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7章 これが魔法遣いたちの望みです
22話 書かれなかった物語②
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最上階だというのに露台を伝ってきたのか。
いや。夜闇ゆえ、掌と両足がかすかに光を帯びているのがわかる。
「兄上も、魔法を遣えるのですか?」
一周目の記憶を活用できなくなって、いきなりの試練だ。
兄は上衣の片側が肩から落ちたまま。紫眼は、キョウセイリョクが働いたときのソーマとは違って――。
恨みが見て取れる。わたしへの恨みが。
「ユーリィ、きみだけ自由に生きていけるなんて、不公平じゃないか。私は先に生まれたために死ぬまで国に囚われる。しかも初恋の公爵まで手に入れて……裏切り者」
台詞を読むのが上手い彼だからこそ、誰かに言わされているのではないと伝わってきた。
一周目にも聞いた、本音だ。
わたしは二周目も自分で手一杯で、兄の孤独に寄り添えていなかった。ステヴァン殿下がついていればいい、と考えていた。
立ち上がり、ゆっくりと兄に歩み寄る。
「兄上。わたしも、本当は、兄上がうらやましかったですよ。国を統べる使命があり、清廉なお人柄でたくさんの方から愛されています。そんな兄上が……わたしの誇りです。一生兄上を補佐するつもりです。だって、ふたりきりの兄弟ではないですか」
相反する心情を吐露した。兄も、弟の本音を知らなかったろう。
次期王の重圧をわずかでも分け合えればと、手を握ろうとする。
しかし、ぱしっと振り払われた。
「手遅れだよ。私は……穢されてしまった」
血の気がなくとも美しい顔が、歪む。
わたしの目の前で、兄が掌を掲げる。
「ユーリィ!!!」
ソーマが半ば体当たりでわたしを庇う。一周目と同じ結末になってしまったかと思いきや――。
兄が再び攻撃魔法を放つことはなかった。魔力量が少ないらしい。
「そうやって見せつけて……っ!」
それでも人が変わったように、わたしに掴み掛かってくる。
「兄上、落ち着いてください、」
宥めようとしたわたしの掌が、一転して光を帯びた。それと寝台の枕元の絵を交互に見たソーマが、囁く。
「君の役目はまだ終わってない。ニコと僕の転生によって必ず闇堕ちしちゃうコンスタンティネを……退けなきゃいけない。始まりの魔法遣いたちも望む『安寧』を阻む最後の要因で、君の最後の死亡ふらぐでもある」
「退ける、って」
いったん兄の手から逃れ、ソーマを問い質す。
「兄は誰かに意識を乗っ取られてはいませんよ。まさか殺せというのですか?」
国の安寧と兄の幸せが両立しないなんて、受け入れがたい。
「でないと君が殺される。九回目、いや、これまでのやり直しはぜんぶ……」
ソーマが言葉を切る。また独りで背負おうとしている。
国を――世界を守るために、王太子を葬ると。
どうしてこんな大役を。寝台の横をすり抜ける際に、「始まりの魔法遣いたち」の絵をじとりと見遣る。
――ああ、これが、わたしが憧れていた「使命」の重圧か。
「こじれたのは、お兄さんっ子で純粋な君に知られたくなくて黙ってた僕の責任だ。僕がやろう」
そう長くは逃げ回れない。ソーマが覚悟の一言とともに踏み出す。
わたしはその前に立ちはだかった。
「いいえ。わたしが欲した役割で……、わたしの兄です。わたしは、悪役王子」
兄に押し倒されながらも、言い放つ。
「兄上。わたしが王位継承権を丸ごと頂戴します」
それで兄が自由になれるのなら。
兄弟の物語を、きちんと演じきってみせよう。
(「原作」のわたしは、フセスラウに攻め込み、兄にも武器を向けるのでしょう。つまりわたしには、それができる……)
そして今のわたしは、ソーマを譲ることはできない。ソーマのいる世界と兄のいる世界なら、ソーマを選ぶ。
(ゆるして、ください)
わたしの決意を待っていたかのように、掌に内なる力が集まる。髪を振り乱してわたしに馬乗りになる兄の華奢な身体を、抱き締める。
