星のたまご

碧衣 奈美

文字の大きさ
3 / 12

03.誕生

しおりを挟む
 ぴしっ、という何かが割れるような音が、シアンの手の中でした。見ると、たまごに小さな亀裂が入っている。
「……さっきまで温かかったのに、外へ出して冷えたせいかな」
「このお天気で、冷えるとは思えないわよ」
 太陽の光がさんさんとふりそそぎ、暖かいと言うよりは暑いところまで気温は上がっている。機械の熱でたまごが温められていたとしても、今の季節で亀裂が入る程には急激に冷えたりしないだろう。
 この程度でたまごにひびが入るなら、冷蔵庫から出したたまごは料理するまでにひびが入りまくりになっているはず。
「元々ひびが入っていたのが、はっきり出ただけじゃないの? きっとその下へ転がってくるまでに、どこかで衝撃を受けてたのよ」
 たまごは割れやすいイメージがあるが、縦の衝撃には強いと聞く。だが、シアンが見付けるまで、どんな衝撃があったかは不明。むしろ、まったくの無傷である方が不思議だろう。
「ディシュリーン……」
「どうしたの?」
「このたまご、動いてるような気がする」
「え……」
 二人して、シアンの手の中のたまごを凝視する。
 小さな亀裂の一部に小さな穴があき、そこから少し尖った薄黄色いものがわずかに現れた。これは、くちばしというものではなかろうか。
 種類はともかく、鳥系の動物だ。
「これって……もしかして、孵化するんじゃないの?」
「ただのたまごじゃなかったんだ。ど、どうしよう、ディシュリーン」
 有精卵どころか、生まれる寸前のたまごを拾ってしまった。
「そう言われても、あたしだってこんな状況になったことないし。と、とにかく、落ち着いて」
 そう言うディシュリーンの方が、シアンより慌てているみたいだ。
「何かで見たか、読んだかしたことがあるわ。こうして殻を破り始めても、完全に身体が出るにはまだ時間がかかるのよ。だから、生まれる前にどこか安全な所へ連れて行ってあげなきゃ」
「じゃ、とりあえず家に戻った方がいいのかな」
「そうね。あ、片手にたまごを持ちながら、自転車に乗る気なの? 危ないわ」
 たまごを持ったまま、自転車に乗ろうとしたシアンを見て、ディシュリーンが止める。
「でも、カゴに入れたら、バウンドした時に余計なショックを与えちゃうだろ。ハンカチ程度じゃ、クッションにはならないだろうし。押さえる物がないから、角を曲がるたびにカゴの中で転がりそうだし」
「それはそうだけど……」
 そもそも、シアンはハンカチを持っていない。現在持っている布と言えば、着ているティーシャツくらいだ。しかし、まさか脱いで自転車に乗る訳にはいかない。
 もし、上半身裸で帰るところを近所の人に見られたら。
 引っ越して早々「あそこの息子はちょっとおかしい」なんて噂をたてられるのは勘弁してほしい。
 たまごを安全に入れられるようなポケットもないし、そうなると手で持つしかなかった。
「そのままだと、落とすかもでしょ。……あ、シアンの自転車、荷台があるわね。たまご、かして」
 荷台が何だろうと思いつつ、シアンは言われるまま、こつこつと小さな音をたてているたまごをディシュリーンに渡した。
 受け取ったディシュリーンは、たまごをキャンディのようにハンカチでゆるく包み、その端と端を結ぶ。それを持って、さっさとシアンの自転車の荷台に載った。
「二人乗りは平気? 行きましょ」
「え……」
 自転車のカゴに入れると衝撃があるので、ディシュリーンがたまごを持つ。少しでも早く帰りたいので、自転車に乗る。結果、二人乗りで帰る……という流れになってしまったらしい。
「隣り同士だと、こういう時に便利ね。……ほら、何してるの、シアン」
「う、うん……」
 ディシュリーンにせかされ、シアンは慌てて乗ると、ペダルを踏んだ。
☆☆☆
 家に戻った頃には、たまごには無数の亀裂が入り、さっきくちばしが見えた部分には大きな穴があいていた。
 そこから、ぬれた羽だか毛だかわからないものがわずかに見える。さらには、かすかに「ぴーぴー」という、鳴き声のようなものが聞こえてきた。
「ねぇねぇ、シアン。聞こえた? 鳴いてるみたいよ」
 ディシュリーンは当然のようにシアンの家へ上がり、やや顔を赤らめながらたまごからの声に興奮している。
「うん。鳥みたいだね。何の鳥なんだろう」
 シアンはリビングの低いテーブルの上にチラシを重ね、その上にティッシュを何枚も置いた。
 これで、多少殻が散らばったり汚れたりしても、すぐに片付けられる。ひなが生まれて転がり出ても、直接冷たいテーブルに触れずに済むだろう。
 シアンとディシュリーンは二人して床に座り込み、テーブルに顔を乗せるようにしてたまごのなりゆきを見詰めている。
 当のたまごはと言えば、殻にひびを入れたのはいいが、そこから先になかなか進めないようだ。家に帰ってから、目立った進展があまり見られない。
「確かに、時間がかかるね」
「悪戦苦闘してるみたい。生みの苦しみって言うけど、生まれるのもきっと苦しいんだわ」
「これだけひびが入ってたら、簡単にぱかって割ってやれそうだけど。手助けなんかしたら、ひなのためにもよくないのかな」
 見ていると、ちょっぴりもどかしくて、つい手を出してみたくなる。
「んー、少しだけならいいんじゃないかしら。親鳥も少しつついたりして、ひながたまごから出やすいようにしたりもするらしいわよ」
