完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

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6章 恋物語は諦めます……

17話 貞操の危機

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 咥内に、ぬる、とニコの舌が入り込んできた。とてつもなく不快だ。ニコの胸板を押すが、騎士の鍛錬を重ねた身体には効かない。

(いやです……っ!)

 至近距離の灰眼は、明らかにわたしを「単なる登場人物」と軽んじている。同じ「テンセイシャ」でもソーマとは正反対だ。
 なのにどうしてこんなことをする? 「キョウセイリョク」か?

 そのうちに、嫌悪に加え、身体の内側に手を突っ込まれて掻き回されるような、ざわざわとした感覚が湧き起こった。
(これはいったい……?)

「どうだ、感じたか?」

 遠雷とともに、やっと解放される。
 穢された涙がこみ上げるのを、耐える。

「ええ、ものすごく不快に感じました」

 唇をごしごし拭いながら言い返す。ニコはなおも軽薄な笑みを絶やさない。

「おかしいな。エドゥアルドとお愉しみなんだろ? 猫被ってるのか」

 公爵の名を出された途端、わたしは凍りついた。
 二周目は、人前では「弟王子」と「王太子の(元)婚約者」の範疇に収まる振る舞いを通したのに。まさか――。

「あなたも時を遡ったのですか」
「は? ああ、ループのほうか。なるほどな」

 ぐ、と喉が詰まる。みすみす手の内を明かしてしまった。
 ひとつの失言で、一気にニコが優勢になる。

「手駒のペトルとシメオンが退場したのも、俺の異母兄がこんな早く出てきたのも、洞窟管理役クビになったのも、ぜんぶあんたの策略だな。あんたが俺を邪魔するのは、エドゥアルドの破滅を回避するためか?」

 世界という後ろ盾を持つ「主人公」の力か、次々言い当ててのける。わたしはもう余計なことは言うまい、と黙秘するので精一杯だ。

(やはり第二王子には役が大き過ぎたでしょうか……)

 露台を叩く雨音が煩い。ニコはわたしの顔色を窺い、露悪的に笑った。

「訊くまでもないか。隠しキャラが夢妄想してるとは知らなかったよ」
(え――?)

 驚きのあまり逆に声が出ないわたしの前で、薄水色の書皮カバーの手記も振ってみせる。
 執務机に目をやれば、二段目の抽斗が開いていた。鍵は……黒檀の万年筆は、武器にしそびれたままわたしの懐にあるのに。

 叶わぬ恋心を紛らわすための戯曲を、よりによってニコに見られた。
 さらには、自分たちを主人公とする創りかけの最新作まで。

「ど、どうやって抽斗を開けたのです」
「それは知らないのか? 『主人公』の俺には何だってできるんだよ。この戯曲を大々的に公開することも、」

 ニコが顎を反らす。もしや、解錠魔法か。それで第二書庫洞にも入ってこられた……。
 彼が魔力の封印を解くのを阻止せずにいた手落ちに打ちひしがれる。その間も弁舌は止まらない。

「しょせん『悪役』のエドゥアルドを処刑することもな」

 処刑。そのたった一言で、わたしはなけなしの虚勢すら張れなくなる。
 ソーマが目の前で死んでいく、むごい記憶を雨に流したくて、ぎゅっと目を瞑った。

「……何が望みですか」

 全面降伏だ。兄でも国でも、すべて差し出す。
 だからどうか、ソーマは殺さないでほしい。その一心で、「キョウセイリョク」が働いたよりよほど平坦な声で尋ねる。

「あははっ、物分かりがいいじゃないか。ここは『あたし』の国だ。ぜんぶ手に入れる。原作どおり殺すより、兄弟丼とか愉しめそうだし、あんたも俺のものになれ」

 ニコが勝ち誇ったように笑った。
 わたしに拒否権はない。従うしかない。

「わかりました」
「んじゃ、ジャケット脱げ」

 自分の部屋みたいに寝台に腰掛けたニコが、ぞんざいに命令してくる。
 上衣のことか。わたしは屈辱で震える指で、言われたとおりにする。

「次はシャツとスラックス」

 裸になれというのか? 伏せていた顔を上げれば、ニコがいやらしい目つきをしていた。鳥肌が立ッ。

「……何の意味があるのです」
「ぜんぶ手に入れるって言ったろ。あんた、よく見るとちゃんとコンスタンティネに似てるな。その怒り顔、悪くない。ほら、脱がないなら俺が脱がすぞ」
「やめてくださいっ」
「やめていいのか?」

 ニコが薄ら笑いでわたしの腕を引っ張る。ソーマの命とわたしの貞操を天秤に掛けられている。
 わたしはニコの手を振り払うのをやめた。襯衣シャツの釦を外されるのをぼんやり見遣る。感情を閉じていたほうが、まだ辛くない。

(ソーマ、助けてください……いえ、助けに来ないで)

 似合わない大役を演じた報いだ。ニコはわたしたちの対策の上を行った。

(ソーマはこうならないよう、ニコになるべく近づかない選択肢を勧めてくれたのでしょう。その忠告を聞かなかったわたし自身のせい……罰に違いありません)

 死んだらソーマを守れない。純潔を差し出すだけで済むのであれば、少しの間耐えればいい。
 なんて頭での計算を心が拒絶するごとく、じわりと涙が滲む。

 そのとき、私室の扉を叩く音がした。

「ユーリィ殿下、いるか」

 この声は――ソーマだ。


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