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6章 恋物語は諦めます……
18話 裏切りの契約婚
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フセスラウとパルラディの統一に向けた二国間協議は一週間にわたって行われた。両王太子の婚約は当人の好印象もあり、合意に漕ぎつける。
(まだまだ調整や検討はありますが、歴史的な一日です)
いったん帰国の途に就くパルラディ一行を見送りつつ、わたしは兄に刺繍入りの膝掛けを手渡す。フセスラウの職人はあまりしない型の刺繍だ。
「ステヴァン殿下が、雨による寒暖差で体調を崩していないかと気に掛けていらっしゃいました」
「そう? 自分でも驚くほどよく眠れているのだけれど」
贈り物に、兄の頬が上気する。
護衛につくニコは、死角で苦虫を噛み潰したような顔をした。
「協力しろって言ったろ。エドゥアルドの命は俺の掌の上だって忘れたのか」
夕方、私室になだれ込むなりニコが罵倒してきた。
わたしがそう仕向けたとも知らずに。
悪役王子たるもの、旧主人公を翻弄くらいできなければ新主人公になるなど夢の夢だ。殺したいほどの憎しみは雨の染み込む土下に閉じ込め、考えておいた台詞を口にする。
「あなたこそ、わたしも王子なのを忘れていませんか?」
兄への悋気すら含ませて見つめれば、ニコが一転、品定めの目になる。
兄を好む彼は、同じ銀髪のわたしも当然嫌いではない。関係を結べば玉座に近づけるという付加価値もある。「原作」のわたしも、当のわたしも、王太子である兄に成り代わろうという気がなかっただけだ。
「へえ。さすが隠しキャラ、その台詞でステヴァンを誘惑したのか。それじゃ飽き足らずループして、今度は俺を落とすってわけか? ビッチだな」
「……『カクシきゃら』、とは?」
満更でない顔にさせたのに、つい訊き返してしまう。ニコはソーマ以上に謎の単語を使うのでもはや外国語のようだが、そのうちのひとつが引っ掛かった。
カクシきゃら。
再三、耳にする。ソーマのほうは一度も口にしなかった。
ニコはこれみよがしに歪んだ笑顔になる。
「あんたのことだよ。お兄ちゃんへの嫉妬でステヴァンと結託して、フセスラウに攻め込んでめちゃくちゃにするキャラだ」
「何……です、って?」
初耳過ぎる。わたしは「脇役」のはず。わたしはこれから一年以内に、望みの安寧と真逆の行動を取るというのか?
我が物顔で長椅子に座るニコのつくり話だと、笑い飛ばせない。八回目の「戦死」の顛末と似ている。
(ソーマ。テンセイの夜に、すべて話してくれたのではなかったのですか?)
「それでそんな正義ムーブできるんだ」という、一周目のニコの声がよみがえった。のちに国を破滅させるのに、国を守ろうとするのが滑稽に見えたのだろう。
「エドゥアルドを殺すのは当てつけかな」
肩を竦めたニコが、そうと知らずとどめを刺してくる。
「わたしが、あの方を、殺す――?」
心の支えにしていた「すろうらいふ」の光景が、霧散した。
「そうだ。あんたが殺す」
ニコが、口数の減ったわたしの顔を覗き込み、強調する。
ソーマが真実を話さなかったのは無理もない。わたしを刺激しないよう努めたのだ。
……ああ、ゆえにわたしには悪を演じる才能があって、対象は違えど「殺したい」衝動も大きいのか。しみじみ腑に落ちる。
(ソーマの優しさは、自分の死を回避するための、演技だったのでしょう)
わたしが優しいと言われても、わたしにはわからない。
十二回分の話も、巧みに脚色されているとみた。ひと晩かけて話し合い、積み上げた信頼と感じ取った愛まで、揺らぐ。
「おっかなくなってきたから、味見はまだやめとこう。だが、形式は整えてもいいかもな」
その間にニコが腕を組み、何やら考えを張り巡らせる。
一周目の情報や、わたしの死亡ふらぐの覚え書きの詳細を聞き出そうとしてこないのは、この世界について圧倒的な知識を持つからだと思い知らされた気分だ。
「よし。来週、王に会わせろ」
無茶な命令をひとつ残して去る。衝撃の事実を消化できないわたしは放置された。
ここにいない人を想う。
