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5章 筋書きならお任せください
13話 禁忌の魔法遣いの覚醒④
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春の嵐の今日。わたしの初恋相手であるエドゥアルド・ミロシュ公爵が、馬車ごと滑落して落命した。
「閣下――っ、……?」
ニコの攻撃魔法に貫かれて絶命したはずのわたしは、私室の寝台で目覚めた。
露台の外は雨期の様相だ。
(死にきれず、十か月前後昏睡していたのでしょうか……)
王宮はニコに乗っ取られ、おぞましい場所になっているに違いない。一刻も早くミロシュ領へ逃れなければ。
あの方の……遺言だ。
それこそ身体がばらばらになりそうな悲しみに襲われる。途中でへたり込まないよう御守りがほしいと、よろよろ執務机に取りつく。
(万年筆は――ありました。自作の戯曲も)
そのふたつだけ携え、廊下へまろび出た。
意外に荒れていない。足音に気を配って進む。
ふと、窓越しに、今日の雨だけのせいと思えないほどゆるんだ道も避けず、ひた走る馬車が見えた。
(ミロシュ家の、馬車?)
距離があって視界も悪い中、客室に目を凝らす。
いるはずのない人――「公爵」がいた。
ニコの魔法で蘇生されたのか。何のために?
(何のためでもいい……生きておられるのなら)
訊きたいことがたくさんあるし、何度謝っても足りない。伝えそびれた愛も伝えたい。潤んだ目を拭う。
その一瞬の間に、馬車は消えていた。
「大変だ、滑落したぞ!」「侍医も呼ぶんだ」「ありゃもう手遅れじゃ……」
洞窟管理役が石階段をばたばた駆け下りていく。竦み上がったが、意識を取り戻したのを咎められも、喜ばれもしない。
人の行き来があり過ぎて、いったん私室に潜伏したわたしは、夕方、「公爵」の葬送の儀式の依頼を受けた。
それも、記憶にあるとおりに。
(もしかして)
兄に「公爵」の訃報を伝えれば、「ユーリィ、嘘を吐かないで」という聞き覚えのある台詞とともに倒れてしまった。
王宮には両親もいた。ニコはいなかった。
可能性として考えられるのはたったひとつ。
(わたしは、時を遡ったのですね)
大掛かりな時間遡行魔法だ。死の危機に知らず禁忌を犯したのかと思いきや、他の魔法はさっぱり発動できない。
では他の魔法遣いが? どんな思惑で? わからないことばかりの中で、これだけは確かだ。
わたしは一周目の記憶を駆使して、あの方の命を守ることができる。
そのためなら手段は選ばない。「悪役」にだってなってみせる。
「ニコが兄の書簡を騙り、雨期の山道を急がせたに違いありません」
葬儀用の洞にて、黒い式服姿に袖を通したわたしは待ち遠しさ半分、身を焼くような怒り半分でつぶやいた。
「公爵」の肩下まである黒髪に手を伸ばす。血がこびりついた部分を丁寧に解いた。懐かしい、やわらかい手触りだ。
蝋燭の火が、不意に揺れた。ぴくりと「公爵」の睫毛が戦慄く。
薄闇の中でも蠱惑的にきらめく紅眼が、わたしを捉える。
葬儀士の特権で、いちばんに出会えた。
「天使みたいな銀の巻き毛と碧い目、貴い佇まい。僕の推し、ユーリィ」
(記憶とまったく同じ台詞です)
彼が兄の婚約者でわたしは第二王子だからと諦めも遠慮もせず、「公爵」の痛々しい身体を抱き締める。
痩躯は熱い。脈拍が聞こえる。――生きている。
「ユーリィ……?」
戸惑い名を呼ばれ、腕の力をわずかにゆるめる。至近距離で目が合った。切実に、溢れる愛を抑えきれないまま、正直怖さもあるけれど、告げる。
「あなたは、三か月後に死にます。ですが、私があなたをお守りすると誓います」
「公爵」は面食らった顔をしている。一周目の蘇生と見事に真逆だ。
(あのときのあなたは、このようなお気持ちだったのですね)
わたしはふふ、と、片頬のみ上げる笑い方をしてみた。「公爵」が瞬く。
「今までの十二回と違う。これ、成功フラグ?」
謎の単語が出た。三か月を共に過ごした同一人物に再会できたと、確信する。
(……十二回? 十三回では?)