「――わかりますよ、兄上」
そのとき、扉から男がひとり駆け込んできた。
いや。夜闇ゆえ、掌と両足がかすかに光を帯びているのがわかる。
「兄上も、魔法を遣えるのですか?」
一周目の記憶を活用できなくなって、いきなりの試練だ。
兄は上衣の片側が肩から落ちたまま。紫眼は、キョウセイリョクが働いたときのソーマとは違って――。
恨みが見て取れる。わたしへの恨みが。
「ユーリィ、きみだけ自由に生きていけるなんて、不公平じゃないか。私は先に生まれたために死ぬまで国に囚われる。しかも初恋の公爵まで手に入れて……裏切り者」
台詞を読むのが上手い彼だからこそ、誰かに言わされているのではないと伝わってきた。
一周目にも聞いた、本音だ。
わたしは二周目も自分で手一杯で、兄の孤独に寄り添えていなかった。ステヴァン殿下がついていればいい、と考えていた。
立ち上がり、ゆっくりと兄に歩み寄る。
「兄上。わたしも、本当は、兄上がうらやましかったですよ。国を統べる使命があり、清廉なお人柄でたくさんの方から愛されています。そんな兄上が……わたしの誇りです。一生兄上を補佐するつもりです。だって、ふたりきりの兄弟ではないですか」
相反する心情を吐露した。兄も、弟の本音を知らなかったろう。
次期王の重圧をわずかでも分け合えればと、手を握ろうとする。
しかし、ぱしっと振り払われた。
「手遅れだよ。私は……穢されてしまった」
血の気がなくとも美しい顔が、歪む。
わたしの目の前で、兄が掌を掲げる。
「ユーリィ!!!」
ソーマが半ば体当たりでわたしを庇う。一周目と同じ結末になってしまったかと思いきや――。
兄が再び攻撃魔法を放つことはなかった。魔力量が少ないらしい。
「そうやって見せつけて……っ!」
それでも人が変わったように、わたしに掴み掛かってくる。
「兄上、落ち着いてください、」
宥めようとしたわたしの掌が、一転して光を帯びた。それと寝台の枕元の絵を交互に見たソーマが、囁く。
「君の役目はまだ終わってない。ニコと僕の転生によって必ず闇堕ちしちゃうコンスタンティネを……退けなきゃいけない。始まりの魔法遣いたちも望む『安寧』を阻む最後の要因で、君の最後の死亡ふらぐでもある」
「退ける、って」
いったん兄の手から逃れ、ソーマを問い質す。
「兄は誰かに意識を乗っ取られてはいませんよ。まさか殺せというのですか?」
国の安寧と兄の幸せが両立しないなんて、受け入れがたい。
「でないと君が殺される。九回目、いや、これまでのやり直しはぜんぶ……」
ソーマが言葉を切る。また独りで背負おうとしている。
国を――世界を守るために、王太子を葬ると。
どうしてこんな大役を。寝台の横をすり抜ける際に、「始まりの魔法遣いたち」の絵をじとりと見遣る。
――ああ、これが、わたしが憧れていた「使命」の重圧か。
「こじれたのは、お兄さんっ子で純粋な君に知られたくなくて黙ってた僕の責任だ。僕がやろう」
そう長くは逃げ回れない。ソーマが覚悟の一言とともに踏み出す。
わたしはその前に立ちはだかった。
「いいえ。わたしが欲した役割で……、わたしの兄です。わたしは、悪役王子」
兄に押し倒されながらも、言い放つ。
「兄上。わたしが王位継承権を丸ごと頂戴します」
それで兄が自由になれるのなら。
兄弟の物語を、きちんと演じきってみせよう。
(「原作」のわたしは、フセスラウに攻め込み、兄にも武器を向けるのでしょう。つまりわたしには、それができる……)
そして今のわたしは、ソーマを譲ることはできない。ソーマのいる世界と兄のいる世界なら、ソーマを選ぶ。
(ゆるして、ください)
わたしの決意を待っていたかのように、掌に内なる力が集まる。髪を振り乱してわたしに馬乗りになる兄の華奢な身体を、抱き締める。
「――わかりますよ、兄上」
そのとき、扉から男がひとり駆け込んできた。
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