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01.新天地にて
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「こんにちは、おとなりさん」
大きな青い瞳を輝かせながら、女の子が垣根の向こうからひょいと顔を出した。
「あ……こ、こんにちは」
引っ越しのダンボールを持って垣根のそばを歩いていたシアンは、いきなり現れた顔に驚き、一瞬声が出なかった。
それでも、どうにかあいさつの言葉を口にする。
前触れなく現れたのは、間違いなく美人の部類に入る女の子だ。
肩で切りそろえられた、明るい金色のストレートヘア。どちらかと言えば、上がり気味な、濃い青の瞳。垣根で全体はしっかりとは見えないが、スタイルもかなりいい。
シアンとあまり変わらない年頃のように思えるから、十五、六歳くらいか。
今は初夏で、特に今日はいい天気だ。そんな空の下で重い荷物を持ち、トラックと家の間を何度も往復している。
こめかみから汗が流れたのは、そんな理由だけではない……はず。
「初めまして。あたしはディシュリーン。あなたは?」
「ぼくは……シアン」
ディシュリーンから目が離せないまま、シアンは答えた。
垣根を無視しても、せいぜい三歩分くらいしかない距離。こんな間近で初対面の女の子と、しかも美人と話したことなんてない。
シアンは自分がコミュ障だとは思っていないが、突然のこの状況ではさすがになめらかな話し方は難しかった。
おとなりさん、と呼びかけてきたからには、ディシュリーンと名乗った彼女はシアンの新しい隣人ということだろう。
「よろしく、シアン。ねぇ、どこから越して来たの?」
「えっと、エンチアンから」
シアンの答えに、ディシュリーンはわずかに首をかしげた。
「エンチアン? ずいぶん遠い星から来たのねぇ。あたし、名前くらいしか知らないわ」
「詳しく知ってるのは、そこの住人か星マニアくらいだよ。田舎の星だから」
同じギスターン銀河の中に存在している星同士でも、シアンがそれまで住んでいたエンチアンと、ここファルグでは相当の距離がある。
その間には、当然多くの惑星が存在し、はっきり言えば片田舎のような星のエンチアンを知る人は少ない。
ディシュリーンのように「名前だけは知ってる」という人が圧倒的だ。知っているだけでもすごい、とシアンは思っている。
「あら、ファルグだって、この辺りの星の中じゃ、位置的には田舎の方よ」
言いながら、ディシュリーンは笑う。
「そうなの? まだ街の方へは行ってないから、よくわからないけど」
「砂漠がほとんどよ、この星は。でも、いい所だから。好きになってほしいな」
そう言って、ディシュリーンはまた笑った。
好きになると思う、たぶん……。
そんなことを考えたシアンだったが、口には出せなかった。
「作業の邪魔しちゃ、悪いわね。落ち着いたら、ゆっくりお話しましょ」
「う、うん……」
「この辺りのことでわからないことがあったりしたら、何でも聞いてね」
「ありがとう」
シアンが礼を言い、ディシュリーンはその場を離れようとして、またこちらを振り返った。
何だろうと思っていると、ディシュリーンはさっきよりもさらにいい笑顔をシアンに向けた。
「ようこそ、ファルグへ。歓迎するわ」
☆☆☆
シアンは両親と共に、発展途上のようなエンチアンからこのファルグへ越して来た。
エンチアンが田舎でいやだから、という理由で越して来た訳ではない。いわゆる、親の仕事の都合、というやつだ。
シアンの父シムテスは、レストランのシェフをしている。その彼の元に、ファルグにいる友人ラントから連絡がきた。ひと月くらい前のことだ。
彼の営むレストランのシェフが一人辞めるので、こちらへ来てくれないか、というものだった。
そのレストランは規模こそ大きくないが、行列ができる店だの有名なグルメ雑誌だのに載ってもおかしくない味。
ただ、オーナーであるラントが、そのテの本に掲載されるのをいやがるために出ていないだけで、通の間ではかなり評判の店なのだ。
シムテスは当然それを知っているので、初めは誘いを受けてもちゅうちょしていた。こんな田舎のシェフが……と。
だが「きみの腕を知っていて、誘っているのだから」というラントの強い勧めで、ファルグ行きを決めたのだ。
とは言え、シアンの学校のこともある。引っ越しは夏休みにしようか、という話もしたが、先方が「できるだけ早い方がありがたい」と言う。