ただ数字が合わず、小首を傾げる。その間に「公爵」が起き上がって、探り探り尋ねてくる。
「君は、これから起こることを知っているのか? なぜ?」
わたしが時間遡行したのに気づいていないらしい。
それを言ったら、彼の「やり直し」とはどのような仕組みなのか。
あの婚約式のような苦しみを十三回も味わったのか? 魔力の封印も解かずにどうやって? 疑問が、もどかしさとともに次々湧き上がる。
「それはこちらの台詞です。どうしてすべてを話してくださらなかったのですか。わたしの命のことなのに」
彼が生気を取り戻しているのをよいことに、つい先ほど――かつ三か月後の絶望と無力感をぶつけるごとく、問い質す。
「……ソーマ」
最後にして唯一教わった魔法の呪文も唱えると、公爵の紅眼が揺らめいた。切なさと慈しみと、諦念に拮抗し得る希望が満ちてくる。
「確かに独りよがりだった、かもしれない。君には根回ししていない」
なおも真実を隠そうとする意地を手放したように見えた。この機を逃すまい。
「わたしを警戒するペトルをやり過ごしたら、客間に参りましょう」
「やけに詳しいな」
わたしは目くらましの式服を「公爵」に着せ掛け、腕を引いた。儀式の品は使っていないので、片付けは要らない。
(と言いますか、やはり仮死で済む怪我ではありませんでしたね)
「君が『侍医を呼びましょう』と言わなかったのは、はじめてだ」
「それも含めてお話しするのです、夜が明けるまで」
言葉と裏腹に、わたしははたと足を止めた。「公爵」がわたしの後頭部にぶつかって、うずくまる。わたしも地に膝を突いた。
「巻き毛深呼吸されますか?」
ふたりきりのうちに、してもいいですよ。と続ける大胆さは持ち合わせておらず、上目遣いに見つめる。
「い、や。結構だ……申し訳ない」
しかしなぜか謝られた。「公爵」はしきりに長髪を触っている。
……惜しいが、急ぐまい。生きてこその恋だ。
「って、何これ!? 日本語!?」
わたしが決意を新たにすると同時に、「公爵」が彼らしくもなく叫ぶ。
足下の土に刻まれた例の記号の連なりに、釘づけになっている。
[手を取り一人目を退けよ]
「一周目もありましたが。魔法の呪文ではないのですか?」
「いや……そう、かも……うん」
「公爵」の紅眼が、力強くきらめく。よい兆候のようだ。
手を取り合い、葬儀洞の扉を押し開ける。雨音に足音を隠して進んだ。
「――さて。まず、あなたは誰なのですか」
「閣下――っ、……?」
ニコの攻撃魔法に貫かれて絶命したはずのわたしは、私室の寝台で目覚めた。
露台の外は雨期の様相だ。
(死にきれず、十か月前後昏睡していたのでしょうか……)
王宮はニコに乗っ取られ、おぞましい場所になっているに違いない。一刻も早くミロシュ領へ逃れなければ。
あの方の……遺言だ。
それこそ身体がばらばらになりそうな悲しみに襲われる。途中でへたり込まないよう御守りがほしいと、よろよろ執務机に取りつく。
(万年筆は――ありました。自作の戯曲も)
そのふたつだけ携え、廊下へまろび出た。
意外に荒れていない。足音に気を配って進む。
ふと、窓越しに、今日の雨だけのせいと思えないほどゆるんだ道も避けず、ひた走る馬車が見えた。
(ミロシュ家の、馬車?)
距離があって視界も悪い中、客室に目を凝らす。
いるはずのない人――「公爵」がいた。
ニコの魔法で蘇生されたのか。何のために?
