完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

七角@書籍化進行中!

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5章 筋書きならお任せください

15話 再演の幕開け③

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 ニコを主人公の座から追い落とし、悪役のステヴァン殿下を懐柔するため――兄と結婚してもらおうと考えた。
 ステヴァン殿下にとっては両国が手中に収まる形で、わざわざフセスラウに攻め込む必要がなくなる。
 さらに、兄の乱心も防げるはず。

『兄とステヴァン殿下で愛を育むのはいかがですか。わたしは兄にも幸せになってほしいのです』

 ソーマに初稿を見せた際、思いきって提案した。
 一周目はあんな幕切れだったものの、兄にはニコに対するような憎悪を抱けない。ニコにつけ込まれたのは、ふたりきりの兄弟なのに、兄の重圧に気づいてあげられなかったゆえだ。できれば罪滅ぼししたい。

『ステヴァン殿下なら、王太子の重圧を理解し合えます。二人が結ばれれば両国は安寧となり、わたしたちも「すろうらいふ」できます』
『君は本当に優しい』

 ソーマはこちらが気恥ずかしくなるほどの微笑みで賛成してくれた、と思いきや。

『ただ、魔力が解放されちゃう懸念が……』

 と悩み出す。

『ところで、魔力の封印を解く方法とは』
『まだ待って』

 わたしも眉も顰める。どうしてかこの件だけ頑なだ。

『豹変しないようよく見てればいいか。いざというとき頼りになるし。婚約破棄された王子が隣国の王太子に溺愛されるのは、流行り超えて定番だし』
『フセスラウではそういった物語は流行していませんが……一周目のあなたが、ステヴァン殿下と友好を深めたのを参考にしたのですよ』
『そうなの? 一周目の展開書き留めてるなら、その手帳貸し』
「だめです』

 とんでもないと手記を引っ込めた。前半に夢恋愛戯曲が書きつけてある。見られたら二度と顔を合わせられない。

(ソーマも魔力の封印の解き方を教えてくださらないのでお互いさまです。――さておき)

 ついソーマのことを考えてしまう頭を、現在に引き戻す。

「どう……、急に訊かれてもだな」

 ステヴァン殿下は無意識にか、灰眼を彷徨わせた。耳もほんのり赤い。

(これは――思った以上に手応えありです)

 一周目の婚儀の折。彼は憂いを含んだ声で「コンスタンティネ……」とつぶやいていた。二十五歳と適齢にもかかわらず未婚なのは、美しい兄を憎からず想っているのもあったのだ。ここぞと言い募る。

「この機に改めて考えたのです。我々の祖父王が休戦のみならず魔力を封印した意味を。始まりの魔法遣いたちの望みを」
「魔法遣いの望み――融和と発展、か」

 わたしの誘導により、ステヴァン殿下の目に新たな意欲が灯ったように見えた。
 ステヴァン殿下には一周目で特に害されていないので、いい思いをさせて差し上げよう。

「殿下と兄は、それをもたらすに相応しいお二方だと思うのです」

 そうだめ押しし、帰国した。



(残るはシメオンと、ニコですね)

 両親の私室へ向かいつつ、昨夜のソーマとのやり取りを思い返す。

『ペトルの恋愛フラグ建てるの速過ぎない?』
『悪役王子ですから』
『ちょ、ステヴァンともどうにかなってないよね!?』

 悪を演じる才能はあったのかもしれない。含み笑いすれば、ソーマがそわそわとつぶやく。

『心臓に悪い……君の悪役顏はギャップがすごいよ』

 その胸に飛び込んで心音を聴きたい、などと考えてしまう。悪役王子なら我儘でも許されるのではないか。
 いや、大団円まで舞台に居続けなければ、と恋心をしまい込む。
 そもそも逢瀬でなく進捗報告だ。人目を忍ぶには逆に王宮の私室がいい、となった。

『それより、シメオンの贈収賄の証拠は集まりましたか?』

 なんとシメオンは、自らが王太子の新婚約者となるべく、金品をやり取りして議会での支持を取りつけていた。兄も実権も手に入れようというのだろう。
 きっちり弾劾した上で、わたしに縋らせ、わたしを殺そうとすればシメオンも死ぬことになると封じ込む手筈だ。

『もちろん。……にしても、君の前で久しぶりにソーマとして過ごしてると、十三回目といえどもエドゥアルドの表情や言葉遣いは肩が凝るよ』

 ソーマが頷き、よく演じているご褒美を欲しそうにする。
 この、自分以外のためにどこまでも強くなれる人を、手放したくない。命を守れれば恋が実らなくてもいい、なんて強がりは言えない。
 初恋でないにしても、わたしは今、譲れない恋をしている。

『では、癒されてください』

 巻き毛を差し出すと、ソーマは二周目ではじめて深呼吸した。くすぐったい。

『すううう、はあ。――ユーリィ』

 満足したらしいソーマが、おもむろに顔を覗き込んでくる。黒髪がさらりと流れる。

『まだ、ニコを殺したい?』

 言い当てられたときと同じ、静かな問い。
 今のところ首尾よくいっている。だが慢心は禁物だ。首を上下に動かそうとするも――長い指で頬を包む形で止められる。

『安寧な時間を断罪に割くのは、もったいないよ』

 さらに、もともとのわたしの望みを引き合いに出す。
 ソーマは今、生きて、そばにいる。
 わたしの未来は、こういったささやかな時間も含めてすべて、ソーマに捧げたい。

『わかりました。あなたとの「すろうらいふ」を優先します』

 わたしが演出変更を了承するや、ソーマは安堵の笑みを浮かべた。

『ですが、あの男を少なくとも王宮からは追い出しますよ。わたしは一周目のように無様な「脇役」ではありませんゆえ』
『……そんな言い方しなくても』

 かと思うと、表情が翳る。
 やはり彼が愛するのは、無垢な、十二回目までの、原作どおりの「わたし」のほうではないかと胸がざわめく。
 今のわたしより長くソーマと過ごした他の回のわたしが、うらやましい。

(でも、何も知らなかった頃を真に幸せとは思いません)

 頬に添えられている手に、そっと手を重ねる。唇は近づかない。見つめ合い、声なき声で名を呼び、熱い息を吐くに留めた。

 ――両親の私室の前でも、短く息を吐く。

「父上、母上。兄の婚約の件で、お話がございます。ステヴァン殿下が――」

 一周目より早く、家族会議を持った。
 ニコにも「原作」の知識があるという。物語が一から変わっていると彼が気づいたときには、もう打つ手がなくしておく必要がある。

 母は「公爵」の説得に疲弊しており、隣国の王太子と手を取り合うという、思ってもない提案に飛びついた。父も魔法戦争の脅威をなくせるならと前向きだ。

 兄本人にもひと声掛けておこうと、その足で立ち寄る。
 これまではペトルがいた兄の私室前に、無造作な茶髪と灰色の瞳、逞しい肩の騎士――ニコが控えていた。

(他の近衛騎士を差し置いて兄の専属護衛に就くとは。キョウセイリョクを使った侵蝕ですね)

 何とか平常心を維持せんとするわたしの前に、ニコが回り込んでくる。

「あんたも転生者か?」

 ずいぶん棘のある口調で問われた。


【ユーリィ死亡ふらぐ】
①  ④    ⑨⑩⓫⑫



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