102 / 271
1566 蜜月
都
しおりを挟むアルバは自分の馬車で目を覚ます。枕元にはツィオの着ていた服がある。ツィオの残り香が消えないように洗濯していないので、今やアルバの涙やよだれがしみ付いて薄汚くなっている。アルバは夢うつつに、ツィオの服に顔を埋めた。ツィオはこの服を長いこと着ていたのだろう、年季の入った生地は柔らかく肌に当たる。
馬車には、まだツィオの物を全部そのままにしている。数少ない普段着や物売りをする時の衣装に、作業用の小刀、財布にしていた巾着袋、街で時々買ってきていた細々とした物たち。ツィオはいつ帰ってきても以前と同じように暮らせるだろう。アルバは、彼は帰ってこないと心の底でわかっているが、それらを捨てることはできない。どれだけラスに心を解されても、一人になればツィオの残したものを見つめてたそがれることをやめられない。アルバはツィオの思い出を抱いて、彼を思い、それからラスへ不安を覚える。ラスは彼のようにいなくならないでほしい。
アルバが寝床を抜け出て、スースの持ってきた朝食を食べていると、いつもより早くラスが迎えにきた。今日は都に遊びに行く約束をしている。
「そうそう、しっかり私の腰に腕を回してね」
ラスは彼を愛馬の後ろに乗せる。見送りに来たダイモンは隠し切れないほどいらだっているようだ。ラスの手前、外出の許可は出したものの、本心はアルバを外に出すなんてトラブルの元だと思っていた。スリスリと両手を擦って笑顔を浮かべても、その顔はひきつってしまう。アルバは馬上からそんなダイモンを見下ろして、「ざまあみろ」と笑って見せる。ラスは彼を気にも留めておらず、アルバがちゃんと乗ったことを確認すると馬を歩かせ始めた。
二十分ほど馬に乗り、都に到着する。
都の景色にアルバは息をのんだ。立派な馬車が整備された道路を優雅に通り過ぎていく。街の人々は誰もが上等な生地の服を着て、使用人を連れて歩く者もいる。使用人や、道の馬糞を片付けている掃除夫までがそれなりに良い服を着ている。建物は皆レンガ造りで、きれいに塗られた屋根や壁、軒先に飾られた花など、どこもきちんと手入れされている。レンガ造りの家はこれまでに巡業した大きな街にも点々とあったが、都のように密集して建てられてはいない。建物はどこまでも立ち並び、そのずっと先に、貴族の居住地を囲む円形の城壁と大きな城が見える。都も塀に丸く囲まれているが、城の方の城壁はもっと背が高い。
「すごい、すごいよ! こんな都会、見たことない!」
「気に入ってくれたんだね。よかった」
はしゃぐアルバに、ラスはにっこりと微笑みかける。
二人が大きな役所に向かうと、たちまちに役人が飛び出してくる。その中には、アルバが見てもお偉方だとわかるような者もいる。お偉方たちはアルバを気にして、顔色をうかがいながらもあれこれと言ってくる。ラスはそれを受け流し、アルバを馬から下ろすと役人に馬を預けた。
「帰る時にまた来るから、それまでこの子をお願いね」
愛馬を軽く撫でてやり、ラスが言う。彼がアルバの手を引いて役所を後にしようとすると、役人たちはお偉方さえも頭を下げて見送りをする。
「お前、いつもああなの?」
ラスと手を繋いで歩きながら、アルバが尋ねる。
「うん、そうだよ。仰々しいよね。馬を預かってもらうだけなのに、毎回、みんな出てくる」
なんてことないようにラスは答える。それはラスの親が大物だからだろ、アルバはそう言おうとするが思い直して口をつぐむ。ラスは時々、自分の立場が周りを萎縮させることに無自覚だ。その立場による恩恵にも。それに気づくたびアルバは胸がもやもやとするが、ラスは身分のことを言われるのは嫌だろうと言わずにいた。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる