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02.自動販売機の下で
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ちょっと失礼な感想は、さすがに初対面で口に出されることはなかった。が、追求の手をゆるめる訳にはいかない。
その時に、シアンは家が隣同士だという話をした。引っ越しした初日に顔を合わせたから、と。
何だ、そういうことか、と安心され、さんざんうらやましがられた後で先の情報を教えられたのだ。
「彼女、そんなに人気があるんだ」
あの容姿や、引っ越しの時に話し掛けて来た気さくさを思えば、十分に納得できることではある。
「あいつらの私的感情が多分に入ってることを差し引いても、ディシュリーンが人気者だっていうのは確かだね。これまでの中じゃ、今がピークかも」
「聞いてると、ずいぶん冷めた言い方だね」
「幼なじみなんだ。俺の家が街の近くへ移ったから今は離れているけど、昔は近所に住んでいてよく遊んだからね。子どもの頃のことを知ってるってのもあるけど、あれだけ元気がいいと俺の方が疲れるんだよな。つまり、友人以上になるつもりはないってことだよ。向こうもそうらしいし」
シアンの家の向かいに住んでいたレコルト。昔は近所に同年代の子どもが複数いたが、それぞれ引っ越してしまう。なので、二人で遊ぶことが多かった。
レコルトが小学生の低学年の時。観光客相手の土産物屋を開くことになって、彼の一家は街に近い所へ引っ越した。
だが、実際のところ、店と住む家は別々。その家も、町内で一番街に近い所へ移っただけで、レコルトが通う学校は変わらなかった。
なので、ディシュリーンとの付き合いがそう変わることもなかったのだ。顔を合わせるのが学校だけになった、という程度。
「中学の頃までは、周りにもそのことを知ってる奴が多かったんだけど。高校となると、別の学区から来る人間もいるだろ。別に黙ってるつもりはなかったんだけどさ、どこかでクラスの連中に幼なじみってことがばれちゃって。あの時は、袋だたきにされるかと本気で思ったよ」
「さっき、賢い選択って言ったのは、それのせい?」
「そういうこと。見たところ、きみも俺と同じようにのんきそうだからね。自分じゃ何ともないと思うようなことでも、周りからすればとんでもない、なんてことがありそうだから」
言われてみれば、レコルトも確かにのんびりそうな雰囲気である。
「似た者同士で、気が合うかもね。よろしく、シアン」
☆☆☆
その日、シアンは自転車を走らせていた。
前のカゴには、小さな赤いポーチが入っている。もちろん、これはシアンの物ではなく、彼の母アンヌの物だ。
今日は土曜日で、昼過ぎに家へ帰って来たのだが、両親は仕事でいない。いつものように、一人で適当に昼食をとろうとしたところに携帯が鳴った。
それがアンヌからで「化粧品の入ったポーチをカバンに入れ忘れたから、持って来てくれ」というものだった。
鏡台の前には、いつも母が出掛ける時に持つ小さなポーチがある。
きっと昼休みになって食事をして、さぁ化粧直し、という段になってから、ポーチを忘れたことに気付いたのだろう。
「一日くらい、化粧しなくたっていいと思うけどなぁ……」
たいがいの女性にとっては当然のことも、男のシアンにすれば「どうしてこんな面倒なことをするんだろう」と思う。
お願い、すぐに持って来て、と頼まれて、シアンはしぶしぶ出掛けることにした。
アンヌは父シムテスがシェフとして務めているレストランに、事務員として働いている。夫婦で雇ってもらっているのだ。
そのレストランは星砂砂漠のすぐ近くで、シアンの家から歩いて十五分くらいだろうか。
もうすぐ昼休みが終わる、と言っていた。さっさと持って行かないと、感謝されるどころか「遅いじゃないのっ」と怒られたりするかも知れない。
そんな理不尽はごめんである。
という訳で、シアンは自転車を走らせているのだ。
電話で教えられたレストランの職員用入口へ行き、そこにいたおじさんに母の名前を告げると、すぐに本人が出て来た。
ちょうどいいから、と父の友人のラント、つまり店のオーナーに挨拶をさせられ、時間が時間だけに何か出るかな、と淡い期待をしたのだが、寄り道しないで帰るのよ、などと言って店から出された。
「あーあ。結局、使いっ走りかぁ」
自転車を走らせ、家に向かっていたシアン。途中でソフトドリンクの自動販売機を見付け、その前で自転車を止める。
