朗読幻想録

こががが

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送り手紙

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 私にはエリナという親友がいた。
 いつも穏やかで、ひんがあり、とても物静かな女の子。
 彼女とは幼い頃から仲が良く、中学校に進学してからも、毎日、一緒に下校していた。
 私たちの通学路は、お洒落しゃれなパン屋さんやケーキ屋さんなどが並んでいた。
 その中で、場違いにポツンと、こじんまりした家があった。
 二等編三角形の屋根を持つ洋風の家。
 そして、窓際に並ぶ、たくさんの洋風の可愛らしい人形たち。
 まるで、西洋画の一枚のような、不思議な優雅さが、その家にはあった。

 やがて季節は夏を過ぎ、校庭の隅の木々たちも、気がつけば、夕日のような赤色に染まっていた。
 エリナの誕生日は秋のこの時期。
 私はエリナに少し早めの、そして些細ささいな誕生日プレゼントを渡した。
 エリナは小さな手でプレゼントを握り、きらきらと輝く光を目に浮かべ、私に「ありがとう。すごく、大切にするね」と言ってくれた。

 これがエリナとの大切な思い出。
 私が決して忘れることが出来ない思い出。
 私の中で、決して、「忘れてはいけない」思い出。

 しかし、下校中、あの洋風の前を通ろうとした瞬間、エリナの目から、すうっと光が失われた。
 彼女の目は、曇り空のように灰色によどみ始め、私は、彼女の視界から「排除はいじょ」されてしまったような感覚を覚えた。
 古い外観のその家は、いつもとは違った、どこか薄暗い雰囲気があり、彼女はそのまま、家に吸い込まれるように入ってしまった。

 あなたは来ないで。
 あなたは呼んでない。
 あなたではないの。

 誰とも分からない声が、私にささやいているように聞こえた。
 私は正体の分からないその気配に気圧けおされてしまい、彼女が出てくる前に、一人で帰ることにした。
 この時の私の決断を、私は一生、呪い続けることになる。
 この世に「もし」が存在して、過去に戻れ奇跡が存在するのならば、私は迷うことなくこの瞬間に戻るだろう。

 古い家から離れるとき、窓際に置かれている一体の人形が目に入りました。
 フランス人形。
 鮮やかな黄色の目をしていた。
 水晶のようにきらめく目。
 そしてその人形の顔は、とても嬉しそうに、とても幸せそうに、穏やかに微笑ほほえんでいた。

 その日の夜の9時ちょうど。
 エリナから電話がかかってきた。
 けたたましく鳴り響く着信音に急かされ、半開きのまぶたを無理やりこじ開けて、私はそのままスマホを耳に当てる
 最初、スマホの故障を疑った。
 スマホの向こう側から、ザァー、ザァーと波が割れるような雑音が続いていたからだ。
 まるで、チャンネルが合っていないラジオのような、不快な機械の音。
 それはラジオのノイズではなかった。
 エリナが泣いている声だった。
 電話の向こう側。
 彼女がき込む音、鼻をすする音が確かに聞こえてきた。
 泣き続けて、れてしまったエリナの声が、彼女が泣き声をあげるたびに、ノイズのように聞こえていたのだ。
「エリナ、大丈夫……?」
 呼びかけた私の声は、ザー、ザーというノイズによってかき消されてしまう。 
 私は一瞬、身体からだ強張こわばらせた。
 かすかにエリナの声が聞こえたのだ。。
 ノイズではなく、ちゃんと意味をなす言葉が。

「……人形が……」
   人形。
 彼女の言葉から聞き取れたのは、その単語だけだった。

「どうして……この人形を……」
「……どうして……ころ……したの……?」
「……どうして……ここで……?」
「あの目で私を……私から離れないの……」
「あの黄色の目で……」

 黄色の目。
 彼女を落ち着かせるため、私は再度、いくつか言葉をかける。
 しばらくの間を置いて、彼女はやっと、たどたどしく、話が出来る様になった。

「私、どうしてか分からないけど、家に着いた時に紙袋を持っていたの……」
「それがどこから……どこで私が受け取ったのか分からないけれど……木の箱が入ってて……」
「その箱はすごく綺麗な……ヴァイオリンの金色の刻印こくいんがされていたんだけど……その中に……あの子が……」
 あの子?
 私はエリナに聞き返す。
「……あの子がいたの……。フランス人形が入っていたの……黄色の目をした……あの子が……」
 そして、エリナは私に、黄色の目を持つフランス人形について、語り始めた。

