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第六章 灰と光の狭間で
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第六章
第六章:灰と光の狭間で
「……ここまでだね」
イサリは森の木漏れ日の中で立ち止まり、振り返った。淡い陽光が彼女の銀白の髪を照らし、まるで霧の中に立つ精霊のようだった。
「私はノクスに戻る。役目があるの」
リーネリアは思わず問いかけた。「また、会えるの?」
イサリは微笑んで首を傾げる。
「森を抜けて、ノクスに来て。……もし、本当に会いたいと思ったら」
「ノクス……?」
「私たちは“選ばれた者”しか近づけない場所だと言われてきた。でも、あなたはきっと辿り着ける」
そう言って、イサリはローブの内ポケットから小さな銀のイヤリングを取り出した。
「これ、片方だけ。お守りとして持ってて」
「……え?」
「いつか、あなたのことを思い出す時に、きっと役に立つ気がするから。いつ来るかはわからないけど——そういう予感って、大事だと思うの」
リーネリアは驚きつつも、それを受け取った。手のひらに乗せると、かすかに温もりがあり、まるで、言葉にできない何かを込められたような気がした。
「ありがとう……大切にするね」
少し離れた木陰で、ルアンがそのやりとりを静かに見つめていた。視線は一瞬だけイヤリングに向いたが、何も言わず、そのままそっと目を逸らした。
⸻
マルヴァの町は、思っていたよりも穏やかだった。リーネリアは石畳の広場を抜け、町の中央にある図書館を訪れた。
そこには、**かつてフェンの書棚にあった本の“原本”**が並び、彼女の目は飢えるように文字を追っていた。
『ゴブリン進化と魔法言語形成の可能性』
『エルフェルの樹と記憶の還元理論』
『ノクス塔調査報告(神歴1332年版)』
それは、歴史ではなく“記録”だった。
人々の解釈が混ざる前の、乾いた事実。
(エルフは死なない。だけど……消える)
ページに描かれた図と、旅の中で見たイサリの瞳が重なった。
(ゴブリンは、増える。そして忘れられる)
何かが、胸の奥でつながった。
⸻
その晩、宿の灯の下で、ルアンと食卓を囲んでいた。
「あんた達もノクスが目当てかい?」と店主が皿を並べながら話し出す。
「けっこう旅人が寄るんですよ。商人も、ちらほらと」
リーネリアは飲みかけた水を止めた。「ノクスって、近いんですか?」
「近いっちゃ近いが、あそこは……エルフの森の向こう。普通の人間が入れる場所じゃないって聞きますよ」
ルアンは黙って食事を続けていた。
「お客さんはエルフかと思ったが、違いますよね?」
店主の声に、ルアンは静かに答えた。
「違います」
その声音があまりに即答で、会話の流れが少しだけ止まった。
店主は笑って「いやーははは、あんまり男前だからついね」と笑って下がっていった。
食器の音だけが、静かに響く。
「……ルアンさん」
リーネリアはこっそり尋ねた。
「エルフってこと、隠した方がいいの?」
ルアンはふと手を止めた。その顔に浮かんだのは、ほんの一瞬の影だった。
「……リーネリアさんは、歴史の授業で何を学びましたか?」
「エルフは神の民。ノクスの塔を守り、世界を観察する種族。誰からも尊敬され、触れられない存在——」
「ええ。教科書はそう書いています。けれど、現実は少し違う」
彼の瞳がランプの火に照らされ、わずかに揺れた。
「人間の一部は、エルフを“理解できないもの”として恐れてきました。だから、彼らは理解しようとせずに……所有しようとした」
リーネリアの息が詰まった。
「誘拐、隔離、解剖。反神派の中には、“神の証”を奪いたいと願う者もいる。それが彼らの“証明”になるから」
「……そんなの、信じたくない」
「でも、あなたは旅をしてきた。きっと、この先でそれを“見てしまう”。そのとき、信じるかどうかは……あなた次第です」
ルアンは再び食事に戻った。その背に、見えない何かを背負っているように見えた。
⸻
その夜、宿の裏路地にて。
黒衣の男が、静かに窓辺を見上げていた。
「リーネリア……フェン…」
袖口から、細く光る毒針がこぼれた。
「セレスタ様の命令は、絶対だ。“過去を変えようとする者”は、排除する」
夜風がカーテンを揺らした。
気づかぬまま、リーネリアは小さく寝息を立てていた。