さっき台所を物色していた時にパンがあったから、缶コーヒーでも買って昼食を簡単に済ませるつもりだった。
「あっ……と」
ポケットから財布を出し、コインを入れようとして手がすべり、コインは販売機の下へと転がった。
幸い、機械の下には5センチ程の高さのコンクリートブロックが四方に置かれており、十分な隙間があって奥にも手が届く。
シアンはしゃがんで、コインを探した。コインはすぐに見付かり、手を伸ばそうとしたが……その手が止まる。
「何だ、これ」
シアンが落としたコインのすぐそばに、白っぽくて丸い物体があった。ボールにしては形が少しいびつだし、表面はつるんとして硬そうに見える。
少しつついてみると、やはり硬い。動かないので、少なくとも丸まった動物などではなさそうだ。
シアンはそっとその物体を掴んで、機械の下から取り出した。
「……たまご?」
シアンの手の中にあるのは、どう見てもたまごだった。普通の鶏卵より一回りくらい大きく、色もベージュが強いが、その形と質感はたまごのそれだ。機械の熱のせいか、たまごはほんのりと温かい。
「どうして、たまごがこんな所に落ちてるんだ?」
疑問を口にしても、たまごが答えてくれるはずもなかった。だいたい、どんな動物のたまごかもよくわからない。
たまごを産む動物と言えば、魚、は虫類、鳥類、といったところか。陸上なので、魚は除外するとして……やはり鳥類辺りがありえそうだ。
もしかしたら、ファルグでは当たり前のことなのかな。この辺りの星特有の動物がこういう所にたまごを産んで、放っておくとか。実はこの機械の下が巣で、今は親がエサの時間で、だからここにいないとか……。巣みたいなものは見えなかったけど。
「あら、シアンじゃない」
あれこれ考え中だったところへ急に後ろから声をかけられ、シアンはどきっとなる。
今の声はもしかして、と振り返ると、思った通り、そこにはディシュリーンがいた。
「どうしたの、たまごなんか持ったまま突っ立って」
「いや、えっと、あの……」
この状況を、どう説明していいのか。
言葉に詰まったシアンだが、この星では自分はまだまだ新参者なのだ、と思い直した。
ファルグへ来て、今日を入れても一週間しか経っていない。わからないことがあれば、聞けばいいのだ。
「ディシュリーン、これ、何のたまごかわかる?」
頭のいい彼女のことだからすぐに返事があるだろう、と思ったのだが、聞かれた方のディシュリーンは首をかしげた。
「にわとりのたまごにしては、少し大きいわねぇ。まさか蛇じゃないだろうし……んー、降参。こういうのって、レコルトの方が断然強いわ」
ディシュリーンは獣医志望の幼なじみの名をあげ、お手上げのポーズをした。
「教えて。これって、何のたまごなの?」
「いや、ぼくにもわからなくて。ついさっき拾ったんだけど、ディシュリーンなら知ってるかなって思って、聞いてみたんだ。ぼくが知らないだけで、ファルグじゃこういうのって何でもないことなのかと……」
「どこにあったの?」
「この自販機の下。モーターの熱で温かくなってるし、ここへ転がってから結構時間が経ってるんじゃないかな。巣らしきものは見当たらないんだけど」
「ファルグでは……えっと、あたしが知る限りでは、あちこちにたまごが落ちてるってことはないわよ。それに、巣でもない所にたまごを産む動物って、いるのかしら」
このとてつもなく広い世界。もしかしたら、こんな風にどこにでもたまごを産むような動物が、たまたまこの近くにいるのかも知れない。
でも、このファルグという惑星に、そんな動物はいない。となれば、このたまごは何で、どうしてこんな所にあったのか。
わからないことだらけで、二人して頭をひねる。
「ばら売りのたまごを買った人がここを通りかかって、袋から一つだけ飛び出したことに気付かないで行っちゃったからここにある、というのはダメかなぁ」
「普通、そうなったら割れるわよ。それに、ちょっと大きいし。鶏卵のLサイズでも、もう少し小さいと思うわ」
「えーっと……LLサイズの超お徳用……とか」
ディシュリーンがそれを聞いて、けたけた笑い出した。
「シアンったら、どこのスーパーにもそんな超お徳用たまごなんて売ってないわよ。チラシや店頭でも、見たことないもん」
「……そんなにおかしかった?」
「だって、真面目な顔して言うんだもの」
浮かんだ涙をぬぐいながら、それでもディシュリーンはまだ笑っている。