「その人形……昔持っていた人形にそっくりだったの……ずっと……大切にしていたあの子に…………」
 エリナは胸とのどの奥が苦しそうでしたが、なんとか話を続けた。
「……わたし、5歳の時、誕生日プレゼントに、あの子を……フランス人形をもらったの」
「その子、わたしと同じで……黄色で……目が黄色で、わたし、妹のように可愛がっていたの」
「わたし、ずっと思ってたの……。その子を自分の双子のように、ずっと思ってた……」
「……でも去年、家からパパが出て行って。それから、ママが毎日お酒を飲むようになってしまって……」
「必死に止めようとしたの。わたし、ママがお酒飲まないように、お酒隠したりして、頑張って止めようとして……」
「でもそうしているうちに……あるとき、ママとすごい喧嘩になっちゃって……」
 エリナはき込み続ける。
「そのとき、ママは言ったの……。わたしに……言い放ったの…………」
「わたしを産まなければよかったって……」
「わたしを産まなければ、きっと『しあわせ』だったに違いないって……」
「……わたし、ショックで…どうしようもなくないくらいにショックで…………そのまま、自分の部屋にこもっちゃったの」
「そうしたら……あの子がこっちを……その人形がこっちを見ている気がしたの……」
「あの子の顔、すごく、わたしのことを心配しているように見えたの……」
「でも、その目線が……とても悔しくて、苦しくて……」
「なんだか……わたし、自分のことが……とてつもなく、惨めな存在にしか思えなくなってしまって……」
「……机の上に置いてあった、その人形を、思いっきり床に叩きつけてしまったの……」
「あの子、丈夫じょうぶに見えたんだけど、本当はとても傷つきやすかったの……本当はとても、もろかったの……」
「地面に当たった、あの子の顔は、右側がひどくゆがんでしまった……」
 エリナの声が震える。恐怖と嫌悪けんおから来る震え。
 「歪んだあの子の……その顔を見るのが、とてもつらくて、耐えられなくて……」
「あたしとママは人形を捨ててしまったの」
 じゃあ、もしかして箱に入っていたのって……?
 私が尋ねると、彼女は力なく、うん、と答える。
「……今日、箱に入ってたあの子を見て、ママも気味悪がって……人形を見た瞬間、明日捨てようと言ったの」
「そしたらママが急に……ママが急に!」
 エリナはもう一度、絶叫する。
 今度の絶叫は「恐怖」のみから来る絶叫。
 この世のものとは思えないほどの怖しい絶叫。
「ママが急に……自分で頭を机に打ち付け初めてしまって……」
「何度も!なんども!私が何度、止めても……」
「……ママは血が止まらなくなっても、頭を打つのをやめなくて、私は力ずくで止めようとしたら……まだ潰れていない方の目が……わたしの方を向いていて……」
「その目が黄色だったの……あの人形と全く同じ……」
 エリナの声はまた途切れ途切れになりました。
 ママが……もう顔が……目が……右目が……その言葉が何度も聞こえました。
 しばらく彼女の泣き声と叫び声が交互に聞こえたあと、かすかにエリナの小さな声が聞こえた。
 まるで、電話口から何メートルも離れているところからつぶやいているような、とても小さな声が。

「…………私を…………ころした……?」
「……ころ……した……?」
「…………どうして…………の?」
「どうして…………私を…………たの?」
「私は…………大切に…………」
「私…………は大切……?」
「私は…………殺す……の……」
「それでも」
「…………たすけて………あ……て」
「たすけて」
「………………だれか」
 ガチャン。
 大きな音がした。
 どうやらエリナが電話機を落としてしまったようだ。
 電話はそのまま途切れてしまった。
 私は何度も彼女に電話をかけなおす。
 しかし、決して、彼女に電話が繋がることはなかった。

 後日、私はニュースで知ったのだが、エリナの母親は、頭蓋骨と右目が潰れた状態で、遺体として発見されたらしい。
 エリナが話していた人形と同じく、右側が潰れてしまった状態で。
 遺体が発見される前日、家にいたのはエリナと彼女の母親だけだった。エリナには母親の殺害容疑がかけられた。
 しかし、エリナはもう会話が出来る状態ではなく、当然、母親殺害について否定も弁解もすることが出来なかったらしい。
 そして、エリナはただ一人「ごめんなさい」と誰に語りかけるでもなく、つぶやいているらしい。
 もし、この世に「呪い」というものが存在するのならば、エリナの母親の顔を潰してしまったものは、黄色の目を持つ人形の呪いだったのかもしれない。
 それともやはり、呪いなんて存在するはずがなく、電話で話した内容は全て、母親をあやめてしまったエリナが、自分の正気を保つために、私と彼女自身についた嘘だったのかもしれない。
 いずれにしても、全ての真相は闇の中。
 もしかしたらエリナ自身、最早もはや覚えていないのかもしれない。

 けれども、私は考えてしまう。
 呪いが実在して、全ては人形の起こした惨劇だったとしたら。
 エリナが何も罪を犯していなかったとしたら。
 どれだけ私は救われるだろうか、と。
 
 あの日、私が人形屋さんで見かけた、黄色の目の人形は、エリナの言っていた人形であるように、どうしても思えてならない。
 そして、あの人形には、今回の事件を引き起こすだけの、不気味な雰囲気が、不思議な力が込められていたのではないか。

 同時に、私は、疑問に思う。

 私が見かけた時、黄色の目の人形は、とても優しい表情をしていた。
 仮に人形に不思議な力が宿っていたとしても、なぜ、こんな惨劇を引き起こしてしまったのだろうか、と。

 人形に不気味な力があって、人形があの事件を引き起こしたのだとしたら、あの人形は、果たして満たされたのだろうか。
 今、しあわせなのだろうか。
 あのときのような穏やかな表情を、今もしているのだろうか。

 あなたは本当に今もしあわせ?

 心の中で、真っ黒に染まった感情のまま、泣きながら、私はずっと問い続ける。
 昨日も。
 今日も。
 明日も。
 ずっと。ずっと。
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