13 / 14
第13章 静かなる書斎
しおりを挟む
ノクスの塔、深層の一角。ミズキに案内されてたどり着いたのは、静寂に包まれた小さな書斎だった。
石造りの部屋の中には、外の世界から持ち込まれた植物たちが所狭しと並んでいた。天井から吊るされた蔓植物、棚の上に置かれた多肉や鉢花、床にまで咲きこぼれるような花々。どれも満開のまま、時を止めたように咲き誇っている。
「ここに植物を持ち込むとね、枯れもしないけど、成長もしないの。不思議でしょ?ズボラな私にピッタリ」
ミズキはそう言って、カップに淡い香りのお茶を注ぎながら微笑んだ。
「なんだか、時間が止まってるみたい……」リーネリアは囁くように言った。
ミズキは頷き、ふうっと息を吐いた。
「……ねえ、少しだけ、昔話に付き合ってくれる?」
リーネリアは静かに頷いた。
ミズキの目が、どこか遠くを見るように細められた。
「200年前。まだマルヴァが小さな農村だった頃。私はそこで生まれたの。貧しかったけど、両親と兄弟たちと、楽しくて、賑やかで……すごく普通の家族だった」
声は穏やかだったが、その奥には今も消えぬ温もりと痛みが混じっていた。
「9歳の頃、マルヴァとミラディアの間で小競り合いが起きたの。原因は、エルフの森。戦争孤児や移民が集まり始めて、土地の管理を巡って対立が始まった。……その背景にはね、大国アストレイヤと西の小国連合の戦争があった。理由?知らない。多分、土地か、エルフの権利か……些細で、でも人が死ぬには十分なこと」
リーネリアはそっとミズキの言葉を飲み込みながら、耳を傾けていた。
「そんな中、ある銀髪の若者が現れたの。アストレイアを“悪”として煽り、小国たちを扇動して歩いた。ミラディアにも、マルヴァにも現れて、民衆の不満に火をつけたの。……でもね、私たちの街って穏やかだったんだよ。織物や作物を交換して、お祭りも一緒にやって。争う必要なんてなかったのに」
ミズキは唇を噛みしめた。
「でも、その若者の言葉に動かされた人たちがいた。保守と改革、信頼と疑念が街を分けた。空気はどんどん不穏になっていったの」
「……ひどい話」
「うん。だけど、もっとひどいのはその後だった」
ミズキはカップを置き、視線をリーネリアに向ける。
「私、そのとき誘拐されたの。100人以上の子供たちと一緒に。気がついたら、ここにいたの。ノクスの塔に」
リーネリアの目が見開かれた。
「え……」
「そのとき、一気に前世の記憶が戻ったの。“ああ、私……死んでたんだ”って思い出した瞬間、頭が割れそうだった。でもね、不思議と私は耐えられた。……だけど、他の子たちはみんな……」
ミズキは声を詰まらせ、それでも優しい笑みを浮かべた。
「全員、壊れちゃった。叫びながら息絶えたり、笑いながら倒れたり……もう、地獄だったよ」
リーネリアは震える指先で膝を握りしめる。
「そんな……そんなことが……」
「その銀髪の若者が、笛を吹いて私たちを集めたの。まるで“ハメルーンの笛吹き男”みたいだった」
「……?」
「あ、ごめん。君は記憶がなかったんだよね。有名な童話なんだ。約束を破った村人への報いとして、笛吹きが子供をみんな連れていっちゃうっていう話」
ミズキは少し自嘲気味に笑った。
「そういう意味では、あの時の私たちも……大人たちの“約束の破綻”の犠牲だったのかもね」
「ミズキの……友達も?」
リーネリアの声は涙に濡れていた。
「いたよ。大事な子が。でも、もう、200年前の話だよ。気にしない、気にしない!」
ミズキは笑って見せたが、その目の奥に残る影を、リーネリアは見逃さなかった。
「……でも、その時があったから今があるの。私の家族は、私のおかげで裕福になって、今も元気に暮らしてる。私も、ここで好きな本読んで、お茶淹れて、まあまあ楽しく生きてる」
「あの時がなければ、今の私はいないし……。今がなければ、これから先の幸せもなかった。そう考えたら、なんとなく、“全部、大丈夫なんだ”って思えるの」
照れくさそうに、ミズキは頭をかいた。
「……口下手でごめんね」
「ううん、ありがとう」
リーネリアは首を横に振り、静かに微笑んだ。
その瞳は、ミズキの過去と向き合おうとする誠実な気持ちを、まっすぐに受け止めていた。
書物と植物に囲まれた小さな空間。そこに流れる時間だけが、過去にも未来にも触れず、今という“静けさ”を優しく抱きしめていた。
石造りの部屋の中には、外の世界から持ち込まれた植物たちが所狭しと並んでいた。天井から吊るされた蔓植物、棚の上に置かれた多肉や鉢花、床にまで咲きこぼれるような花々。どれも満開のまま、時を止めたように咲き誇っている。
