修正する必要がある」

 公爵が香草の利いた羊肉を頬張り、目を細めて堪能する。話の不穏さと行動ののどかさが噛み合っていない。

 戯曲を嗜むゆえの引っ掛かりも大きくなるばかり。わたしはこめかみに手を当てた。

「何だか、この世界が創作の物語のように聞こえるのですが」
「いかにも。ここはBLゲームの舞台なのだ」
「え……?」

 やっと食べようとした無花果を取り落とす。わたしが夢物語を綴るみたいに、誰かがわたしや公爵を動かしている?

「作者、は、魔法遣い、ですか」
「そう思って差し支えない」

 雨期の湿った風が、公爵の黒髪をたなびかせた。彼は冗談を言う人ではない。むしろ気遣わしげにわたしを見つめている。

「考えてもみよ。王太子の婚約者が男である私なのは、奇妙ではないか? 跡継ぎはどう生す」
「言われて……みれば」

 はっとした。なぜ今まで疑いもしなかったのか。両親も他の貴族も兄本人も、当然のことと思っている。

「この世界が、BL――男同士が結ばれる物語ゆえの設定だ」
「あらかじめそう定められている、と」
「うむ。ただし大筋のみだ。私たちは、『主人公が欲しいものを手に入れる』という強制力に捕まることなく一部を書き換え、君の死亡フラグを壊し、スローライフエンドを目指す。そう把握しておいてほしい」
「はあ……」

 頷いたはよいが、実感が追いつかない。自分が実は何者かに動かされているなんて、人生の根本に関わる事態だ。
 一方で、つい先ほど勝手に言葉を発したのも事実だった。

(わたしは使命のない第二王子だと、作者――おそらく「始まりの魔法遣いたち」に定められた)

 もう少し報いのある役にしてくれたらよかったのに、なんて。
 公爵は、魔法によって世界の真理に気づき、フセスラウ国の人々が登場する戯曲を読むごとく、未来予知したわけだ。

(でも、この公爵への想いは、わたしの意思ですよね?)

 胸がざわめく。一言も発せないでいると、公爵が「やはり明かすべきでなかったか」とつぶやいた。

 そんなことはない。わたしたち二人の秘密が増えるのは、嬉しい。
 未来も変えられるようだし、と気を取り直す。

「ちなみに『すろうらいふ』とは、何をもって達成と言えますか」

 王子たるもの、国の行く末を一公爵に任せきりではいけない。最終目標を共有したい。それに公爵はこの単語を口にするとき、とても幸福そうに見える。
(閣下の幸せを、知りたいです)

「ぐっすり寝て、美味しいものを食べ、季節の移り変わりを感じられたら、だろうか。今までできなかったことができれば。いや、ゆったり生きて冴いればよい……」

 公爵の答えは、想像よりささやかだった。それでいて難しいと言わんばかりで、何でもしてあげたくなる。有能な公爵に対しておこがましいけれど。

「ユーリィには味気ないか?」
「いえ。素敵だと思います」

 わたしにも好ましく聞こえた。義務が多いのは王族も貴族も同じ。叶うなら、安寧なフセスラウで、公爵と、そんな毎日を過ごしてみたい。
 何しろ、ずっと想ってきた相手だ。
 この初恋を諦めなくても――むしろ始めても許されるだろうか。

「わたしでよければ、共にすろうらいふ致しましょう」

 蘇生直後に放たれた「私の手を取れ」に時間差で応じるべく、公爵に向けて両手を伸ばす。今度は間違いなく自分の意思で。
(この世界に掛けられた魔法について教えてくださった御礼も、せねばなりませんし)

「――ッ!」

 だが公爵は弾かれたように立ち上がり、乱暴な手つきでわたしの腕を払った。


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