(何のためでもいい……生きておられるのなら)
訊きたいことがたくさんあるし、何度謝っても足りない。伝えそびれた愛も伝えたい。潤んだ目を拭う。
その一瞬の間に、馬車は消えていた。
「大変だ、滑落したぞ!」「侍医も呼ぶんだ」「ありゃもう手遅れじゃ……」
洞窟管理役が石階段をばたばた駆け下りていく。竦み上がったが、意識を取り戻したのを咎められも、喜ばれもしない。
人の行き来があり過ぎて、いったん私室に潜伏したわたしは、夕方、「公爵」の葬送の儀式の依頼を受けた。
それも、記憶にあるとおりに。
(もしかして)
兄に「公爵」の訃報を伝えれば、「ユーリィ、嘘を吐かないで」という聞き覚えのある台詞とともに倒れてしまった。
王宮には両親もいた。ニコはいなかった。
可能性として考えられるのはたったひとつ。
(わたしは、時を遡ったのですね)
大掛かりな時間遡行魔法だ。死の危機に知らず禁忌を犯したのかと思いきや、他の魔法はさっぱり発動できない。
では他の魔法遣いが? どんな思惑で? わからないことばかりの中で、これだけは確かだ。
わたしは一周目の記憶を駆使して、あの方の命を守ることができる。
そのためなら手段は選ばない。「悪役」にだってなってみせる。
「ニコが兄の書簡を騙り、雨期の山道を急がせたに違いありません」
葬儀用の洞にて、黒い式服姿に袖を通したわたしは待ち遠しさ半分、身を焼くような怒り半分でつぶやいた。
「公爵」の肩下まである黒髪に手を伸ばす。血がこびりついた部分を丁寧に解いた。懐かしい、やわらかい手触りだ。
蝋燭の火が、不意に揺れた。ぴくりと「公爵」の睫毛が戦慄く。
薄闇の中でも蠱惑的にきらめく紅眼が、わたしを捉える。
葬儀士の特権で、いちばんに出会えた。
「天使みたいな銀の巻き毛と碧い目、貴い佇まい。僕の推し、ユーリィ」
(記憶とまったく同じ台詞です)
彼が兄の婚約者でわたしは第二王子だからと諦めも遠慮もせず、「公爵」の痛々しい身体を抱き締める。
痩躯は熱い。脈拍が聞こえる。――生きている。
「ユーリィ……?」
戸惑い名を呼ばれ、腕の力をわずかにゆるめる。至近距離で目が合った。切実に、溢れる愛を抑えきれないまま、正直怖さもあるけれど、告げる。
「あなたは、三か月後に死にます。ですが、私があなたをお守りすると誓います」
「公爵」は面食らった顔をしている。一周目の蘇生と見事に真逆だ。
(あのときのあなたは、このようなお気持ちだったのですね)
わたしはふふ、と、片頬のみ上げる笑い方をしてみた。「公爵」が瞬く。
「今までの十二回と違う。これ、成功フラグ?」
謎の単語が出た。三か月を共に過ごした同一人物に再会できたと、確信する。
(……十二回? 十三回では?)
ただ数字が合わず、小首を傾げる。その間に「公爵」が起き上がって、探り探り尋ねてくる。
「君は、これから起こることを知っているのか? なぜ?」
わたしが時間遡行したのに気づいていないらしい。
それを言ったら、彼の「やり直し」とはどのような仕組みなのか。
あの婚約式のような苦しみを十三回も味わったのか? 魔力の封印も解かずにどうやって? 疑問が、もどかしさとともに次々湧き上がる。
「それはこちらの台詞です。どうしてすべてを話してくださらなかったのですか。わたしの命のことなのに」
彼が生気を取り戻しているのをよいことに、つい先ほど――かつ三か月後の絶望と無力感をぶつけるごとく、問い質す。
「……ソーマ」
最後にして唯一教わった魔法の呪文も唱えると、公爵の紅眼が揺らめいた。切なさと慈しみと、諦念に拮抗し得る希望が満ちてくる。
「確かに独りよがりだった、かもしれない。君には根回ししていない」
なおも真実を隠そうとする意地を手放したように見えた。この機を逃すまい。
「わたしを警戒するペトルをやり過ごしたら、客間に参りましょう」
「やけに詳しいな」
わたしは目くらましの式服を「公爵」に着せ掛け、腕を引いた。儀式の品は使っていないので、片付けは要らない。
(と言いますか、やはり仮死で済む怪我ではありませんでしたね)
「君が『侍医を呼びましょう』と言わなかったのは、はじめてだ」
「それも含めてお話しするのです、夜が明けるまで」
言葉と裏腹に、わたしははたと足を止めた。「公爵」がわたしの後頭部にぶつかって、うずくまる。わたしも地に膝を突いた。
「巻き毛深呼吸されますか?」
ふたりきりのうちに、してもいいですよ。と続ける大胆さは持ち合わせておらず、上目遣いに見つめる。
「い、や。結構だ……申し訳ない」
しかしなぜか謝られた。「公爵」はしきりに長髪を触っている。
……惜しいが、急ぐまい。生きてこその恋だ。
「って、何これ!? 日本語!?」
わたしが決意を新たにすると同時に、「公爵」が彼らしくもなく叫ぶ。
足下の土に刻まれた例の記号の連なりに、釘づけになっている。
[手を取り一人目を退けよ]
「一周目もありましたが。魔法の呪文ではないのですか?」
「いや……そう、かも……うん」
「公爵」の紅眼が、力強くきらめく。よい兆候のようだ。
手を取り合い、葬儀洞の扉を押し開ける。雨音に足音を隠して進んだ。
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