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6章 恋物語は諦めます……
17話 貞操の危機②
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夕方から兄とステヴァン殿下を囲む舞踏会が予定されているのに、わたしがタマルの手記を回収しに向かったきり見当たらないので、心配してくれたらしい。
(ソーマ、)
わたしはにわかに感情を取り戻した。
「入ってこないでください、っ」
必死に叫ぶ。自分よりソーマが大事だ。それに……ニコにいいようにされているところを見られたくない。
「何事だ!?」
ソーマは勢いよく扉を開けた。湿った空気を纏って飛び込んでくる。
彼もまたわたしを守りたいのだ。場違いにも苦笑した隙に、ニコに再度噛みつかれる。
「……っ、~~!」
舌を絡められて声が出ない。ニコが灰色の目を開けたまま、「あんたは誰のものだ?」とばかりにわたしを見据える。
抵抗できず涙ぐむわたしとニコの間に、ソーマが割って入った。
「何をしている」
青筋を立て、全身に怒りを漲らせている。「孤高の公爵」からの叱責には誰もがひれ伏すが、ニコは例外で余裕たっぷりだ。
「何って、見てのとおりですが? ……てか、原作ではあんたらに接点ないはずだけど」
彼の鋭い勘がその一点に及ぶなり、わたしはニコにしなだれかかる。
(わたしは、悪役王子)
迷いも弱さも捨て去った。役を演じきってみせる。
ソーマの命を救うため、自分の恋心を殺してでも。
「そうですよ。無粋をしないでください」
わたしがさっと涙を拭ってニコに同調すれば、さしものソーマも戸惑いを浮かべた。わたしの碧眼を覗き込み、「キョウセイリョク」が働いていないかも確かめている。
「ニ……この騎士に、言わされているんだろう?」
「いいえ。わたしの意思です。彼と話すうち、惹かれるようになったのです」
心変わりの台詞を口にすると、覿面に効いた。ソーマの長身痩躯はあれよとニコに押し返される。
「……こんな僕で、申し訳ない」
私室から締め出される直前、雨音に紛れ、わたしにのみ聞こえる声でつぶやいた。わたしの言葉ならあっさり信じてしまうらしい。
力なく閉じた扉に、声にならない声を送る。
(ソーマ。あなたの優しい人柄を、体温を、たまに可愛いところも、愛していました)
もはや過去形でしか伝えられない。我慢などせず、もっとソーマと触れ合えばよかった……。
せめて悪役は諦めない。
ニコは時間遡行したわたしを利用し、自らが主人公の物語を組み立て直す魂胆だろう。見方を変えれば、いちばん近くで彼の動向を把握できる。
(ニコを断罪する機会は、まだ残されています)
ただ、すべてが終わったあとに真実を明かしたとて、さすがに一度ニコのものになったわたしをソーマが受け入れてくれるとは限らない。彼は「無垢なユーリィ」を愛しているのだ。
「あははっ。『主人公』は何でも思いどおりで楽しいな」
ニコが葡萄酒片手にふてぶてしく笑う。天候すら思いのままみたいに雷鳴が響いた。
初恋は破れた。
それでもソーマを守り抜くという、最後にして最大の望みは必ず果たす。
そのためなら、兄に一段劣るが同じ銀髪の容姿も使おう。うまくすれば魅了できる可能性もある。
「次はどうしたら?」
襯衣をはだけたまま、抑揚のない声で問う。ニコはわたしの肌に不躾に触れ始めたが、ほどなく舌打ちする。
「そういや、あんたも魔力持ちか。『隠しキャラ』が暴走しても困るな……。もういい、コンスタンティネの攻略に協力しろ。ああ、下手な動きしたらエドゥアルドの命はないと思えよ」
剣をちらつかせながら出ていった。興醒めしたようだ。
わたしはその場に頽れた。身震いが止まらない。
ソーマがわたしの真意に気づいて、再び私室を訪ねてくるかもしれない。その際、悪を貫くべく突き放すか、事情を話した上で知らないふりをしてもらうか、悩む。
だが杞憂に終わった。
夜闇が拡がっても、長身痩躯は現れなかった。ソーマは根が優しいゆえ、わたしの心変わりを尊重し兼ねない。
(ソーマらしい。ですが好都合です)
わたしはふらりと立ち上がり、自分の頭の中にだけ、新たな筋書きを書きつけていく。
せっかくやり直せたのだ。単にニコの言いなりにはならない。何もできずソーマを喪った一周目をなぞりはしない。
わたしは震える手をぎゅっと握り込んだ。以前ソーマが握ってくれたように。
(あなたはこれまで、こんな不安の中で独り、もがいていらしたのですね)
いつもわたしは何も知らず、守られるばかりだった。十三回目の再演こそ、わたしが未来を変える。
