あしたがあるということ

十日伊予

文字の大きさ
9 / 19

エイコとおばあちゃん

しおりを挟む
 ちょっとした思い付きだった。
 ――ねえ、ぼくの家、おいでよ。おばあちゃん寝てるからさ。こっそり行けばばれないよ。
 ぼくはちゃんと知っていた。エイコの家の人間が、彼女がぼくのような彼女を知らないはずの存在と関わっていることを快く思わないだろうことを。ただ、思慮が足りなかっただけだ。彼女が本当は何なのかを、何も知ろうとしていなかっただけだ。ぼくはエイコを知ろうとして、エイコがぼくを厭ってしまうことが怖かった。
 エイコは目を伏せた。
 ――とも。
 そして彼女は、それまでぼくに見せたことがない、背筋が凍るような表情を見せた。顔を真っ赤にして怒っていたわけではない。泣き出したわけでもない。彼女の真っ白な顔には、ただ穏やかな笑みが浮かんでいた。それは、ぼくの中に最も強く焼き付いている彼女の中の像の一つだ。
 ――あたし行けんの。
 どうして、とは訊けなかった。エイコの声音は穏やかだったが、ぼくはどうにも恐ろしかった。
 ――ミチヱにはもう会えんの。そういうことしたから。
 ミチヱ。それはぼくのおばあちゃんの名前だった。どうしてエイコが、ぼくのおばあちゃんを呼び捨てにしたのか。彼女たちの間の関係は何なのか。当時、ぼくは到底想像なんてできなかった。
 ――それ、ミチヱには隠しておいてね。
 エイコはぼくの手の中の髪飾りを指さした。
 ――ミチヱにもらったもんなの。もともと、ミチヱの宝物でさ。
――そんなもの、ぼくがもらっていいの?
 ようやく、ぼくの口から出たのはそんな質問だった。愚問だ、とでも言うように、エイコは目を細めた。
 ――ミチヱの気まぐれだったし。それ以外に、ミチヱがあたしに物をくれたのも、あたしに気をかけてくれたのもそれっきり。
 エイコの表情は、笑っているようで、悲しげだった。いつもそうだった。エイコの笑顔は、ただ笑っているだけではなかった。やはりどこか、負の感情が混じっていた。エイコはそういう存在で、彼女は常にそうでしかあれなかった。いまになってようやく気がつけたけれど。
 ――ともの宝物はさ、今度来てくれた時でええけん。あ、きのう雨が降っとったやん。そしたらね、松の木の枯れたとこに、大っきい茸が生えてたんよ。身に行こうで。
 彼女は話をそらし、そしてそれは、それっきりだった。エイコは最後まで、自分の口で自分のことを話そうとはしなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...