あしたがあるということ

十日伊予

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夏休みと田舎

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 単語あいだとも相田智、というのがぼくの名前だった。兄弟はいない。おばあちゃんの家に預けられていた当時は、まだ蒙古斑の残る小学五年生だった。両親と暮らしていたのは、あんな田舎じゃなくて、もっと都会の街中だった。
 ――夏休みだから。
 お父さんとお母さんはそう言って、ぼくをあの田舎によこした。
 ――自然が豊かで、虫とりもいっぱいできるよ。智は虫が好きだろう。思う存分遊べるんだよ。ほら、夏休みの間、おばあちゃんちに泊まろう。
 そんな言葉にのったぼくはバカだった。確かに、あそこは自然が豊かだった。セミやらカブトムシやらがうじゃうじゃいるし、山からキレイな川が流れているので、魚釣りや水遊びも好きなだけ楽しめた。都会よりは幾分か涼しいし、空気も良かった。だけど、それだけだった。蚊はそこらじゅうをブンブン飛び回っていたし、木には毛虫だらけだった。あそこに行って一日と経たないうちに、三回も毛虫に刺されたのをよく覚えている。それに何より、あそこには子どもがいなかった。住んでいたのはみんな高齢者ばっかりで、田舎暮らしで体が丈夫といえど、育ち盛りの男児と体力の対等な遊び相手なんていなかった。お父さんが子どもだった頃はまだ何人か子どもがいたらしいけど、彼が村を出てしばらくすると、もう誰もいなくなってしまったそうだ。あそこはいわゆる、過疎地だった。四方を山に囲まれていたので、それはしょうがないことだったのかもしれないけれど。
 ともかく、周りが老人ばかりなので、ぼくはしょっちゅうひとりで遊んでいた。あそこに来てはや一週間で、同じクラスのとろいケンジでさえも恋しく思えてしまっていた。まあ、仲よしのヒロトのほうが恋しかったけれど。
 そんな時、あのおじさんは花火のことを教えてくれた。
 毎年、七月の終わりになると隣町で花火大会が行われる、と、おじさんは言った。だけどそれは、おばあちゃんの家がある村と隣町との間の山のせいで、見えないらしかった。
 ――えー、見たいよ。
 ぼくがそう不満をたれると、おじさんはけらけらと笑った。たぶん癖なのだろう。おじさんはぼくと話している間、何回もそうやって笑った。
 ――何も、見れんとは言っとらんやろ。
 おじさんはそう言って、入道雲の出はじめた空を見上げた。
 ――裏山からはな、よぉ見えよるで。
 なんて甘美な言葉だったのだろう。当時のぼくからすれば。彼の口調は、どうにもぼくを煽っていたのだ。するな、と言われたらしたくなるような、そんな愚かなぼくを。
 おばあちゃんはよく、裏山に入るなと言った。禁忌には常に相応の理由が付きまとう。あの場所で、おばあちゃんが裏山に入るなと言った理由は、過去の事故だった。あの山では昔、斜面が崩れて子どもが生き埋めになり、亡くなった。本当の話だ。
 だけど、それは昔のことだし。
 ぼくは楽観的にそう考えていた。おばあちゃんに借りた電話でお父さんに訊くと、お父さんは、自分が子どもの時はよく遊びに行っていたけれど崩れたことはなかったと言っていた。それがぼくの楽観を助長した。ぼくはあれほど言われていたというのに、花火大会の夜、おばあちゃんの家を抜け出した。
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