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十日伊予

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1568 箱庭

メルの暴走

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 夜更け、メルはリザモンドを部屋から連れ出す。
「どこへ行くの? 外でなんて、趣味が悪いわ」
 ネグリジェの上に軽く上着を羽織り、リザモンドはクスクス笑いながらメルに手を引かれていく。たかが火遊びだ。メルは答えず、振り返っては彼女を嬉しそうに見た。リザモンドのメイドは監視役として、キョロキョロと周りを気にしながら二人の後をついていく。
 メルは厩舎にリザモンドを連れ込むと、馬糞の山に隠していた荷物を持ち出す。そして鞍の用意を済ませておいた馬に、彼女を導こうとした。たちまち、メイドの顔が青くなる。
「何をするつもり!」
 彼女は悲鳴をあげ、リザモンドの左腕を引っ張ってメルから引き剥がす。きょとんとしていたリザモンドも、メイドの怒った様子にことを理解した。背筋が寒くなり、唇がわなわなと震える。メルはリザモンドの怯えた表情に焦り、彼女を取り戻そうとその右腕を掴んだ。
「お嬢さま、私と城壁の外に逃げましょう?」
 必死な目でリザモンドの瞳を見つめ、メルはまくし立てる。
「お嬢さまのお立場と私の身分では、ここにいる限り添い遂げることはかないません。今は旦那さまの不在で忙しく、私たちのことは咎められていません。しかし、エンソン叔父さま──執事に気づかれるのは時間の問題です。お嬢さまと姦通したとなれば、私は一生を地下牢で過ごすことになりましょう。そうなってしまう前に、二人で自由に……!」
「どこまで身の程知らずなの!」
 メイドがまた大きな声を出した。足がすくんで震えるしかできないリザモンドをしっかりと掴み、彼女を守ろうとする。
「お嬢さまがあなたなんかのために、ザラス家を捨てるわけがないでしょうに。メルさん、あなたがここまで大ばか野郎だとは思いませんでした。お嬢さまは連れて行かせません。人を呼びます。……誰か!」
 夜の静寂にメイドの声が響き、屋敷の窓が光って明りが灯されるのが見える。夜番の護衛たちがここに集まるのも時間の問題だろう。
「誰か! 誰か来て! メルがお嬢さまを攫おうとしているわ! 早く捕まえて!」
 メイドが叫び続け、メルは冷や汗を流す。パニックに陥った彼の頭は、メイドを黙らせなければとぐるぐる回る。リザモンドを捕まえた手に、どんどん力がこもる。馬たちは大声に驚いていななき、厩舎は喧騒に包まれる。
 屋敷の方に逃げようとメイドに腕を引かれ、リザモンドはハッとする。脳裏にブロンディの顔が浮かび、強烈な羞恥と罪悪感が襲ってきた。小さな子どもを置いて不貞に浸り、その結果、暴走したメルに攫われようとしている。なんてばかなことをしたの。後悔は身体中に染み渡り、しかしその中にやるべきことはハッキリ見える。
 リザモンドは力を振り絞り、メルを振り払った。くっきりと腕に残る赤い痕も、ジンジンと響く痛みも気にならない。
「ごめんなさい」
 そうつぶやき、今度はリザモンドがメイドの手を引く。メイドが頷き、二人はパッと走り出そうとした。
 その瞬間、ほとんど無意識に、メルは馬糞の側にあったデュラフォークを掴んでいた。どうにかしなければという必死の思いに、憎しみが一滴落ちる。リザモンドに拒否された。わからず屋のメイドに邪魔されて、計画はめちゃくちゃだ。馬糞を片付けるためのデュラフォークは柄が長く、広く櫛状に加工された先端は金属でできており、それなりに重量がある。そんなもので人の頭を打てばどうなるかは、想像すらいらないほど明快に理解できる。その上で、メルはデュラフォークを振り上げた。
 鈍い音が響き、メイドが地面に倒れ伏す。男の力で殺意を持って打たれたメイドの頭はぱっくり割れ、彼女がもう助からないことは一目でわかる。
「いやああああぁ!」
 リザモンドの足が止まり、喉がちぎれそうなほどの悲鳴が上がる。事態に気づいて集まりつつあった使用人たちは、その悲鳴に足を早める。何人かはもう現場につき、あと数十歩走れば厩舎に突入できる。メルはその足音に更に焦り、抵抗するリザモンドを無理やり捕まえた。揉み合いになりながら、馬に乗せようとする。
 メルが用意した馬は怯えて大人しくしていたが、血まみれで泣き叫ぶリザモンドが自分の傍に連れてこられると、恐怖心を強くして暴れ出す。馬はいななき、二人の目の前で立ち上がった。
 皆が厩舎に飛び込むと、そこには惨状が広がっていた。凄惨な姿となったメイドが転がり、床にはその血が広がり、パニックになった馬たちが暴れて柵や壁は壊されている。そして、依然暴れている一頭の足元には、リザモンドの上にメルが覆い被さるようにして倒れていた。二人とも大量に血を流し、意識はない。


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