(一周目、結局わたしを庇って死ぬなんて、莫迦な人……)
薄暗い私室の隅で、自分の身体に腕を回す。自分の手では震えは止まらなかった。
――後日、わたしとニコも婚約を交わした。
(まだまだ調整や検討はありますが、歴史的な一日です)
いったん帰国の途に就くパルラディ一行を見送りつつ、わたしは兄に刺繍入りの膝掛けを手渡す。フセスラウの職人はあまりしない型の刺繍だ。
「ステヴァン殿下が、雨による寒暖差で体調を崩していないかと気に掛けていらっしゃいました」
「そう? 自分でも驚くほどよく眠れているのだけれど」
贈り物に、兄の頬が上気する。
護衛につくニコは、死角で苦虫を噛み潰したような顔をした。
「協力しろって言ったろ。エドゥアルドの命は俺の掌の上だって忘れたのか」
夕方、私室になだれ込むなりニコが罵倒してきた。
わたしがそう仕向けたとも知らずに。
悪役王子たるもの、旧主人公を翻弄くらいできなければ新主人公になるなど夢の夢だ。殺したいほどの憎しみは雨の染み込む土下に閉じ込め、考えておいた台詞を口にする。
「あなたこそ、わたしも王子なのを忘れていませんか?」
兄への悋気すら含ませて見つめれば、ニコが一転、品定めの目になる。
兄を好む彼は、同じ銀髪のわたしも当然嫌いではない。関係を結べば玉座に近づけるという付加価値もある。「原作」のわたしも、当のわたしも、王太子である兄に成り代わろうという気がなかっただけだ。
「へえ。さすが隠しキャラ、その台詞でステヴァンを誘惑したのか。それじゃ飽き足らずループして、今度は俺を落とすってわけか? ビッチだな」
「……『カクシきゃら』、とは?」
満更でない顔にさせたのに、つい訊き返してしまう。ニコはソーマ以上に謎の単語を使うのでもはや外国語のようだが、そのうちのひとつが引っ掛かった。
カクシきゃら。
再三、耳にする。ソーマのほうは一度も口にしなかった。
ニコはこれみよがしに歪んだ笑顔になる。
「あんたのことだよ。お兄ちゃんへの嫉妬でステヴァンと結託して、フセスラウに攻め込んでめちゃくちゃにするキャラだ」
「何……です、って?」
初耳過ぎる。わたしは「脇役」のはず。わたしはこれから一年以内に、望みの安寧と真逆の行動を取るというのか?
我が物顔で長椅子に座るニコのつくり話だと、笑い飛ばせない。八回目の「戦死」の顛末と似ている。
(ソーマ。テンセイの夜に、すべて話してくれたのではなかったのですか?)
「それでそんな正義ムーブできるんだ」という、一周目のニコの声がよみがえった。のちに国を破滅させるのに、国を守ろうとするのが滑稽に見えたのだろう。
「エドゥアルドを殺すのは当てつけかな」
肩を竦めたニコが、そうと知らずとどめを刺してくる。
「わたしが、あの方を、殺す――?」
心の支えにしていた「すろうらいふ」の光景が、霧散した。
「そうだ。あんたが殺す」
ニコが、口数の減ったわたしの顔を覗き込み、強調する。
ソーマが真実を話さなかったのは無理もない。わたしを刺激しないよう努めたのだ。
……ああ、ゆえにわたしには悪を演じる才能があって、対象は違えど「殺したい」衝動も大きいのか。しみじみ腑に落ちる。
(ソーマの優しさは、自分の死を回避するための、演技だったのでしょう)
わたしが優しいと言われても、わたしにはわからない。
十二回分の話も、巧みに脚色されているとみた。ひと晩かけて話し合い、積み上げた信頼と感じ取った愛まで、揺らぐ。
「おっかなくなってきたから、味見はまだやめとこう。だが、形式は整えてもいいかもな」
その間にニコが腕を組み、何やら考えを張り巡らせる。
一周目の情報や、わたしの死亡ふらぐの覚え書きの詳細を聞き出そうとしてこないのは、この世界について圧倒的な知識を持つからだと思い知らされた気分だ。
「よし。来週、王に会わせろ」
無茶な命令をひとつ残して去る。衝撃の事実を消化できないわたしは放置された。
ここにいない人を想う。
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――後日、わたしとニコも婚約を交わした。
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