⸻
第六章:灰と光の狭間で
「……ここまでだね」
イサリは森の木漏れ日の中で立ち止まり、振り返った。淡い陽光が彼女の銀白の髪を照らし、まるで霧の中に立つ精霊のようだった。
「私はノクスに戻る。役目があるの」
リーネリアは思わず問いかけた。「また、会えるの?」
イサリは微笑んで首を傾げる。
「森を抜けて、ノクスに来て。……もし、本当に会いたいと思ったら」
「ノクス……?」
「私たちは“選ばれた者”しか近づけない場所だと言われてきた。でも、あなたはきっと辿り着ける」
そう言って、イサリはローブの内ポケットから小さな銀のイヤリングを取り出した。
「これ、片方だけ。お守りとして持ってて」
「……え?」
「いつか、あなたのことを思い出す時に、きっと役に立つ気がするから。いつ来るかはわからないけど——そういう予感って、大事だと思うの」
リーネリアは驚きつつも、それを受け取った。手のひらに乗せると、かすかに温もりがあり、まるで、言葉にできない何かを込められたような気がした。
「ありがとう……大切にするね」
少し離れた木陰で、ルアンがそのやりとりを静かに見つめていた。視線は一瞬だけイヤリングに向いたが、何も言わず、そのままそっと目を逸らした。
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マルヴァの町は、思っていたよりも穏やかだった。リーネリアは石畳の広場を抜け、町の中央にある図書館を訪れた。
そこには、**かつてフェンの書棚にあった本の“原本”**が並び、彼女の目は飢えるように文字を追っていた。
『ゴブリン進化と魔法言語形成の可能性』
『エルフェルの樹と記憶の還元理論』
『ノクス塔調査報告(神歴1332年版)』
それは、歴史ではなく“記録”だった。
人々の解釈が混ざる前の、乾いた事実。
(エルフは死なない。だけど……消える)
ページに描かれた図と、旅の中で見たイサリの瞳が重なった。
(ゴブリンは、増える。そして忘れられる)
何かが、胸の奥でつながった。
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その晩、宿の灯の下で、ルアンと食卓を囲んでいた。
「あんた達もノクスが目当てかい?」と店主が皿を並べながら話し出す。
「けっこう旅人が寄るんですよ。商人も、ちらほらと」
リーネリアは飲みかけた水を止めた。「ノクスって、近いんですか?」
「近いっちゃ近いが、あそこは……エルフの森の向こう。普通の人間が入れる場所じゃないって聞きますよ」
ルアンは黙って食事を続けていた。
「お客さんはエルフかと思ったが、違いますよね?」
店主の声に、ルアンは静かに答えた。
「違います」
その声音があまりに即答で、会話の流れが少しだけ止まった。
店主は笑って「いやーははは、あんまり男前だからついね」と笑って下がっていった。
食器の音だけが、静かに響く。
「……ルアンさん」
リーネリアはこっそり尋ねた。
「エルフってこと、隠した方がいいの?」
ルアンはふと手を止めた。その顔に浮かんだのは、ほんの一瞬の影だった。
「……リーネリアさんは、歴史の授業で何を学びましたか?」
「エルフは神の民。ノクスの塔を守り、世界を観察する種族。誰からも尊敬され、触れられない存在——」
「ええ。教科書はそう書いています。けれど、現実は少し違う」
彼の瞳がランプの火に照らされ、わずかに揺れた。
「人間の一部は、エルフを“理解できないもの”として恐れてきました。だから、彼らは理解しようとせずに……所有しようとした」
リーネリアの息が詰まった。
「誘拐、隔離、解剖。反神派の中には、“神の証”を奪いたいと願う者もいる。それが彼らの“証明”になるから」
「……そんなの、信じたくない」
「でも、あなたは旅をしてきた。きっと、この先でそれを“見てしまう”。そのとき、信じるかどうかは……あなた次第です」
ルアンは再び食事に戻った。その背に、見えない何かを背負っているように見えた。
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「リーネリア……フェン…」
袖口から、細く光る毒針がこぼれた。
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