おもしろSFショート

山田みぃ太郎

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失われた時 1

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 愛宕胃腸科で、その日最後の患者さんの診療をした。その方は長年胃潰瘍を患っておられ、それで胃潰瘍の治療とピロリ菌の除菌をして差し上げ、そしてその日は、その最終の結果をご説明した。
 幸い、胃潰瘍はきれいに治り、ピロリ菌の除菌も上手く出来ていて、私がそれを説明をすると大変喜んでおられた。
 それで説明も終わり、そしてその方がその日最後の患者さんだったこともあり、成り行き上何となく世間話になり、ついつい話し込んでしまった。
 その方はご高齢で、仲の良さそうな同年代の奥さんと一緒に来院されていた。そしてその世間話で、その方は意外な、というか、とんでもない過去の話になった。
 その方は冤罪で何十年も苦しんでおられたのだ。

 それがどんな罪で、どういう経緯で何十年も服役することになったか。どういう経緯で無罪を勝ち取り釈放されたか。そのこといついてここで述べるつもりは毛頭ない。述べたところでどうにもならない。すべて済んだことだ。だからどうにもならない。
 いや、最小限のこと、つまり簡単に言うと、何度も再審がなされ、その戦いの中で奥さんと知り合い、獄中結婚され、やがて無罪を勝ち取り、晴れて自由の身になった。
 実はその方は、二十代でその事件に巻き込まれていた。そして誤認逮捕され…
 いやいや、それはもういい。そんなことより、その方が望んでおられたのは、もしも叶うなら…、の話であるけれど、それは「失われた時」を取り戻したいということだ。二十代から初老まで、その長い長い数十年間。
 だけどそれを取り戻すには、タイムマシンでもなければ…
 いやいや、ここにはタイムマシンはあるではないか。例のタイム人力車だ!
 そのタイム人力車は、とある偉大な音楽家を現代へ連れてくるために蒸気自動車風にしたり、仲間と過去へキャンプに行くためにタイムキャンピングカー風にしたり、はたまた「動く家」にして火星へ行ったりしたけれど、結局またオリジナルのタイム人力車の仕様に戻していた。それは私の気まぐれなのだが。
 ともあれ、その失われた時を取り戻すためには、そのタイム人力車でお二人を、彼らが希望される過去へ送り届ければいい!

「だけど過去へ戻していただくだけでは、私の望みは叶わないのです」
「と、申しますと?」
「たとえ先生が開発なさったというタイム人力車で、私の若い時代へ帰ることが出来たとしても、私はもうこんな歳ですし、あと何年生きられるかも分かりません。私は二十歳代で誤認逮捕され、二十代、三十代、四十代、五十代そして…、それもう私の人生の大部分は刑務所の中だったのです。だから私が二十歳代の、あの若かった時代に帰ったとしても、私自身がこの歳ではもはや…」
 そのかたの、そんなお話を聞き、なるほどと思った。いやいや、それは当たり前だ。
 それは失われた時…
 だからそれをどうやって取り戻せるのか。
 そのためにはその方を二十歳代の時代に、その二十歳代の姿で送り届けてあげる必要がある。つまりその方の望みを叶えるためには、タイムマシンだけじゃだめなのだ。つまり、歳も若くしなければ…
 つまりこれは究極のアンチエイジングなのだけど、そんなことは夢物語。
 いやいやそうではない。
 実は私の知り合いで、私と同程度かそれ以上の変わり者で、しかも凄まじい天才がいる。そしてその方は、ここにおられるご老人を、それこそ青春時代にだって送り届けることだって出来る。つまり豪快に若返らせることが可能な、恐るべきマシンを開発されているのだ。

「実は、私の開発したタイム人力車と、その、私の友人が開発したエイジマシンを組み合わせれば、あなたの望みは完璧に実現できるでしょう」
「何ですと? エイジマシン?」
「それはあなたがたを自由な年齢に変えることが出来ます」
「本当ですか?」
「もちろん! で、あなたの青春時代は…」
「私の青春時代? ええと…、それは1970年代ですね」
「そうですか、いい時代ですね。今とは違って、日本が活気にあふれていた」
「そうでしたよ。大学を卒業して、就職して、これから人生を謳歌しようってね。あのイキイキとした時代に、だけど突然逮捕されてね。それからあの地獄の日々で、やっと自由になって、さあこれから、今度こそ! そう思ったけれど、だけどこの歳でね。でも本当にそんな、正真正銘の、私の青春時代に戻れるんですか? で、私の女房も、こいつも若返るんですか?」
「もちろんそうですよ。あ~、よろしければ今からすぐにでも…」

「失われた時 2」へ続く
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