魔女の呪いと竜の骨

碧衣 奈美

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07.対応できない

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 今回だけ親切なのか、いつもそうなのか。
 リュイスは「解ける術」をかけている。しかも「人間に扱える魔法だ」ということも言っていた。
 それなら、自力でシェイナを元の姿に戻すことができる。死ぬまでこのまま、という訳ではないのだ。
 解く方法を探せと言うのなら、何としても探し出さなければ。
「載ってないと思う……」
 ぼそりとつぶやく声が聞こえた。
「シェイナ?」
「あたし、この家にある魔法書には全部目を通したもん。だけど、呪いを解く方法なんてなかった。だから、きっと探しても見付からないわ。変化へんげの術って、魔女は言ったわよね。それもなかったと思う」
 実戦より、魔法書を読むことが好きなシェイナ。アートレイドは必要事項を選択して魔法書を見てきたが、シェイナは全てを読んできたのだ。
 呪いを解く、なんて普通では見ることのない項目があれば、絶対記憶に残っているはずだ。
「そう、か。じゃあ……」
 どうすればいいだろう。ここに知りたい魔法はない。それなら……その魔法がある場所を探さなくては。
 少なくとも、この村にはない。だったら。
「街へ行くか。そこになければ、街の魔法使いに情報がありそうな場所を聞いてみて……それから考えよう」
 シェイナをどうするか迷ったが、それも一瞬。
 アートレイドは、彼女を連れて行くことにした。
 ここに置いていても、シェイナは自分の世話もまともにできない。ねこの手で料理はできないし、本来人間の彼女が獣のような生活などできるはずもないだろう。
 村の人に託すという手もあるが、魔女に呪いをかけられた、とわかれば誰もがちゅうちょするに違いない。いくらよく見知った女の子でも、呪いという言葉を聞かされれば敬遠するだろう。
 いいのか悪いのか、シェイナは言葉を奪われていない。しゃべるねこなんて、なおさら不気味に思われてしまう。
 シェイナも、アートレイドについて行くことを迷わなかった。
 彼女の場合、村人の気持ちうんぬんよりも、アートレイドが呪いを解く方法を見付けた時に一刻も早く解いてもらえるよう、一緒にくっついていた方がいい、と考えたからだ。
 残して行かなければならない家のこともあるので、アートレイドは村長にだけは今回の事情を話した。
 すぐに方法が見付かればいいが、リュイスは「簡単ではない」と言っていたし、恐らくそれは真実だろう。だから、いつ村へ戻れるかもわからない。
 アートレイドは戻るつもりがなかったので構わないが、シェイナは本来村に残るつもりだった。しかし、今は計画も予定もあったものではない。
 二人が村を出ることを伝え、家の処分などは村長にまかせることにした。
 他の村人には、二人が村を出た理由をそれとなく村長から話してもらうように頼んでおく。
 アートレイドとシェイナは、村人と顔を合わさないで済むよう、暗いうちからアムルの村を出た。
 街へ出ても、それらしい方法はない。多くの実力者と言われる魔法使いを訪ね、手がかりとなるようなものがないかを探したものの、全く引っ掛からない。
 もしかして、と思うようなものも、実際には何の効果もなく、そんなことが何度も続く。
 そんな流浪とも言える旅を始めて、いつの間にか一年半以上が過ぎていた。
☆☆☆
 しばらく静寂が続いた。
 アートレイドの話を聞いて、ネイロスやユーリオン、それにフローゼもかける言葉がない。シェイナはアートレイドのひざに座り、神妙な顔をしていた。
 ようやく落ち着いた村人が帰り、アートレイドがこれまでの経過を話したネイロス邸である。
「魔女の呪い、か……」
 大きく息を吐き出すようにして、ネイロスが言った。
「魔物に攻撃の魔法を向けられ、負傷した人間を診たことはある。魔性が妙な封印をかけた物を、何度か見たこともある。だが、魔女に呪いをかけられた者に会うというのは、わしも初めてだ」
「つまり、あなたは呪いを解いたことがないってことね」
 シェイナが落胆したような口調で、確認する。
「ああ、残念ながら。本来なら、呪いをかけられた者が近くにいなかったことは、幸いと考えるべきなのだろうが……」
「ぼくも、話でしか知らないよ。ぼくはそもそも、魔物に遭った回数も少ないからね」
 この言い方では、改めて確認するまでもない。
 アートレイドが今回訪ねた魔法使いも、呪いを解く方法を知らないのだ。
「おじいちゃん、誰か解く方法を知っていそうな人、他に知らない?」
