完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

七角@書籍化進行中!

文字の大きさ
48 / 67
6章 恋物語は諦めます……

16話 主人公の逆襲と、三度目の

しおりを挟む
「あんたも転生者か?」

 わたしは叫び声が出そうになった。
 再演を始めてまだひと月も経っていないのに、この男、勘が鋭い。それとも「脇役」のわたしが筋書き外の動きをするのが気に入らないだけか。

(そう言えば、「カクシきゃら」とは……いえ、問いに問いで返してはなりません)

 ニコは鍛錬直後なのか汗ばみ、野生の獣のようなにおいもして、圧があった。
 退くな、と自分を奮い立たせる。

「言葉遣いがなっていませんね。他の貴族方に失礼のないよう気をつけなさい」

 「テンセイシャ」という単語に反応せず、しらばくれた。

「……これは、ご指導どうも。騎士団長にいっつも怒られてます」

 ニコは食い下がってはこない。護衛の定位置に戻る。

 一方のわたしは、自室の扉の内側でずるずるしゃがみ込んだ。
 ニコと相対したことで、昏い感情が再び燃え盛る。一周目でソーマの死を何とも思っていなかったニコに――その意識の持ち主に、同じ痛みを、絶望を、怖ろしさを味わわせてやりたい。
 葬儀士が「悪」の場合、死した者を葬送するのみでなく、葬送すべく死に追い込んでも辻褄が合うのでは、なんて。

(一周目の想いをなかったことにするのは、難しいです……)

 心の底で欲していた、生まれてはじめて与えられた、自分だけの特別だから。
 独り、膝を抱える。ソーマの命を守るため、ニコの疑いはわたしに向けられたままにしておこう。



 雨期の終わりを予感させる晴天の下。
 フセスラウ王宮はパルラディ王太子一行を出迎えた。先日のわたしの訪問と異なり、兄とステヴァン殿下の婚約の可能性について話し合う公式のものだ。
 パルラディ国王も前向きとのことで、早くも二国間協議と相なった。

 政務の間で要人が顔合わせし、当の兄とステヴァン殿下は植物洞に送り出される。

(当人同士の気持ちも大切です)

 植物洞には地下水が流れ、鑑賞用の草花が育てられている。通気口兼明かり取りが多くつくられ、半地下のような雰囲気だ。
 わたしは、通気口のひとつから二人を窺った。

(第二王子は協議団に参加してもしなくても同じですので)

 紫陽花の間をゆっくり歩いている。兄は、「公爵」の中に愛がないことを突きつけられ、弱っていた。ステヴァン殿下の紳士的な接し方が沁みているようだ。

 ステヴァン殿下が、低木の陰に控える護衛――ニコを見て、足を止めた。
 さすが異母兄弟、並び立つと身体つきも顔立ちもそっくりだ。

 ニコにとってステヴァン殿下は邪魔でしかない。だが襤褸は出さない。あの問い以来、わたしに仕掛けてもこない。
 ならばと、さらに先回りに向かう。

『タマルの手記を処分しましょう』
『確かに、パルラディ国王の血を引く証拠がない状態でコンスタンティネの婚約者に名乗り出ても、相手にされまい』

 みなの意識が政務の間に向いている隙に、第二書庫洞にすべり込んだ。



 隠し洞の場所は憶えている。棚の書物を退け、奥の石板タイルを押す。

(えっ、動きません……どうして)

 棚を間違えてはいない。でも、力を込め直しても石板はびくともしない。

「何かお探しですか? ユーリィ殿下」

 背後から聞き覚えのある声がした。出入口の鍵は閉めたはずだが。
 訝しみつつ、声の主を――シメオンを振り返る。

 その手には、薄桃色の、裏表紙に「タマル」と書かれた手記が握られていた。
 目を丸くするわたしと対照的に、シメオンの鼻眼鏡の奥の目が研ぎ澄まされる。

 隠し洞をつくったのはシメオンの父だ。シメオンがタマルの手記の存在を知っていてもおかしくはない。が、先に確保されるのは想定外だ。

(贈収賄を指摘して、今日の協議団から外したのが裏目に出たようです)

 とはいえ、主人公役は明け渡さない。

「ええ。ちょうどあなたがお持ちの書物を。見せてもらえますか」

 負けじと手記に手を伸ばす。
 しかし、別の手に横取りされた。

「これは俺がいただく」

 ニコではないか。兄の護衛はどうしたのだ。ふたりきりにして差し上げようという建前か?
 それでいてまだ将来の王婿の座を狙っており、シメオンをそそのかしたらしい。立場の弱まった彼を手懐けるつもりが、先を越された。

 ソーマは「エドゥアルド」として政務の間におり、頼れない。でも、一周目に「脇役」と嘲笑されたのを今こそ否定すべく、毅然と切り返す。

「それは王宮の所蔵品です」
「俺の母の私物だ」

 しばし睨み合う。

「俺たちは一回サシで話す必要があるな。来い」

 ニコがひらりと手招きした。
 わたしとしては主導権を握られたくないが、タマルの手記を取り返さないといけない。何より、ニコとは遅かれ早かれ決着をつける必要がある。

 ソーマと練った筋書きから外れようと、旧「主人公」を葬るのも辞さない。剣の代わりに先端が銀製の万年筆を握り締め、ついていく。
 石階段の小窓から、雨が降り出したのが見えた。



 到着したのは――わたしの部屋だ。
 勝手に入室するなりニコが振り返り、わたしの顔の横にどんっと手を突く。わたしはニコと扉に挟まれる格好になる。

「あんた、やっぱり転生者だろう」

 再びの追及。わたしは素知らぬ顔をする。実際、テンセイしていない。

「違います。あなたこそ何なのですか」

「はっ。まあ、転生者だって認めても認めなくても、どっちでもいいけど。俺が主人公だから」

 ニコの灰色の目が、焦点が合わないくらい近づいてくる。

「う、……っ?」

 なぜか、唇を奪われていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

処理中です...