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第22話 成立
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岡田総理の辞任と衆議院解散は、即座に新聞の一面を飾った。大手の新聞各社は、スペイン内戦の勃発が辞任と解散を呼び寄せたとの推測を立てる。実際はそんなことはないのだが。
そして、その影に埋もれたニュースが一つ。大本営常時組閣法案である。
その内容は、「大本営を、陸海軍を統帥する天皇陛下への情報提供と助言を主たる任務とし、加えて昨今の世界情勢を鑑みて統率された命令系統を確立するため、総理大臣、陸軍大臣、海軍大臣の連名のもと、天皇陛下の承認により設置解散する」というものであった。
またこの法案によって、これまで法的な規定が無かった大本営立川戦略研究所を、正式に大本営の直下に置くことが決まる。これにより、天皇陛下に助言する大本営、陛下の直下にある内閣に助言する立川戦略研究所、大本営に情報提供する立川戦略研究所、という奇妙奇天烈で不可解な構図が出来上がった。
一部の政治家と法学者は、よく分からない研究所が軍令に関わる権限を最大限にまで保有していると主張し、若干混乱を招いた。
しかし、実際に可決されてしまったのだ。今更文句を言っても仕方ないだろう。
可決から数日。衆議院が解散する前日に、大本営が平時より設置されることが承認された。
一九三六年二月二六日のことである。
翌日、宍戸が立川の研究所に出勤すると、そこには海軍省の役人が数名来所していた。
「どうも。あなたが宍戸所長で?」
「えぇ」
「大本営海軍部第四課課長の垣田です。以後お見知りおきを」
「よろしくお願いします。今日は何用ですか?」
「今後の海軍のあり方についてお話をしようかと思いましてね。軍の未来を作るのは教育ですから」
「なるほど。でしたら、応接室にどうぞ。少ししたら向かいます」
手荷物を自分の席に置いた宍戸は、服装を整えて応接室に向かう。小一時間ほど海軍の方針について話した。主に対空戦闘の想定や、それに合わせて航空機の重要性と訓練の助言を行った。
その後、陸軍省の役人がやってきて、そこそこ重要な話を持ってきた。
「満州国にいる関東軍の引き上げについて、少々助言をいただきたい」
役職の高そうな人が、かなり不満な表情でそんなことを言う。その後ろにいる部下と思われる人は、そんなことを微塵も思ってなさそうだったが。
「それなら、これからそれに関して会議を行いますので、ぜひ参加していきませんか?」
宍戸は早速会議室に案内して、会議の様子を見学させる。
「では会議のほうを始めさせていただきます。議題は、満州国にいる関東軍の引き上げ、及び処遇についてです。すでに関東軍に対して、引き上げ勧告を通知した段階であり、これから軍を満州国から撤退させることになります。今のところ勧告に応じている部隊は全体の八割ほどであり、そのほとんどが朝鮮半島まで撤退する手立てになっています」
「残りの二割のほうはどのような状況ですか?」
「ほとんどは陛下からの軍令を信じていないとされています。特に階級が高く、満州国において重要な役職についている軍人、及びその部隊が渋ってるかと」
そこで、海軍の研究員が意見を出す。
「撤退しない部隊には国賊の烙印を押して、同じ関東軍の手によって強制撤退、もしくは殲滅させるのがよろしいかと」
それに対して、見学している陸軍省の役人が立ち上がって怒鳴る。
「な、何を言っている! それはただの同士討ちではないか!」
「あくまで脅しですよ。そもそも陛下からの命令を無視するのは、帝国臣民としていかがなものですかねぇ?」
この時代だからこそ効く煽り。宍戸にはない常識がここではまかり通っている。
「ぐっ……! しかし、彼らが去ったあとは、誰が満州国を守る? 関東軍こそが対ソ連における抑止力なのだ!」
「そんなことをしていれば、満州国はいつまでも日本の属国ですよ」
宍戸が釘を刺すように言う。
「属国がなんだ。事実、我が帝国の手助けが無ければ、満州国は建国できなかったではないか」
「政治の中枢に他国の軍人がいる時点で、内政干渉だと思いますがね」
宍戸は、自分の認識をぶつける。
「満州国は五族協和を謳っているでしょう。いろんな民族が混じり合って、一つの国家を成す。これはアメリカの現状と一緒ではないですか? アジアにおける米国、その建国の手助けをした日本と宣伝すれば、少しは経済制裁もマシになるのではないですかね」
その言葉に、役人は握りこぶしを作りながら椅子に座った。宍戸の主張が効いたのだろう。
「話を戻しまして、現在撤退している部隊は朝鮮半島に、撤退しない部隊には攻撃を加えるということでよろしいですか?」
その時、陸軍の研究員が手を上げる。
「それで概ね問題ないのですが、兵の数がかなり多いのが気になります。現在引き上げている部隊の半分は、内地に送ってもよいのではないでしょうか?」
「そうですね。すぐに海軍と民間に連絡を取り、輸送艦を朝鮮半島に送りましょう」
「分かりました」
そういって事務方の研究員が、速報を出すために会議室を出る。
「しかし、それでも兵力が有り余っている状態です。もう少しどこかに分散させたいのですが……」
それを聞いた宍戸の脳内で、ピースがはまる音がした。