最初に会った時の笑顔もよかったけど、こうして笑い転げてるのもかわいい……。
そんなことをつい考え、それからこのたまごをどうしようか、とシアンが思った時だった。
その時に、シアンは家が隣同士だという話をした。引っ越しした初日に顔を合わせたから、と。
何だ、そういうことか、と安心され、さんざんうらやましがられた後で先の情報を教えられたのだ。
「彼女、そんなに人気があるんだ」
あの容姿や、引っ越しの時に話し掛けて来た気さくさを思えば、十分に納得できることではある。
「あいつらの私的感情が多分に入ってることを差し引いても、ディシュリーンが人気者だっていうのは確かだね。これまでの中じゃ、今がピークかも」
「聞いてると、ずいぶん冷めた言い方だね」
「幼なじみなんだ。俺の家が街の近くへ移ったから今は離れているけど、昔は近所に住んでいてよく遊んだからね。子どもの頃のことを知ってるってのもあるけど、あれだけ元気がいいと俺の方が疲れるんだよな。つまり、友人以上になるつもりはないってことだよ。向こうもそうらしいし」
シアンの家の向かいに住んでいたレコルト。昔は近所に同年代の子どもが複数いたが、それぞれ引っ越してしまう。なので、二人で遊ぶことが多かった。
レコルトが小学生の低学年の時。観光客相手の土産物屋を開くことになって、彼の一家は街に近い所へ引っ越した。
だが、実際のところ、店と住む家は別々。その家も、町内で一番街に近い所へ移っただけで、レコルトが通う学校は変わらなかった。
なので、ディシュリーンとの付き合いがそう変わることもなかったのだ。顔を合わせるのが学校だけになった、という程度。
「中学の頃までは、周りにもそのことを知ってる奴が多かったんだけど。高校となると、別の学区から来る人間もいるだろ。別に黙ってるつもりはなかったんだけどさ、どこかでクラスの連中に幼なじみってことがばれちゃって。あの時は、袋だたきにされるかと本気で思ったよ」
「さっき、賢い選択って言ったのは、それのせい?」
「そういうこと。見たところ、きみも俺と同じようにのんきそうだからね。自分じゃ何ともないと思うようなことでも、周りからすればとんでもない、なんてことがありそうだから」
言われてみれば、レコルトも確かにのんびりそうな雰囲気である。
「似た者同士で、気が合うかもね。よろしく、シアン」
☆☆☆
その日、シアンは自転車を走らせていた。
前のカゴには、小さな赤いポーチが入っている。もちろん、これはシアンの物ではなく、彼の母アンヌの物だ。
今日は土曜日で、昼過ぎに家へ帰って来たのだが、両親は仕事でいない。いつものように、一人で適当に昼食をとろうとしたところに携帯が鳴った。
それがアンヌからで「化粧品の入ったポーチをカバンに入れ忘れたから、持って来てくれ」というものだった。
鏡台の前には、いつも母が出掛ける時に持つ小さなポーチがある。
きっと昼休みになって食事をして、さぁ化粧直し、という段になってから、ポーチを忘れたことに気付いたのだろう。
「一日くらい、化粧しなくたっていいと思うけどなぁ……」
たいがいの女性にとっては当然のことも、男のシアンにすれば「どうしてこんな面倒なことをするんだろう」と思う。
お願い、すぐに持って来て、と頼まれて、シアンはしぶしぶ出掛けることにした。
アンヌは父シムテスがシェフとして務めているレストランに、事務員として働いている。夫婦で雇ってもらっているのだ。
そのレストランは星砂砂漠のすぐ近くで、シアンの家から歩いて十五分くらいだろうか。
もうすぐ昼休みが終わる、と言っていた。さっさと持って行かないと、感謝されるどころか「遅いじゃないのっ」と怒られたりするかも知れない。
そんな理不尽はごめんである。
という訳で、シアンは自転車を走らせているのだ。
電話で教えられたレストランの職員用入口へ行き、そこにいたおじさんに母の名前を告げると、すぐに本人が出て来た。
ちょうどいいから、と父の友人のラント、つまり店のオーナーに挨拶をさせられ、時間が時間だけに何か出るかな、と淡い期待をしたのだが、寄り道しないで帰るのよ、などと言って店から出された。
「あーあ。結局、使いっ走りかぁ」
自転車を走らせ、家に向かっていたシアン。途中でソフトドリンクの自動販売機を見付け、その前で自転車を止める。
さっき台所を物色していた時にパンがあったから、缶コーヒーでも買って昼食を簡単に済ませるつもりだった。
「あっ……と」
