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6章 恋物語は諦めます……
16話 主人公の逆襲と、三度目の
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「あんたも転生者か?」
わたしは叫び声が出そうになった。
再演を始めてまだひと月も経っていないのに、この男、勘が鋭い。それとも「脇役」のわたしが筋書き外の動きをするのが気に入らないだけか。
(そう言えば、「カクシきゃら」とは……いえ、問いに問いで返してはなりません)
ニコは鍛錬直後なのか汗ばみ、野生の獣のようなにおいもして、圧があった。
退くな、と自分を奮い立たせる。
「言葉遣いがなっていませんね。他の貴族方に失礼のないよう気をつけなさい」
「テンセイシャ」という単語に反応せず、しらばくれた。
「……これは、ご指導どうも。騎士団長にいっつも怒られてます」
ニコは食い下がってはこない。護衛の定位置に戻る。
一方のわたしは、自室の扉の内側でずるずるしゃがみ込んだ。
ニコと相対したことで、昏い感情が再び燃え盛る。一周目でソーマの死を何とも思っていなかったニコに――その意識の持ち主に、同じ痛みを、絶望を、怖ろしさを味わわせてやりたい。
葬儀士が「悪」の場合、死した者を葬送するのみでなく、葬送すべく死に追い込んでも辻褄が合うのでは、なんて。
(一周目の想いをなかったことにするのは、難しいです……)
心の底で欲していた、生まれてはじめて与えられた、自分だけの特別だから。
独り、膝を抱える。ソーマの命を守るため、ニコの疑いはわたしに向けられたままにしておこう。
雨期の終わりを予感させる晴天の下。
フセスラウ王宮はパルラディ王太子一行を出迎えた。先日のわたしの訪問と異なり、兄とステヴァン殿下の婚約の可能性について話し合う公式のものだ。
パルラディ国王も前向きとのことで、早くも二国間協議と相なった。
政務の間で要人が顔合わせし、当の兄とステヴァン殿下は植物洞に送り出される。
(当人同士の気持ちも大切です)
植物洞には地下水が流れ、鑑賞用の草花が育てられている。通気口兼明かり取りが多くつくられ、半地下のような雰囲気だ。
わたしは、通気口のひとつから二人を窺った。
(第二王子は協議団に参加してもしなくても同じですので)
紫陽花の間をゆっくり歩いている。兄は、「公爵」の中に愛がないことを突きつけられ、弱っていた。ステヴァン殿下の紳士的な接し方が沁みているようだ。
ステヴァン殿下が、低木の陰に控える護衛――ニコを見て、足を止めた。
さすが異母兄弟、並び立つと身体つきも顔立ちもそっくりだ。
ニコにとってステヴァン殿下は邪魔でしかない。だが襤褸は出さない。あの問い以来、わたしに仕掛けてもこない。
ならばと、さらに先回りに向かう。
『タマルの手記を処分しましょう』
『確かに、パルラディ国王の血を引く証拠がない状態でコンスタンティネの婚約者に名乗り出ても、相手にされまい』
みなの意識が政務の間に向いている隙に、第二書庫洞にすべり込んだ。
隠し洞の場所は憶えている。棚の書物を退け、奥の石板を押す。
(えっ、動きません……どうして)
棚を間違えてはいない。でも、力を込め直しても石板はびくともしない。
「何かお探しですか? ユーリィ殿下」
背後から聞き覚えのある声がした。出入口の鍵は閉めたはずだが。
訝しみつつ、声の主を――シメオンを振り返る。
その手には、薄桃色の、裏表紙に「タマル」と書かれた手記が握られていた。
目を丸くするわたしと対照的に、シメオンの鼻眼鏡の奥の目が研ぎ澄まされる。
隠し洞をつくったのはシメオンの父だ。シメオンがタマルの手記の存在を知っていてもおかしくはない。が、先に確保されるのは想定外だ。
(贈収賄を指摘して、今日の協議団から外したのが裏目に出たようです)
とはいえ、主人公役は明け渡さない。
「ええ。ちょうどあなたがお持ちの書物を。見せてもらえますか」
負けじと手記に手を伸ばす。
しかし、別の手に横取りされた。
「これは俺がいただく」
ニコではないか。兄の護衛はどうしたのだ。ふたりきりにして差し上げようという建前か?