 アートレイドが尋ねようとしたことを、フローゼが先に聞いた。
「魔物の呪いを解いた者は知っているが、魔女の呪いを解けるかどうかだな。この子を見ている限り、相当強い力でかけられているし、難しいだろう」
 そう言って、ネイロスは小さくため息をつく。
変化へんげの術、と言ったか。術の存在は知っているが、その術を誰かにかけた、という魔法使いには会ったことがない。姿を変える術なら、戻す方法があるのは当然だろうが……方法があったとしても、かけた時の力に対抗できるだけの強い魔力が必要になるだろう。今度は、そういった魔法使いを探すことになる。わしの頭に浮かぶ者達にそこまで強い魔力を持つ者はおらんし、わしやユーリオンでもこの力にはとても対応できん」
「悔しいですね。目の前に、こんなに困っている人がいるというのに」
 ネイロスは実力者だ、と聞き、アートレイドは彼を訪ねた。その彼が「対応できない」とはっきり言うくらいなのだから、仮に方法がわかったとしても、経験の浅いアートレイドにできるはずもない。
 魔女リュイスの言った「戻すのは簡単ではない」という部分は、この点にもあったのだ。
 これまでにも、彼らと似たようなことは何度か言われている。
「お二人が戻られる前、フローゼに頼んで書庫の魔法書を少し見せてもらいました。あの中に、変化の術が載っている魔法書はありますか」
 ネイロスは「術の存在は知っている」と言った。つまり、知識だけで呪文を自分のものにしていない、ということ。そうなれば、魔法書に頼るしかない。
 ちょっとした図書館のように、棚にずらりと並ぶ蔵書の数々。しかも、年代物が多数あるようだし、その中に方法が載っている本が一冊くらいあってもよさそうな気がする。
 さっきの騒ぎまでアートレイドは魔法書を見ていたが、せいぜい十数冊。全蔵書の一割にすら満たない数だ。
「変化の術については、己や物にかけるものと、他者にかけるものがあるが……他者にかける術について書かれている魔法書は、少ないと聞く。わしも読んだかどうか、記憶があいまいだ。書庫にあるとは限らんぞ」
 膨大な蔵書数のため、どの本にどんなことが書かれているかまでは、持ち主であるネイロスもさすがに細かく覚えていない。
「それは承知しています。少しでも手がかりがありそうだってことなら、もうしばらく見せてもらえませんか。もしそれらしい術があれば書き留めて、改めてその術を使える魔法使いを探しに行きます」
「そうか。……そうだな。一つずつ、つぶしていくしかあるまい」
 それ以外に、彼らにもいい方法は思いつかない。せっかく手がかりとなりえそうな本が山のようにあるのだ、それを使わない手はなかった。
「じゃ、また見せてもらいます」
 アートレイドが立ち上がり、兄のひざにいたシェイナは慌てて床に降りた。
「今からかね?」
「ええ。少しでも時間が惜しいので」
 早く方法を見付けられれば、それだけ早くシェイナを元に戻せる。わずかな時間も、今は無駄にしたくなかった。
「そうか。自由に見てくれ。すまないが、わしはもう目が追いつかなくなってな。長い時間、本を読むことができんのだ」
「いえ、自分でやりますから。魔法書を見せてもらえるだけで、十分です」
 解呪方法が書かれた本があるかも、という情報をもらえた。どんなに心もとなくても、希望につながるというものだ。
「用を済ませたら、ぼくも手伝うよ。あの数を一人では、さすがに無理があるだろ」
「ええ、それは……。手伝っていただけるなら、助かります」
 フローゼは途中だった夕食の準備を続けるので、できたら呼びに行く、と言った。
「きみはどうする? その手では、魔法書を棚から取り出すのは難しいんじゃないかな」
「うん……」
 ユーリオンに言われ、シェイナは自分の手を見た。
 ねこの手でも本のページをめくることはできるが、棚から本を取り出して……というのは無理がある。
 できたとしても、本を床に落としたりするかも知れないし、そうなったら本が傷んでしまう。
 フローゼから「ネイロスは本をとても大事にしている」と聞いたし、親切を仇で返したくない。
 しかし、そうなるとシェイナは何もできないのだ。自分のことなのに、アートレイドにまかせるしかない。
 それで少し癇癪を起こし、さっきのような騒ぎが起きてしまった。
「アートレイドの話だと、きみは本が好きなんだろう? よければ、最近刊行された魔法書を読むかい? ただぼんやりと時間が過ぎるのを待つよりは、いいんじゃないかな」
 ユーリオンの言葉に、シェイナの目が輝いた。
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