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6章 恋物語は諦めます……
20話 死亡えんどの決意
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最後にソーマと話してから、ひと月。
「始まりの魔法遣いたち」の絵が陽光に照らされた舞踏の間で、兄とステヴァン殿下の婚約式が執り行われようとしている。
二周目は公爵との婚儀がなかったので、婚儀を見込んで用意していたものを転用し、短期間で場を整えることができた。
「受け答えは俺の言ったとおりにしろ」
私室にて、ニコが最終確認する。
革鎧姿で帯剣した彼の傍らで、礼服を着込んだシメオン、そしてニコと同じく帯剣したペトルが頷いた。ペトルは今日、わたしの手引きで牢から帰還した。
わたしも一本調子で頷く。
ニコは婚約式に乱入し、「主人公」に返り咲く算段だ。
まずシメオンにパルラディ国王の不貞を暴露させ、その際は失敗したが今度はステヴァン王太子がフセスラウを奪おうとしている、と烙印を押す。
ペトルには、「王になりたくない」とこぼしていた兄を案じて公爵を襲ったのだと証言させる。
兄の本心を受け、わたしは王位継承権を求める。ニコはわたしの婚約者として将来の王婿の座に収まる。
さらに、ステヴァン殿下と引き離された兄を慰め、手中にする流れだとか。
わたしは特に牽制しなかった。どちらにしろ、一周目の記憶は兄の婚約式までしかない。以降のことはわからない。
だから三度手遅れにならぬよう――ニコを道連れに死ぬつもりだ。
フセスラウの未来にとって、「テンセイシャ」のニコが脅威なのは明白である。第二王子として、国の安寧に寄与したい。
ソーマが消えた今、警告も意味をなすまい。ニコには現状の「脇役」のまま死んでもらう。「脇役」はいてもいなくても、世界は進む。
(ただわたしにとって、ソーマがいない世界は、生きているも死んでいるも変わりません)
やっと吹っ切れた。いつかどこかの世界でソーマと再び出会えるよう、何度も命を擲った彼には及ばずとも、善き脇役として終わろう。
ちなみに書庫に通った甲斐なく、魔力の封印は解けずじまいだ。
その代わり、万年筆の銀の先端を鋭く尖らせてある。ニコが魔力を掌に集める隙に、首筋を突けばいい。
人に武器を向けたのは、一周目の婚約式の一度きりだが、実行できるはず。
「行くぞ」
ニコの号令で、ぞろぞろ石階段を降りていく。来賓も洞窟管理役もみな舞踏の間に集まっており、廊下は人気がない。
(ソーマ?)
途中、近衛騎士の詰所に黒い礼服の裾を垣間見た気がするが、夢想のし過ぎだろう。
緊張のせいか、手が冷たい。最後にソーマの体温を味わいたかった――なんて、この期に及んで夢見てしまう。もう叶わないのに。
今朝方。手記を奪われたままなので自作戯曲を読み返して自分を慰めることもできず、古い書簡の裏に最後の新作を書き連ねた。
[ユーリィ。おいで]
使命を果たし、血を流すわたしを、ソーマが迎えにきてくれる。
手が汚れるのも厭わず、巻き毛にこびりついた血を拭ってくれる。
[僕といこう。一緒だから怖くないよ]
[はい。ですが……もう少し近くに来ていただきたいです]
「ふふ。こう?」
わたしの甘えも受け止め、ぎゅっと抱擁してくれる。
ソーマの笑顔は慈しみに溢れる。しかしその胸にはぽっかり穴が開いている。
青白く光を帯びたその傷は、原作のわたしが負わせたもの。わたしはわたしに嫉妬する――。
懐の万年筆に手を当て、夢想を切り上げた。
(魔法戦争の爪痕はあれど、わたしにとってフセスラウは美しく愛すべき国でした。それも見納めです)
階段の小窓から、緑濃い山林、色とりどりの花畑、収穫を控えた葡萄園とそこで働く者たちを目に焼きつける。
舞踏の間の前で、ニコの子飼いの騎士と合流した。
彼らを引き連れて式に乗り込む。ものものしい空気にざわめきが起こった。ニコは構わず舞踏の間の真ん中まで歩を進め、腰の剣を高く掲げる。
「お集まりのみなさん。善き日を迎えるにあたり、お話ししたいことがあります」
「いかにも」
ニコに相槌を打ったのは、シメオンでもペトルでも、わたしでもない。