「それなら、内戦真っ只中のスペインに送りましょう」
「えっ?」
一同が驚愕した。
そして、その影に埋もれたニュースが一つ。大本営常時組閣法案である。
その内容は、「大本営を、陸海軍を統帥する天皇陛下への情報提供と助言を主たる任務とし、加えて昨今の世界情勢を鑑みて統率された命令系統を確立するため、総理大臣、陸軍大臣、海軍大臣の連名のもと、天皇陛下の承認により設置解散する」というものであった。
またこの法案によって、これまで法的な規定が無かった大本営立川戦略研究所を、正式に大本営の直下に置くことが決まる。これにより、天皇陛下に助言する大本営、陛下の直下にある内閣に助言する立川戦略研究所、大本営に情報提供する立川戦略研究所、という奇妙奇天烈で不可解な構図が出来上がった。
一部の政治家と法学者は、よく分からない研究所が軍令に関わる権限を最大限にまで保有していると主張し、若干混乱を招いた。
しかし、実際に可決されてしまったのだ。今更文句を言っても仕方ないだろう。
可決から数日。衆議院が解散する前日に、大本営が平時より設置されることが承認された。
一九三六年二月二六日のことである。
翌日、宍戸が立川の研究所に出勤すると、そこには海軍省の役人が数名来所していた。
「どうも。あなたが宍戸所長で?」
「えぇ」
「大本営海軍部第四課課長の垣田です。以後お見知りおきを」
「よろしくお願いします。今日は何用ですか?」
「今後の海軍のあり方についてお話をしようかと思いましてね。軍の未来を作るのは教育ですから」
「なるほど。でしたら、応接室にどうぞ。少ししたら向かいます」
手荷物を自分の席に置いた宍戸は、服装を整えて応接室に向かう。小一時間ほど海軍の方針について話した。主に対空戦闘の想定や、それに合わせて航空機の重要性と訓練の助言を行った。
その後、陸軍省の役人がやってきて、そこそこ重要な話を持ってきた。
「満州国にいる関東軍の引き上げについて、少々助言をいただきたい」
役職の高そうな人が、かなり不満な表情でそんなことを言う。その後ろにいる部下と思われる人は、そんなことを微塵も思ってなさそうだったが。
「それなら、これからそれに関して会議を行いますので、ぜひ参加していきませんか?」
宍戸は早速会議室に案内して、会議の様子を見学させる。
「では会議のほうを始めさせていただきます。議題は、満州国にいる関東軍の引き上げ、及び処遇についてです。すでに関東軍に対して、引き上げ勧告を通知した段階であり、これから軍を満州国から撤退させることになります。今のところ勧告に応じている部隊は全体の八割ほどであり、そのほとんどが朝鮮半島まで撤退する手立てになっています」
「残りの二割のほうはどのような状況ですか?」
「ほとんどは陛下からの軍令を信じていないとされています。特に階級が高く、満州国において重要な役職についている軍人、及びその部隊が渋ってるかと」
そこで、海軍の研究員が意見を出す。
「撤退しない部隊には国賊の烙印を押して、同じ関東軍の手によって強制撤退、もしくは殲滅させるのがよろしいかと」
それに対して、見学している陸軍省の役人が立ち上がって怒鳴る。
「な、何を言っている! それはただの同士討ちではないか!」
「あくまで脅しですよ。そもそも陛下からの命令を無視するのは、帝国臣民としていかがなものですかねぇ?」
この時代だからこそ効く煽り。宍戸にはない常識がここではまかり通っている。
「ぐっ……! しかし、彼らが去ったあとは、誰が満州国を守る? 関東軍こそが対ソ連における抑止力なのだ!」
「そんなことをしていれば、満州国はいつまでも日本の属国ですよ」
宍戸が釘を刺すように言う。
「属国がなんだ。事実、我が帝国の手助けが無ければ、満州国は建国できなかったではないか」
「政治の中枢に他国の軍人がいる時点で、内政干渉だと思いますがね」
宍戸は、自分の認識をぶつける。
「満州国は五族協和を謳っているでしょう。いろんな民族が混じり合って、一つの国家を成す。これはアメリカの現状と一緒ではないですか? アジアにおける米国、その建国の手助けをした日本と宣伝すれば、少しは経済制裁もマシになるのではないですかね」
その言葉に、役人は握りこぶしを作りながら椅子に座った。宍戸の主張が効いたのだろう。
「話を戻しまして、現在撤退している部隊は朝鮮半島に、撤退しない部隊には攻撃を加えるということでよろしいですか?」
その時、陸軍の研究員が手を上げる。
「それで概ね問題ないのですが、兵の数がかなり多いのが気になります。現在引き上げている部隊の半分は、内地に送ってもよいのではないでしょうか?」
「そうですね。すぐに海軍と民間に連絡を取り、輸送艦を朝鮮半島に送りましょう」
「分かりました」
そういって事務方の研究員が、速報を出すために会議室を出る。
「しかし、それでも兵力が有り余っている状態です。もう少しどこかに分散させたいのですが……」
それを聞いた宍戸の脳内で、ピースがはまる音がした。
「それなら、内戦真っ只中のスペインに送りましょう」
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一同が驚愕した。
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