それでいてまだ将来の王婿の座を狙っており、シメオンをそそのかしたらしい。立場の弱まった彼を手懐けるつもりが、先を越された。
ソーマは「エドゥアルド」として政務の間におり、頼れない。でも、一周目に「脇役」と嘲笑されたのを今こそ否定すべく、毅然と切り返す。
「それは王宮の所蔵品です」
「俺の母の私物だ」
しばし睨み合う。
「俺たちは一回サシで話す必要があるな。来い」
ニコがひらりと手招きした。
わたしとしては主導権を握られたくないが、タマルの手記を取り返さないといけない。何より、ニコとは遅かれ早かれ決着をつける必要がある。
ソーマと練った筋書きから外れようと、旧「主人公」を葬るのも辞さない。剣の代わりに先端が銀製の万年筆を握り締め、ついていく。
石階段の小窓から、雨が降り出したのが見えた。
到着したのは――わたしの部屋だ。
勝手に入室するなりニコが振り返り、わたしの顔の横にどんっと手を突く。わたしはニコと扉に挟まれる格好になる。
「あんた、やっぱり転生者だろう」
再びの追及。わたしは素知らぬ顔をする。実際、テンセイしていない。
「違います。あなたこそ何なのですか」
「はっ。まあ、転生者だって認めても認めなくても、どっちでもいいけど。俺が主人公だから」
ニコの灰色の目が、焦点が合わないくらい近づいてくる。
「う、……っ?」
なぜか、唇を奪われていた。
わたしは叫び声が出そうになった。
再演を始めてまだひと月も経っていないのに、この男、勘が鋭い。それとも「脇役」のわたしが筋書き外の動きをするのが気に入らないだけか。
(そう言えば、「カクシきゃら」とは……いえ、問いに問いで返してはなりません)
ニコは鍛錬直後なのか汗ばみ、野生の獣のようなにおいもして、圧があった。
退くな、と自分を奮い立たせる。
「言葉遣いがなっていませんね。他の貴族方に失礼のないよう気をつけなさい」
「テンセイシャ」という単語に反応せず、しらばくれた。
「……これは、ご指導どうも。騎士団長にいっつも怒られてます」
ニコは食い下がってはこない。護衛の定位置に戻る。
一方のわたしは、自室の扉の内側でずるずるしゃがみ込んだ。
ニコと相対したことで、昏い感情が再び燃え盛る。一周目でソーマの死を何とも思っていなかったニコに――その意識の持ち主に、同じ痛みを、絶望を、怖ろしさを味わわせてやりたい。
葬儀士が「悪」の場合、死した者を葬送するのみでなく、葬送すべく死に追い込んでも辻褄が合うのでは、なんて。
(一周目の想いをなかったことにするのは、難しいです……)
心の底で欲していた、生まれてはじめて与えられた、自分だけの特別だから。
独り、膝を抱える。ソーマの命を守るため、ニコの疑いはわたしに向けられたままにしておこう。
雨期の終わりを予感させる晴天の下。
フセスラウ王宮はパルラディ王太子一行を出迎えた。先日のわたしの訪問と異なり、兄とステヴァン殿下の婚約の可能性について話し合う公式のものだ。
パルラディ国王も前向きとのことで、早くも二国間協議と相なった。
政務の間で要人が顔合わせし、当の兄とステヴァン殿下は植物洞に送り出される。
(当人同士の気持ちも大切です)
植物洞には地下水が流れ、鑑賞用の草花が育てられている。通気口兼明かり取りが多くつくられ、半地下のような雰囲気だ。
わたしは、通気口のひとつから二人を窺った。
(第二王子は協議団に参加してもしなくても同じですので)
紫陽花の間をゆっくり歩いている。兄は、「公爵」の中に愛がないことを突きつけられ、弱っていた。ステヴァン殿下の紳士的な接し方が沁みているようだ。
ステヴァン殿下が、低木の陰に控える護衛――ニコを見て、足を止めた。
さすが異母兄弟、並び立つと身体つきも顔立ちもそっくりだ。
ニコにとってステヴァン殿下は邪魔でしかない。だが襤褸は出さない。あの問い以来、わたしに仕掛けてもこない。
ならばと、さらに先回りに向かう。
『タマルの手記を処分しましょう』
『確かに、パルラディ国王の血を引く証拠がない状態でコンスタンティネの婚約者に名乗り出ても、相手にされまい』
みなの意識が政務の間に向いている隙に、第二書庫洞にすべり込んだ。
隠し洞の場所は憶えている。棚の書物を退け、奥の石板を押す。
(えっ、動きません……どうして)
棚を間違えてはいない。でも、力を込め直しても石板はびくともしない。
「何かお探しですか? ユーリィ殿下」
背後から聞き覚えのある声がした。出入口の鍵は閉めたはずだが。
訝しみつつ、声の主を――シメオンを振り返る。
その手には、薄桃色の、裏表紙に「タマル」と書かれた手記が握られていた。
目を丸くするわたしと対照的に、シメオンの鼻眼鏡の奥の目が研ぎ澄まされる。
隠し洞をつくったのはシメオンの父だ。シメオンがタマルの手記の存在を知っていてもおかしくはない。が、先に確保されるのは想定外だ。
(贈収賄を指摘して、今日の協議団から外したのが裏目に出たようです)
とはいえ、主人公役は明け渡さない。
「ええ。ちょうどあなたがお持ちの書物を。見せてもらえますか」
負けじと手記に手を伸ばす。
しかし、別の手に横取りされた。
「これは俺がいただく」
ニコではないか。兄の護衛はどうしたのだ。ふたりきりにして差し上げようという建前か?
それでいてまだ将来の王婿の座を狙っており、シメオンをそそのかしたらしい。立場の弱まった彼を手懐けるつもりが、先を越された。
ソーマは「エドゥアルド」として政務の間におり、頼れない。でも、一周目に「脇役」と嘲笑されたのを今こそ否定すべく、毅然と切り返す。
「それは王宮の所蔵品です」
「俺の母の私物だ」
しばし睨み合う。
「俺たちは一回サシで話す必要があるな。来い」
ニコがひらりと手招きした。
わたしとしては主導権を握られたくないが、タマルの手記を取り返さないといけない。何より、ニコとは遅かれ早かれ決着をつける必要がある。
ソーマと練った筋書きから外れようと、旧「主人公」を葬るのも辞さない。剣の代わりに先端が銀製の万年筆を握り締め、ついていく。
石階段の小窓から、雨が降り出したのが見えた。
到着したのは――わたしの部屋だ。
勝手に入室するなりニコが振り返り、わたしの顔の横にどんっと手を突く。わたしはニコと扉に挟まれる格好になる。
「あんた、やっぱり転生者だろう」
再びの追及。わたしは素知らぬ顔をする。実際、テンセイしていない。
「違います。あなたこそ何なのですか」
「はっ。まあ、転生者だって認めても認めなくても、どっちでもいいけど。俺が主人公だから」
ニコの灰色の目が、焦点が合わないくらい近づいてくる。
「う、……っ?」
なぜか、唇を奪われていた。
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