あしたがあるということ

十日伊予

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悲しい穴

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 やがて、二人で向かい合っていると、ぼくはだんだん理解してきた。それはぼくの本能だった。ぼくはエイコに歩み寄った。草がさわさわと、ぼくの足に触れた。昼下がりの太陽が、ぼくの肌をその熱い舌で舐めた。額から汗が垂れて、目の中に入り込んだ。ぼくはエイコだけを見ていた。エイコは笑っていた。
 ぼくはエイコの前に跪き、地面に生える背の高い草を掴んだ。そして、それを力いっぱい抜いた。草を乱暴に抜いてしまうと、地面に爪を立てた。そのままがりり、と掘ると、爪の中に乾いた土が入り込んだ。地面は固く、爪が指からはがれてしまいそうなほど傷んだ。それでもぼくは掘り進んだ。そうすべきだと直感していた。表面を過ぎてしまうと、土は色を濃くし、冷たくなった。土の冷たさをかき出すたび、悲しみがこみ上げた。どうしようもなく悲しくなった。いつの間にか引っ込んでいた涙が、目頭までまたこみ上げた。
 ――エイコ。
 ぼくは自分が掘った穴を見つめ、彼女を呼んだ。ぼくの腕がもう少しで底に届かなくなるくらいに、穴は深くなった。悲しみには果てがなかった
 ――エイコ。
 穴に手を入れ、ぼくはまた彼女を呼んだ。指先に、固いものが触れていた。
 ――エイコ!
 とうとう、ぼくは彼女の名を叫んだ。指先に感じる固いものを引っ張り出すと、それは汚い布きれが張り付いた、小さな骨だった。何十年も土の中で眠っていた骨だった。ぼくはそれが誰だかわかっていた。
 ――エイコなんだね。
 見上げると、エイコは微笑んでいた。ぼくは彼女の腕に手を伸ばし、最初で最後に、彼女に触れた。真っ白な腕は冷たくて、一瞬だけ柔らかい感触がして、けれどすぐに感覚はすべて消えた。ぼくの手はエイコの皮膚を通り抜けて、何もない空をつかんだ。エイコは確かにぼくの目の前にいて、そして同時に、そこには存在していなかった。
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