声の主――エドゥアルド公爵が、颯爽と、背後の扉から入ってきた。
【ユーリィ死亡ふらぐ】
① ⑨⑩⓫⑫⑬
「始まりの魔法遣いたち」の絵が陽光に照らされた舞踏の間で、兄とステヴァン殿下の婚約式が執り行われようとしている。
二周目は公爵との婚儀がなかったので、婚儀を見込んで用意していたものを転用し、短期間で場を整えることができた。
「受け答えは俺の言ったとおりにしろ」
私室にて、ニコが最終確認する。
革鎧姿で帯剣した彼の傍らで、礼服を着込んだシメオン、そしてニコと同じく帯剣したペトルが頷いた。ペトルは今日、わたしの手引きで牢から帰還した。
わたしも一本調子で頷く。
ニコは婚約式に乱入し、「主人公」に返り咲く算段だ。
まずシメオンにパルラディ国王の不貞を暴露させ、その際は失敗したが今度はステヴァン王太子がフセスラウを奪おうとしている、と烙印を押す。
ペトルには、「王になりたくない」とこぼしていた兄を案じて公爵を襲ったのだと証言させる。
兄の本心を受け、わたしは王位継承権を求める。ニコはわたしの婚約者として将来の王婿の座に収まる。
さらに、ステヴァン殿下と引き離された兄を慰め、手中にする流れだとか。
わたしは特に牽制しなかった。どちらにしろ、一周目の記憶は兄の婚約式までしかない。以降のことはわからない。
だから三度手遅れにならぬよう――ニコを道連れに死ぬつもりだ。
フセスラウの未来にとって、「テンセイシャ」のニコが脅威なのは明白である。第二王子として、国の安寧に寄与したい。
ソーマが消えた今、警告も意味をなすまい。ニコには現状の「脇役」のまま死んでもらう。「脇役」はいてもいなくても、世界は進む。
(ただわたしにとって、ソーマがいない世界は、生きているも死んでいるも変わりません)
やっと吹っ切れた。いつかどこかの世界でソーマと再び出会えるよう、何度も命を擲った彼には及ばずとも、善き脇役として終わろう。
ちなみに書庫に通った甲斐なく、魔力の封印は解けずじまいだ。
その代わり、万年筆の銀の先端を鋭く尖らせてある。ニコが魔力を掌に集める隙に、首筋を突けばいい。
人に武器を向けたのは、一周目の婚約式の一度きりだが、実行できるはず。
「行くぞ」
ニコの号令で、ぞろぞろ石階段を降りていく。来賓も洞窟管理役もみな舞踏の間に集まっており、廊下は人気がない。
(ソーマ?)
途中、近衛騎士の詰所に黒い礼服の裾を垣間見た気がするが、夢想のし過ぎだろう。
緊張のせいか、手が冷たい。最後にソーマの体温を味わいたかった――なんて、この期に及んで夢見てしまう。もう叶わないのに。
今朝方。手記を奪われたままなので自作戯曲を読み返して自分を慰めることもできず、古い書簡の裏に最後の新作を書き連ねた。
[ユーリィ。おいで]
使命を果たし、血を流すわたしを、ソーマが迎えにきてくれる。
手が汚れるのも厭わず、巻き毛にこびりついた血を拭ってくれる。
[僕といこう。一緒だから怖くないよ]
[はい。ですが……もう少し近くに来ていただきたいです]
「ふふ。こう?」
わたしの甘えも受け止め、ぎゅっと抱擁してくれる。
ソーマの笑顔は慈しみに溢れる。しかしその胸にはぽっかり穴が開いている。
青白く光を帯びたその傷は、原作のわたしが負わせたもの。わたしはわたしに嫉妬する――。
懐の万年筆に手を当て、夢想を切り上げた。
(魔法戦争の爪痕はあれど、わたしにとってフセスラウは美しく愛すべき国でした。それも見納めです)
階段の小窓から、緑濃い山林、色とりどりの花畑、収穫を控えた葡萄園とそこで働く者たちを目に焼きつける。
舞踏の間の前で、ニコの子飼いの騎士と合流した。
彼らを引き連れて式に乗り込む。ものものしい空気にざわめきが起こった。ニコは構わず舞踏の間の真ん中まで歩を進め、腰の剣を高く掲げる。
「お集まりのみなさん。善き日を迎えるにあたり、お話ししたいことがあります」
「いかにも」
ニコに相槌を打ったのは、シメオンでもペトルでも、わたしでもない。
声の主――エドゥアルド公爵が、颯爽と、背後の扉から入ってきた。
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