悪の主人公が最後まで倒れなければ、真の主人公になれるはずだ。
雨模様の胸中を隠し、自分に暗示をかけるみたいに、片頬だけ持ち上げる笑みをつくった。
(ソーマ、)
わたしはにわかに感情を取り戻した。
「入ってこないでください、っ」
必死に叫ぶ。自分よりソーマが大事だ。それに……ニコにいいようにされているところを見られたくない。
「何事だ!?」
ソーマは勢いよく扉を開けた。湿った空気を纏って飛び込んでくる。
彼もまたわたしを守りたいのだ。場違いにも苦笑した隙に、ニコに再度噛みつかれる。
「……っ、~~!」
舌を絡められて声が出ない。ニコが灰色の目を開けたまま、「あんたは誰のものだ?」とばかりにわたしを見据える。
抵抗できず涙ぐむわたしとニコの間に、ソーマが割って入った。
「何をしている」
青筋を立て、全身に怒りを漲らせている。「孤高の公爵」からの叱責には誰もがひれ伏すが、ニコは例外で余裕たっぷりだ。
「何って、見てのとおりですが? ……てか、原作ではあんたらに接点ないはずだけど」
彼の鋭い勘がその一点に及ぶなり、わたしはニコにしなだれかかる。
(わたしは、悪役王子)
迷いも弱さも捨て去った。役を演じきってみせる。
ソーマの命を救うため、自分の恋心を殺してでも。
「そうですよ。無粋をしないでください」
わたしがさっと涙を拭ってニコに同調すれば、さしものソーマも戸惑いを浮かべた。わたしの碧眼を覗き込み、「キョウセイリョク」が働いていないかも確かめている。
「ニ……この騎士に、言わされているんだろう?」
「いいえ。わたしの意思です。彼と話すうち、惹かれるようになったのです」
心変わりの台詞を口にすると、覿面に効いた。ソーマの長身痩躯はあれよとニコに押し返される。
「……こんな僕で、申し訳ない」
私室から締め出される直前、雨音に紛れ、わたしにのみ聞こえる声でつぶやいた。わたしの言葉ならあっさり信じてしまうらしい。
力なく閉じた扉に、声にならない声を送る。
(ソーマ。あなたの優しい人柄を、体温を、たまに可愛いところも、愛していました)
もはや過去形でしか伝えられない。我慢などせず、もっとソーマと触れ合えばよかった……。
せめて悪役は諦めない。
ニコは時間遡行したわたしを利用し、自らが主人公の物語を組み立て直す魂胆だろう。見方を変えれば、いちばん近くで彼の動向を把握できる。
(ニコを断罪する機会は、まだ残されています)
ただ、すべてが終わったあとに真実を明かしたとて、さすがに一度ニコのものになったわたしをソーマが受け入れてくれるとは限らない。彼は「無垢なユーリィ」を愛しているのだ。
「あははっ。『主人公』は何でも思いどおりで楽しいな」
ニコが葡萄酒片手にふてぶてしく笑う。天候すら思いのままみたいに雷鳴が響いた。
初恋は破れた。
それでもソーマを守り抜くという、最後にして最大の望みは必ず果たす。
そのためなら、兄に一段劣るが同じ銀髪の容姿も使おう。うまくすれば魅了できる可能性もある。
「次はどうしたら?」
襯衣をはだけたまま、抑揚のない声で問う。ニコはわたしの肌に不躾に触れ始めたが、ほどなく舌打ちする。
「そういや、あんたも魔力持ちか。『隠しキャラ』が暴走しても困るな……。もういい、コンスタンティネの攻略に協力しろ。ああ、下手な動きしたらエドゥアルドの命はないと思えよ」
剣をちらつかせながら出ていった。興醒めしたようだ。
わたしはその場に頽れた。身震いが止まらない。
ソーマがわたしの真意に気づいて、再び私室を訪ねてくるかもしれない。その際、悪を貫くべく突き放すか、事情を話した上で知らないふりをしてもらうか、悩む。
だが杞憂に終わった。
夜闇が拡がっても、長身痩躯は現れなかった。ソーマは根が優しいゆえ、わたしの心変わりを尊重し兼ねない。
(ソーマらしい。ですが好都合です)
わたしはふらりと立ち上がり、自分の頭の中にだけ、新たな筋書きを書きつけていく。
せっかくやり直せたのだ。単にニコの言いなりにはならない。何もできずソーマを喪った一周目をなぞりはしない。
わたしは震える手をぎゅっと握り込んだ。以前ソーマが握ってくれたように。
(あなたはこれまで、こんな不安の中で独り、もがいていらしたのですね)
いつもわたしは何も知らず、守られるばかりだった。十三回目の再演こそ、わたしが未来を変える。
悪の主人公が最後まで倒れなければ、真の主人公になれるはずだ。
雨模様の胸中を隠し、自分に暗示をかけるみたいに、片頬だけ持ち上げる笑みをつくった。
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