そのことを知っていたシアンとしては、新しい家が決まれば引っ越しはいつでも構わなかった。
仲がいい友達はもちろんいるが、通信手段はいくらでもある。エンチアンに対して、特に未練はない。
普通に学校生活が送れればいいし、新しい場所で勉強するのも気分が変わっていいんじゃないかなー、とそんなに深く考えていなかったのだ。
それに、シムテスだけ先にファルグへ行き、後から母と二人で引っ越し、というのも大変そうだから、どうせなら一気に済ませたい、という気持ちもある。
こうして、シアンは高校二年になって二ヶ月ちょっと、という中途半端な時期にファルグへ引っ越しすることになった。
この「ファルグ」という星。地表面積の半分以上が砂漠である。
だが、その砂漠には流れ星が漂着するため、そこに広がっているのはただの砂ではなく、流れ星が砕けてできた星砂なのだ。
同じような惑星は他の銀河にもあるのだが、このギスターン銀河ではファルグだけ。つまり、とても珍しい惑星なのである。
星砂の砂漠も当然珍しく、観光地になっているのだ。街の中心部へ行けば、観光客用のホテルがいくつも建っている。
もっとも、見所が星砂砂漠だけのせいか、この星の住人の性格のせいか。よその観光地のように、ざわざわしていない。
素朴な都会、などと言われるような、のんびりした星である。
それでも、生まれた時から住んでいたエンチアンよりもずっとにぎやかな街があるファルグに、シアンはとても驚いた。
自分が田舎者という自覚はあったが、街を見て改めて出身星の田舎具合を知った気がする。
そして、引っ越して三日目には新しい高校に編入し……同じクラスに隣家のディシュリーンがいるのを見て、さらに驚いた。
歳が近いだろう、とは予想していたものの、まさか同じクラスになるとは。
こうして新しい学校生活が始まったシアンは、その日のうちに色んなことがわかった。知らされた、と言うべきか。
特に、シアンの「美少女な隣人」について、だ。
ディシュリーンの父は警察官で、彼女も武道に長けている。当然ながら、運動神経はいい。なので、運動系のクラブからは何度も勧誘されている。
だが、負けず嫌いな性格なので熱くなりすぎてしまうから、という理由で断っていた。それでも、頼み込まれて助っ人に入ることがたまにある。そういう時は、ほぼ快勝。
母が弁護士で子どもの頃から憧れ、法律関係の仕事を目指している。成績は、常にトップ3入り。
はっきり言えば文武両道な訳だが、優等生ぶったりしないし、誰とでもきさくに話をする。
校内で秘密裏に行われた女子人気投票では、二位以下を圧倒的に引き離して堂々一位。それが三回で、殿堂入りしている。
そんな才色兼備に目をつけている男子は多いのに、自分ではきっと彼女の相手はしきれない、と誰もが尻込みをするせいで、ずっとフリーである……などなど。
もっとも、最後の話題については、単に彼女の気持ちを射止めるだけの者がいないだけ、とも言える。
これらは、クラスの男子生徒達が教えてくれた。
彼女の隣りの家に住んでいる、ということを知って、ディシュリーンについて何か新しい情報がシアンからもたらされないか、と期待しているのだ。彼らにすればギブアンドテイク、である。
シアンは引っ越したばかりで何もわからないし、どちらかと言えばそういったことにうとい。提供できる情報なんて、あるはずもなく。
一昨日に越して来た、と聞けば、さすがに新情報は無理か、と納得するしかない。何かわかれば、ということで彼らも引き下がった。
「編入したそうそう、大変だな」
シアンの隣りの席に座る、メガネをかけた男子生徒がくすくす笑いながらこちらを見ている。顔だけで決めていいのなら、彼はどう見ても理系タイプだ。
「編入生って、そんなに珍しいのかなぁ。この歳になって、あそこまでクラスメイトに囲まれるとは思わなかったよ」
レコルトと名乗ったその生徒は、シアンの方を向いて座り直した。
「でもまぁ、最初にディシュリーンの隣の家に住んでるって白状しておいたのは、賢い選択だろうね。後からわかったら、どうして黙ってたんだって、詰め寄られかねないから」
「はは……」
白状する、と言うより、せざるを得ない状況だった。
担任教師から紹介された時、ディシュリーンがシアンに軽く手を振ったところをクラスメイト達は見逃さない。
だから、ホームルームが終わった途端、取り囲まれたのだ。
なぜ、ディシュリーンが新参者のシアンに手を振るのか、と。
短い黒髪に、ややたれた茶色の瞳。ひょろっと細く、凛々しさとは無縁のような表情は、どこか子犬を連想させる。