「何か、つつけそうなもの……」
 シアンは、部屋の中を見回した。
 ようやく家の中が片付いたのはいいのだが、自分の部屋はともかく、リビングやキッチンだと、どこに何がしまわれているのかをまだ把握しきれていない。
「ボールペンでいいかな。先が丸いから、ひなを傷付けることはないはずだし。あ……インクで汚すかな」
「油性じゃないなら、後で洗ってあげればいいじゃない。でも、気を付けて」
 シアンはボールペンの先で、ひながあけた穴の周りをつついた。思っていたよりも、殻は堅い。中のひなが苦労するはずだ。
 それでも、シアンが細かくつついたおかげで、少し穴が広がる。
「ほーら、がんばれ。もうすぐ出られるぞ」
 その声に励まされたかのように、またひなの動きが活発になる。
 途中、何度も休憩を入れながら、それでも確実に穴は広がり、時々シアンが助けてやりながら、やっとひなは殻の外へと転がり出た。
「やったぁっ」
 それを見て、二人は思わず声を上げた。
 ひなはたまごの中にいた時の格好でまだ丸まっているものの、とりあえず外へ出て来たのだ。
「よかった。無事に生まれたね」
「あは。あたしもついつられて、最後まで立ち会っちゃったわね」
 その時、くうっという音が聞こえた。
 ディシュリーンが何の音かわからずにきょとんとしていると、シアンが笑いながら頭をかく。
「はは……気が抜けたら、おなかすいた。昼、まだ食べてなかったんだ」
 昼と言うよりは、もうおやつの時間だ。
「ただ缶コーヒーを買おうと思っただけなのに、このたまごを見付けたもんだから」
「簡単なものでよければ、何か作るわよ」
「え……い、いいよ。パンとコーヒーだけで済ませるつもりだったから」
「栄養のない食事内容ねぇ。まだ成長期なんだから、ちゃんとバランスよく食べないとダメよ」
「一度や二度くらい、平気だよ。父親が料理人だから、普段から野菜も肉もしっかり食べさせられてるし」
 シアンはそう言ってから、せっかくディシュリーンが「作ろうか」と言ってくれたのだから、素直に作ってもらっておけばよかった、と激しく後悔した。でも、今更作ってくれ、とも言えない。
 ディシュリーンにもパンを食べるかと尋ねたが、彼女はいいと断り、シアンはパンをかじりながらコーヒー豆を挽き始めた。
「シアンの家って、いつも豆から淹れるの? インスタントは?」
「プロの職人がいると、横着させてもらえないんだ。これが面倒だから、缶コーヒーを買うつもりでいたんだけど」
 シアンに缶コーヒーを買うのを忘れさせたたまごの中身は、あちこちのたうちながら、身体を伸ばそうとしていた。
「うちでも、たまに豆から淹れる時はあるけど、機械で挽くわよ」
 シアンが使っているのは、上に付いているハンドルを回して挽く手動タイプのコーヒーミルだ。
「親父曰く、機械だと微妙な味が出ないんだって。こっちはそんなにすごい味覚が備わってる訳じゃないんだから、勘弁してほしいんだけど」
 言いながら、粉になった豆をコーヒーフィルターに入れ、沸かしておいたお湯をゆっくりと注ぐ。
「何だかんだ言いながら、シアンって手際がいいじゃない。あ、カップくらい出すわね。どれを出せばいい?」
「どれでもいいよ。好きなのがあれば、それで」
 言われてディシュリーンは食器棚を物色し、きれいなブルーのリボンが描かれたマグカップと、小さなクマが歩いている柄のマグカップを取り出した。
 シアンはそれらに淹れたてのコーヒーを注ぎ、ディシュリーンの要望で彼女の分はミルクたっぷりのカフェオレにする。
 二人がカップを持って生まれたばかりのひなの所へ戻ると、よたよたと歩き出そうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」 イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。 対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。 レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。 「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」 「あの、ちょっとよろしいですか?」 「なんだ!」 レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。 「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」 私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。 全31話、約43,000文字、完結済み。 他サイトにもアップしています。 小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位! pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。 アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。 2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」

処理中です...