「ここに植物を持ち込むとね、枯れもしないけど、成長もしないの。不思議でしょ?ズボラな私にピッタリ」
ミズキはそう言って、カップに淡い香りのお茶を注ぎながら微笑んだ。
「なんだか、時間が止まってるみたい……」リーネリアは囁くように言った。
ミズキは頷き、ふうっと息を吐いた。
「……ねえ、少しだけ、昔話に付き合ってくれる?」
リーネリアは静かに頷いた。
ミズキの目が、どこか遠くを見るように細められた。
「200年前。まだマルヴァが小さな農村だった頃。私はそこで生まれたの。貧しかったけど、両親と兄弟たちと、楽しくて、賑やかで……すごく普通の家族だった」
声は穏やかだったが、その奥には今も消えぬ温もりと痛みが混じっていた。
「9歳の頃、マルヴァとミラディアの間で小競り合いが起きたの。原因は、エルフの森。戦争孤児や移民が集まり始めて、土地の管理を巡って対立が始まった。……その背景にはね、大国アストレイヤと西の小国連合の戦争があった。理由?知らない。多分、土地か、エルフの権利か……些細で、でも人が死ぬには十分なこと」
リーネリアはそっとミズキの言葉を飲み込みながら、耳を傾けていた。
「そんな中、ある銀髪の若者が現れたの。アストレイアを“悪”として煽り、小国たちを扇動して歩いた。ミラディアにも、マルヴァにも現れて、民衆の不満に火をつけたの。……でもね、私たちの街って穏やかだったんだよ。織物や作物を交換して、お祭りも一緒にやって。争う必要なんてなかったのに」
ミズキは唇を噛みしめた。
「でも、その若者の言葉に動かされた人たちがいた。保守と改革、信頼と疑念が街を分けた。空気はどんどん不穏になっていったの」
「……ひどい話」
「うん。だけど、もっとひどいのはその後だった」
ミズキはカップを置き、視線をリーネリアに向ける。
「私、そのとき誘拐されたの。100人以上の子供たちと一緒に。気がついたら、ここにいたの。ノクスの塔に」
リーネリアの目が見開かれた。
「え……」
「そのとき、一気に前世の記憶が戻ったの。“ああ、私……死んでたんだ”って思い出した瞬間、頭が割れそうだった。でもね、不思議と私は耐えられた。……だけど、他の子たちはみんな……」
ミズキは声を詰まらせ、それでも優しい笑みを浮かべた。
「全員、壊れちゃった。叫びながら息絶えたり、笑いながら倒れたり……もう、地獄だったよ」
リーネリアは震える指先で膝を握りしめる。
「そんな……そんなことが……」
「その銀髪の若者が、笛を吹いて私たちを集めたの。まるで“ハメルーンの笛吹き男”みたいだった」
「……?」
「あ、ごめん。君は記憶がなかったんだよね。有名な童話なんだ。約束を破った村人への報いとして、笛吹きが子供をみんな連れていっちゃうっていう話」
ミズキは少し自嘲気味に笑った。
「そういう意味では、あの時の私たちも……大人たちの“約束の破綻”の犠牲だったのかもね」
「ミズキの……友達も?」
リーネリアの声は涙に濡れていた。
「いたよ。大事な子が。でも、もう、200年前の話だよ。気にしない、気にしない!」
ミズキは笑って見せたが、その目の奥に残る影を、リーネリアは見逃さなかった。
「……でも、その時があったから今があるの。私の家族は、私のおかげで裕福になって、今も元気に暮らしてる。私も、ここで好きな本読んで、お茶淹れて、まあまあ楽しく生きてる」
「あの時がなければ、今の私はいないし……。今がなければ、これから先の幸せもなかった。そう考えたら、なんとなく、“全部、大丈夫なんだ”って思えるの」
照れくさそうに、ミズキは頭をかいた。
「……口下手でごめんね」
「ううん、ありがとう」
リーネリアは首を横に振り、静かに微笑んだ。
その瞳は、ミズキの過去と向き合おうとする誠実な気持ちを、まっすぐに受け止めていた。
書物と植物に囲まれた小さな空間。そこに流れる時間だけが、過去にも未来にも触れず、今という“静けさ”を優しく抱きしめていた。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】
いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。
陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々
だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い
何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる