リーネリア様は生きる意味と死んだ理由を知りたい

暗い灯り

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第11章 名を忘れる塔

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第11章 名を忘れる塔

 白い靄が、床と天井の区別を曖昧にしていた。
 リーネリアが一歩足を踏み入れるたび、靴の裏が石を打つ感触はあったが、音はどこかへ吸い込まれていく。
 柱と棚と光と……そして、静寂。

 塔の内部は、まるで森と書庫が融合したような空間だった。
 天井は見えず、空中には枝のような構造物が広がり、そこから蔦が垂れ、棚が生え、本が浮いていた。
 重力があるようで、ないようで、どこまでも静かで——幻想的だった。

 中心には、ふわり、ふわりと光の粒が漂っている空間があった。
 火の粉のように揺らめくそれらは、誰かの“記憶”なのだという。
 エルフたちが何人も、その光を見つめていた。
 小さな子供のような姿の者もいれば、思索する青年のような者もいる。
 誰も言葉を発せず、ただそこにいるという静謐が支配していた。

「——おや、新顔?」

 その声だけが、はっきりと音を持って、リーネリアの背後から届いた。
 振り返ると、そこには人間の少女……いや、少女の姿をした“なにか”がいた。

 彼女はリーネリアと年齢も体格も変わらないように見えた。
 けれど、服装はどこか異国風で、歩き方も、視線の向け方も、この世界の人々とは少し違っていた。

「わたし、ミズキ。人間。でもまあ……ここではエルフに間違えられることも多いかな。
 あなた、リーネリアでしょ?」

「……どうして、名前を?」

「イサリさんに会ったって聞いたから。君みたいなの、塔に入れるのは珍しいんだよ」

 軽い口調のミズキに、リーネリアは少し警戒しつつも、頷いた。
 ミズキはにっこり笑って、手招きする。

「案内してあげる。ここは“ノクスの塔”——死者の記憶を収めた、世界の外側。
 まあ、あたし的には“巨大図書館”って言った方がしっくりくるけどね」

 ミズキに導かれて進んだ先、光の粒が密集する空間に差しかかる。
 ミズキはそのうちのひとつを指でつまむようにそっと触れた。

「ほら、見てごらん。記憶ってのはね、こうやって“見る”ものなの」

 リーネリアの目の前で、光がふっと拡がる。

 視界が一瞬で別の世界へと切り替わった。
 草原、倒れた人、剣の先に立つ少女。だが、音がない。声も、風も、血の音も。

 まるで、無音映画。
 視覚だけの記憶。誰かの“見ていた景色”だけが、静かに流れていく。
 体が動かない。音も匂いも、温度もない。ただ目だけが、そこにあった。

 そして、光は消えた。

「どうだった?」ミズキが問いかける。

「……変な感じ。目だけがある、みたいな……」

「でしょ? これが“記憶”。視覚情報だけで、あとはぜんぶ空っぽ。
 音とか匂いとか感情とか、そういうのは“記録”の方に残されてることがあるけど、ほとんどは光だけ。
 つまりね——」

 ミズキは一本の本を棚から抜き取り、開いて見せた。

「“記録”は文字。“記憶”は映像。塔の中心はこのふたつでできてるの。
 エルフたちは、自分の前世を探すためにここで記憶を見てまわるんだよ」

「……私の前世の記憶も、あるのかな?」

 リーネリアの問いに、ミズキは首をかしげた。

「それがね……わかんないのよ。だってここにあるのは、“死んだ記憶”だけなんだもん。
 転生者の記憶って、そもそも“どこにあるのか”すら不明。
 私も、自分の前の人生の記憶、ここで探したけど、見つからなかった。
 でも、理由がひとつだけあると思ってるんだ」

「理由?」

「——“名前”の呪い」

 ミズキは静かに言った。

「この世界で“名前”をもらうとね、前の記憶に“蓋”がされるんだよ。
 誰かに“ミズキ”って呼ばれたとき、私は初めて“この世界の人間”になった気がした。
 それと同時に、日本のことがどんどん霞んでった。
 あなたも、“リーネリア”って呼ばれてるでしょ? それが、あなたをこの世界の住人にしたのよ」

 リーネリアは思わず、自分の名前を心の中で反復する。
 リナ。自分の本当の名だったかもしれない響きが、薄れていく気がした。

「記憶はどこかにあるかもしれない。でも、見つけるには運と……たぶん、覚悟が要るよ」

 ミズキはそう言って、笑った。

「ま、とりあえず今日は軽く見ていこうよ。初心者にはこれがおすすめ。
 “エルフの記録”。最近人気らしいよ」

 本棚から、ひとつの本がゆっくりと浮かび、リーネリアの前に開かれた。
 重厚で、しかしどこか柔らかい質感のページが、風もないのに一枚めくれる。

 そこには、**エルフという種族の、“死ななさ”と“孤独”**について記された序文があった。

 リーネリアは、静かにそれを読み始めた。


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