リーネリア様は生きる意味と死んだ理由を知りたい

暗い灯り

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第13章 静かなる書斎

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ノクスの塔、深層の一角。ミズキに案内されてたどり着いたのは、静寂に包まれた小さな書斎だった。

石造りの部屋の中には、外の世界から持ち込まれた植物たちが所狭しと並んでいた。天井から吊るされた蔓植物、棚の上に置かれた多肉や鉢花、床にまで咲きこぼれるような花々。どれも満開のまま、時を止めたように咲き誇っている。

「ここに植物を持ち込むとね、枯れもしないけど、成長もしないの。不思議でしょ?ズボラな私にピッタリ」

ミズキはそう言って、カップに淡い香りのお茶を注ぎながら微笑んだ。

「なんだか、時間が止まってるみたい……」リーネリアは囁くように言った。

ミズキは頷き、ふうっと息を吐いた。

「……ねえ、少しだけ、昔話に付き合ってくれる?」

リーネリアは静かに頷いた。

ミズキの目が、どこか遠くを見るように細められた。

「200年前。まだマルヴァが小さな農村だった頃。私はそこで生まれたの。貧しかったけど、両親と兄弟たちと、楽しくて、賑やかで……すごく普通の家族だった」

声は穏やかだったが、その奥には今も消えぬ温もりと痛みが混じっていた。

「9歳の頃、マルヴァとミラディアの間で小競り合いが起きたの。原因は、エルフの森。戦争孤児や移民が集まり始めて、土地の管理を巡って対立が始まった。……その背景にはね、大国アストレイヤと西の小国連合の戦争があった。理由?知らない。多分、土地か、エルフの権利か……些細で、でも人が死ぬには十分なこと」

リーネリアはそっとミズキの言葉を飲み込みながら、耳を傾けていた。

「そんな中、ある銀髪の若者が現れたの。アストレイアを“悪”として煽り、小国たちを扇動して歩いた。ミラディアにも、マルヴァにも現れて、民衆の不満に火をつけたの。……でもね、私たちの街って穏やかだったんだよ。織物や作物を交換して、お祭りも一緒にやって。争う必要なんてなかったのに」

ミズキは唇を噛みしめた。

「でも、その若者の言葉に動かされた人たちがいた。保守と改革、信頼と疑念が街を分けた。空気はどんどん不穏になっていったの」

「……ひどい話」

「うん。だけど、もっとひどいのはその後だった」

ミズキはカップを置き、視線をリーネリアに向ける。

「私、そのとき誘拐されたの。100人以上の子供たちと一緒に。気がついたら、ここにいたの。ノクスの塔に」

リーネリアの目が見開かれた。

「え……」

「そのとき、一気に前世の記憶が戻ったの。“ああ、私……死んでたんだ”って思い出した瞬間、頭が割れそうだった。でもね、不思議と私は耐えられた。……だけど、他の子たちはみんな……」

ミズキは声を詰まらせ、それでも優しい笑みを浮かべた。

「全員、壊れちゃった。叫びながら息絶えたり、笑いながら倒れたり……もう、地獄だったよ」

リーネリアは震える指先で膝を握りしめる。

「そんな……そんなことが……」

「その銀髪の若者が、笛を吹いて私たちを集めたの。まるで“ハメルーンの笛吹き男”みたいだった」

「……?」

「あ、ごめん。君は記憶がなかったんだよね。有名な童話なんだ。約束を破った村人への報いとして、笛吹きが子供をみんな連れていっちゃうっていう話」

ミズキは少し自嘲気味に笑った。

「そういう意味では、あの時の私たちも……大人たちの“約束の破綻”の犠牲だったのかもね」

「ミズキの……友達も?」

リーネリアの声は涙に濡れていた。

「いたよ。大事な子が。でも、もう、200年前の話だよ。気にしない、気にしない!」

ミズキは笑って見せたが、その目の奥に残る影を、リーネリアは見逃さなかった。

「……でも、その時があったから今があるの。私の家族は、私のおかげで裕福になって、今も元気に暮らしてる。私も、ここで好きな本読んで、お茶淹れて、まあまあ楽しく生きてる」

「あの時がなければ、今の私はいないし……。今がなければ、これから先の幸せもなかった。そう考えたら、なんとなく、“全部、大丈夫なんだ”って思えるの」

照れくさそうに、ミズキは頭をかいた。

「……口下手でごめんね」

「ううん、ありがとう」

リーネリアは首を横に振り、静かに微笑んだ。

その瞳は、ミズキの過去と向き合おうとする誠実な気持ちを、まっすぐに受け止めていた。

書物と植物に囲まれた小さな空間。そこに流れる時間だけが、過去にも未来にも触れず、今という“静けさ”を優しく抱きしめていた。
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