そんな頼りなげな男が、ディシュリーンのストライクゾーンにいるはずがない。
大きな青い瞳を輝かせながら、女の子が垣根の向こうからひょいと顔を出した。
「あ……こ、こんにちは」
引っ越しのダンボールを持って垣根のそばを歩いていたシアンは、いきなり現れた顔に驚き、一瞬声が出なかった。
それでも、どうにかあいさつの言葉を口にする。
前触れなく現れたのは、間違いなく美人の部類に入る女の子だ。
肩で切りそろえられた、明るい金色のストレートヘア。どちらかと言えば、上がり気味な、濃い青の瞳。垣根で全体はしっかりとは見えないが、スタイルもかなりいい。
シアンとあまり変わらない年頃のように思えるから、十五、六歳くらいか。
今は初夏で、特に今日はいい天気だ。そんな空の下で重い荷物を持ち、トラックと家の間を何度も往復している。
こめかみから汗が流れたのは、そんな理由だけではない……はず。
「初めまして。あたしはディシュリーン。あなたは?」
「ぼくは……シアン」
ディシュリーンから目が離せないまま、シアンは答えた。
垣根を無視しても、せいぜい三歩分くらいしかない距離。こんな間近で初対面の女の子と、しかも美人と話したことなんてない。
シアンは自分がコミュ障だとは思っていないが、突然のこの状況ではさすがになめらかな話し方は難しかった。
おとなりさん、と呼びかけてきたからには、ディシュリーンと名乗った彼女はシアンの新しい隣人ということだろう。
「よろしく、シアン。ねぇ、どこから越して来たの?」
「えっと、エンチアンから」
シアンの答えに、ディシュリーンはわずかに首をかしげた。
「エンチアン? ずいぶん遠い星から来たのねぇ。あたし、名前くらいしか知らないわ」
「詳しく知ってるのは、そこの住人か星マニアくらいだよ。田舎の星だから」
同じギスターン銀河の中に存在している星同士でも、シアンがそれまで住んでいたエンチアンと、ここファルグでは相当の距離がある。
その間には、当然多くの惑星が存在し、はっきり言えば片田舎のような星のエンチアンを知る人は少ない。
ディシュリーンのように「名前だけは知ってる」という人が圧倒的だ。知っているだけでもすごい、とシアンは思っている。
「あら、ファルグだって、この辺りの星の中じゃ、位置的には田舎の方よ」
言いながら、ディシュリーンは笑う。
「そうなの? まだ街の方へは行ってないから、よくわからないけど」
「砂漠がほとんどよ、この星は。でも、いい所だから。好きになってほしいな」
そう言って、ディシュリーンはまた笑った。
好きになると思う、たぶん……。
そんなことを考えたシアンだったが、口には出せなかった。
「作業の邪魔しちゃ、悪いわね。落ち着いたら、ゆっくりお話しましょ」
「う、うん……」
「この辺りのことでわからないことがあったりしたら、何でも聞いてね」
「ありがとう」
シアンが礼を言い、ディシュリーンはその場を離れようとして、またこちらを振り返った。
何だろうと思っていると、ディシュリーンはさっきよりもさらにいい笑顔をシアンに向けた。
「ようこそ、ファルグへ。歓迎するわ」
☆☆☆
シアンは両親と共に、発展途上のようなエンチアンからこのファルグへ越して来た。
エンチアンが田舎でいやだから、という理由で越して来た訳ではない。いわゆる、親の仕事の都合、というやつだ。
シアンの父シムテスは、レストランのシェフをしている。その彼の元に、ファルグにいる友人ラントから連絡がきた。ひと月くらい前のことだ。
彼の営むレストランのシェフが一人辞めるので、こちらへ来てくれないか、というものだった。
そのレストランは規模こそ大きくないが、行列ができる店だの有名なグルメ雑誌だのに載ってもおかしくない味。
ただ、オーナーであるラントが、そのテの本に掲載されるのをいやがるために出ていないだけで、通の間ではかなり評判の店なのだ。
シムテスは当然それを知っているので、初めは誘いを受けてもちゅうちょしていた。こんな田舎のシェフが……と。
だが「きみの腕を知っていて、誘っているのだから」というラントの強い勧めで、ファルグ行きを決めたのだ。
とは言え、シアンの学校のこともある。引っ越しは夏休みにしようか、という話もしたが、先方が「できるだけ早い方がありがたい」と言う。
そのことを知っていたシアンとしては、新しい家が決まれば引っ越しはいつでも構わなかった。
仲がいい友達はもちろんいるが、通信手段はいくらでもある。エンチアンに対して、特に未練はない。
普通に学校生活が送れればいいし、新しい場所で勉強するのも気分が変わっていいんじゃないかなー、とそんなに深く考えていなかったのだ。
それに、シムテスだけ先にファルグへ行き、後から母と二人で引っ越し、というのも大変そうだから、どうせなら一気に済ませたい、という気持ちもある。
こうして、シアンは高校二年になって二ヶ月ちょっと、という中途半端な時期にファルグへ引っ越しすることになった。
この「ファルグ」という星。地表面積の半分以上が砂漠である。
だが、その砂漠には流れ星が漂着するため、そこに広がっているのはただの砂ではなく、流れ星が砕けてできた星砂なのだ。
同じような惑星は他の銀河にもあるのだが、このギスターン銀河ではファルグだけ。つまり、とても珍しい惑星なのである。
星砂の砂漠も当然珍しく、観光地になっているのだ。街の中心部へ行けば、観光客用のホテルがいくつも建っている。
もっとも、見所が星砂砂漠だけのせいか、この星の住人の性格のせいか。よその観光地のように、ざわざわしていない。
素朴な都会、などと言われるような、のんびりした星である。
それでも、生まれた時から住んでいたエンチアンよりもずっとにぎやかな街があるファルグに、シアンはとても驚いた。
自分が田舎者という自覚はあったが、街を見て改めて出身星の田舎具合を知った気がする。
そして、引っ越して三日目には新しい高校に編入し……同じクラスに隣家のディシュリーンがいるのを見て、さらに驚いた。
歳が近いだろう、とは予想していたものの、まさか同じクラスになるとは。
こうして新しい学校生活が始まったシアンは、その日のうちに色んなことがわかった。知らされた、と言うべきか。
特に、シアンの「美少女な隣人」について、だ。
ディシュリーンの父は警察官で、彼女も武道に長けている。当然ながら、運動神経はいい。なので、運動系のクラブからは何度も勧誘されている。
だが、負けず嫌いな性格なので熱くなりすぎてしまうから、という理由で断っていた。それでも、頼み込まれて助っ人に入ることがたまにある。そういう時は、ほぼ快勝。
母が弁護士で子どもの頃から憧れ、法律関係の仕事を目指している。成績は、常にトップ3入り。
はっきり言えば文武両道な訳だが、優等生ぶったりしないし、誰とでもきさくに話をする。
校内で秘密裏に行われた女子人気投票では、二位以下を圧倒的に引き離して堂々一位。それが三回で、殿堂入りしている。
そんな才色兼備に目をつけている男子は多いのに、自分ではきっと彼女の相手はしきれない、と誰もが尻込みをするせいで、ずっとフリーである……などなど。
もっとも、最後の話題については、単に彼女の気持ちを射止めるだけの者がいないだけ、とも言える。
これらは、クラスの男子生徒達が教えてくれた。
彼女の隣りの家に住んでいる、ということを知って、ディシュリーンについて何か新しい情報がシアンからもたらされないか、と期待しているのだ。彼らにすればギブアンドテイク、である。
シアンは引っ越したばかりで何もわからないし、どちらかと言えばそういったことにうとい。提供できる情報なんて、あるはずもなく。
一昨日に越して来た、と聞けば、さすがに新情報は無理か、と納得するしかない。何かわかれば、ということで彼らも引き下がった。
「編入したそうそう、大変だな」
シアンの隣りの席に座る、メガネをかけた男子生徒がくすくす笑いながらこちらを見ている。顔だけで決めていいのなら、彼はどう見ても理系タイプだ。
「編入生って、そんなに珍しいのかなぁ。この歳になって、あそこまでクラスメイトに囲まれるとは思わなかったよ」
レコルトと名乗ったその生徒は、シアンの方を向いて座り直した。
「でもまぁ、最初にディシュリーンの隣の家に住んでるって白状しておいたのは、賢い選択だろうね。後からわかったら、どうして黙ってたんだって、詰め寄られかねないから」
「はは……」
白状する、と言うより、せざるを得ない状況だった。
担任教師から紹介された時、ディシュリーンがシアンに軽く手を振ったところをクラスメイト達は見逃さない。
だから、ホームルームが終わった途端、取り囲まれたのだ。
なぜ、ディシュリーンが新参者のシアンに手を振るのか、と。
短い黒髪に、ややたれた茶色の瞳。ひょろっと細く、凛々しさとは無縁のような表情は、どこか子犬を連想させる。
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