リーネリア様は生きる意味と死んだ理由を知りたい

暗い灯り

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第12章 前世の名

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リーネリアは古びた記録帳のページをめくっていた。
 文字は滲み、構文はおかしく、どこか稚拙な印象を受けた。そこへ、背後から声が飛んできた。

「これさー、なんか文章が稚拙だと思わない? 小学生の作文みたいな」

 ミズキだった。リーネリアは苦笑いを浮かべつつ、ページを見つめたまま応じた。

「え? えーと……たしかに、なんだかまとまってなくて、読みづらいですね」

「でしょー。それはね、子供のエルフが書いたからなんだ。浮遊する記憶に触れたとき、その光の特徴をデッサンして、表紙を作ってるんだ。記録の記憶を探すためにね。ほとんどあてにならないけど。……内容はほら、見ている情報だけだから、主観的すぎて要領を得ないのばっかり」

「つまり、目的の記憶や記録にはなかなか出会えない……ってこと?」

「そういうこと」
ミズキは親指を立てて、さらりと笑う。

「運だよ、運!」

 リーネリアはふっと息を漏らす。運だけで探すには、記憶はあまりにも重たい。

「ところで、リーネリアって、前世の名前……覚えてたんだよね?」

「うん、私はり……!」

 思わず言いかけたその瞬間、ミズキが飛びつくように口を塞いだ。

「待って待って! ここで名前を口にしちゃダメ!」

「もがもが……」

「だってさ、それ言っちゃったら、記憶が一気に蘇ってショートするかもよ?」

 リーネリアはむっとした顔で見上げるが、すぐに口を離してくれた。

「ぷはー……。だったら最初に言ってよ」

「ごめんごめん。でもね、本当に危ないの。
 この世界の構造って、“名前”が鍵なの。言葉として発することで、封印された記憶がこじ開けられるってわけ」

 リーネリアは静かに自分の胸に手を当てる。

「……それでも、私は知りたいの。たとえ壊れてしまっても、その先にいる“自分”に会いたい」

 その言葉に、ミズキの瞳がかすかに揺れた。

「……覚悟があるんだね」

 リーネリアの瞳は真剣だった。自分の過去を、痛みごと受け止めようとしていた。

「すこしだけ、冷静になって聞いて。
 君は、“自殺した”って記憶を持っていた。だから、なぜなのかを知りたいんでしょ?
 それは、自分のルーツを探そうとする、人間の本能みたいなもので、とても尊いことだと思う」

 ミズキは、そっとリーネリアの手を握った。

「でも、それって……すごく辛かったよね? 私、ここに来て思ったの。
 “知りたい”って気持ちは、時に自分を傷つける。だけど君は、ここまで来て、変わってきた。
 少しずつ、前世の死を受け入れられるように、なってきたんじゃない?」

 リーネリアは、答えられなかった。
 その問いは、鋭くも優しく、胸の奥を静かに突いてくる。

 目に涙が滲んだ。手が小さく震えている。
 “怖くない”と思い込もうとしていただけで、本当はずっと、怖かった。

 ミズキは優しく微笑む。

「大丈夫、ここにはたっぷり時間がある。誰も急かさない」

 静かな時間が流れた。
 沈黙がふたりの間にやさしく落ちた後、ミズキがぽつりとつぶやく。

「ねえ、少しだけ……私の話、聞いてくれる?」

 リーネリアが顔を上げると、ミズキは懐かしむような目で空を見上げていた。
 塔の天井ははるか遠く、光の粒が淡く漂っている。

「私ね、最初はここに来るの、すっごく怖かった。
 だって、自分が“死んだかもしれない”って思ってたし、どこにも帰れないんじゃないかって」

「……」

「でもね、不思議なんだよ。
 ノクスって、怖いけど……どこか優しくて。
 私、ここに来て、ようやく“立ち止まってもいいんだ”って思えたの。
 だから、今はこの塔の中に、ちょっとした“家”を作ってるんだ」

 そう言って、ミズキはふわりと微笑んだ。
 その笑顔に、リーネリアははじめて、少しだけ肩の力を抜いた。

「……行ってみたい」

「決まりだね」

 光の中、ふたりはゆっくりと歩き出した。
 記憶の迷宮の中で出会ったふたりの少女は、今、小さな静寂を分け合っていた。

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