ポケットから財布を出し、コインを入れようとして手がすべり、コインは販売機の下へと転がった。
幸い、機械の下には5センチ程の高さのコンクリートブロックが四方に置かれており、十分な隙間があって奥にも手が届く。
シアンはしゃがんで、コインを探した。コインはすぐに見付かり、手を伸ばそうとしたが……その手が止まる。
「何だ、これ」
シアンが落としたコインのすぐそばに、白っぽくて丸い物体があった。ボールにしては形が少しいびつだし、表面はつるんとして硬そうに見える。
少しつついてみると、やはり硬い。動かないので、少なくとも丸まった動物などではなさそうだ。
シアンはそっとその物体を掴んで、機械の下から取り出した。
「……たまご?」
シアンの手の中にあるのは、どう見てもたまごだった。普通の鶏卵より一回りくらい大きく、色もベージュが強いが、その形と質感はたまごのそれだ。機械の熱のせいか、たまごはほんのりと温かい。
「どうして、たまごがこんな所に落ちてるんだ?」
疑問を口にしても、たまごが答えてくれるはずもなかった。だいたい、どんな動物のたまごかもよくわからない。
たまごを産む動物と言えば、魚、は虫類、鳥類、といったところか。陸上なので、魚は除外するとして……やはり鳥類辺りがありえそうだ。
もしかしたら、ファルグでは当たり前のことなのかな。この辺りの星特有の動物がこういう所にたまごを産んで、放っておくとか。実はこの機械の下が巣で、今は親がエサの時間で、だからここにいないとか……。巣みたいなものは見えなかったけど。
「あら、シアンじゃない」
あれこれ考え中だったところへ急に後ろから声をかけられ、シアンはどきっとなる。
今の声はもしかして、と振り返ると、思った通り、そこにはディシュリーンがいた。
「どうしたの、たまごなんか持ったまま突っ立って」
「いや、えっと、あの……」
この状況を、どう説明していいのか。
言葉に詰まったシアンだが、この星では自分はまだまだ新参者なのだ、と思い直した。
ファルグへ来て、今日を入れても一週間しか経っていない。わからないことがあれば、聞けばいいのだ。
「ディシュリーン、これ、何のたまごかわかる?」
頭のいい彼女のことだからすぐに返事があるだろう、と思ったのだが、聞かれた方のディシュリーンは首をかしげた。
「にわとりのたまごにしては、少し大きいわねぇ。まさか蛇じゃないだろうし……んー、降参。こういうのって、レコルトの方が断然強いわ」
ディシュリーンは獣医志望の幼なじみの名をあげ、お手上げのポーズをした。
「教えて。これって、何のたまごなの?」
「いや、ぼくにもわからなくて。ついさっき拾ったんだけど、ディシュリーンなら知ってるかなって思って、聞いてみたんだ。ぼくが知らないだけで、ファルグじゃこういうのって何でもないことなのかと……」
「どこにあったの?」
「この自販機の下。モーターの熱で温かくなってるし、ここへ転がってから結構時間が経ってるんじゃないかな。巣らしきものは見当たらないんだけど」
「ファルグでは……えっと、あたしが知る限りでは、あちこちにたまごが落ちてるってことはないわよ。それに、巣でもない所にたまごを産む動物って、いるのかしら」
このとてつもなく広い世界。もしかしたら、こんな風にどこにでもたまごを産むような動物が、たまたまこの近くにいるのかも知れない。
でも、このファルグという惑星に、そんな動物はいない。となれば、このたまごは何で、どうしてこんな所にあったのか。
わからないことだらけで、二人して頭をひねる。
「ばら売りのたまごを買った人がここを通りかかって、袋から一つだけ飛び出したことに気付かないで行っちゃったからここにある、というのはダメかなぁ」
「普通、そうなったら割れるわよ。それに、ちょっと大きいし。鶏卵のLサイズでも、もう少し小さいと思うわ」
「えーっと……LLサイズの超お徳用……とか」
ディシュリーンがそれを聞いて、けたけた笑い出した。
「シアンったら、どこのスーパーにもそんな超お徳用たまごなんて売ってないわよ。チラシや店頭でも、見たことないもん」
「……そんなにおかしかった?」
「だって、真面目な顔して言うんだもの」
浮かんだ涙をぬぐいながら、それでもディシュリーンはまだ笑っている。
最初に会った時の笑顔もよかったけど、こうして笑い転げてるのもかわいい……。
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