魔王討伐戦で亡国の女帝をナンパしたら、めちゃくちゃ重たく愛されている勇者の俺

蒼山りと

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密偵の掟をやぶったエリル

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「王国の密偵には、絶対の掟があります」

シュベリートの声が、突如として鋭さを帯びた。
「正体が露見した場合、その事実を知る者は......消さねばならない」

俺の背筋が凍る。エリルの手が、かすかに震えている。

「私は重要な相手国の大使ですから、例外でしょう」

シュベリートは静かに続ける。
「しかし、アルはどうでしょうか」

その言葉に、エリルの震えが強くなる。

「あなたは......アルを殺すのでしょうか。それとも......」

シュベリートの問いかけに、一瞬の沈黙が流れる。エリルの手が俺の手を強く握る。

「殺すわけないじゃないですか」

エリルの声は、意外なほど強かった。

「そうですか」

シュベリートの目が細まる。
「しかし、もともと彼はあなたの殺しのターゲットでしたよね?」

エリルは深いため息をつくと、俺の方を向いた。

「正直に話します。最初、私はアルさんのことを、ただのレンのそら似だと思っていました」

彼女の声に力が入る。
「もし本当に勇者レンなら......証拠が欲しいとも思います。それが本当なら、殺しはしませんが、私は彼を許せません」

エリルが俺の手を離し、シュベリートの方を向く。

「それは、私の芸名でお分かりにならないのですか?」

俺は少し驚いていた。自分が殺害対象だったなんて。でも......。

「俺は......エリルという名の女の子なら、殺されてもいい」

思わず口から出た言葉に、エリル自身が驚いたように振り返る。

「アル......?」

シュベリートが、満足げな表情を浮かべていた。まるでこの会話こそが、彼の本当の目的だったかのように。

「私は、エリルを信じるためにこの会話を続けていました」

シュベリートの声が柔らかくなる。
「そして確信が持てました。エリル殿は、信用できる」

いつしか、窓から差し込む夕陽が三人の影を長く伸ばしていた。

「気をつけて」

シュベリートは窓の外を見やる。
「もう、出発するのが賢明でしょう。夜の関所は......より危険になります」

「でも」

俺は思わず口を開いていた。

「なぜ、わざわざ火種を作るのですか?」

シュベリートは静かに目を閉じ、深いため息をついた。

「アル......いや、レン。300年前の約束は、まだ完全には果たされていない。人間と魔族の真の和平は、まだ道半ばです。 わかっているよ。君には見抜かれているんだね。私がまだ人間を信じきれずにいて、試していることを」

人間である俺は、火種があれば必ず、戦争が起きるとだろうと思う。
仮に魔鏡が火種であるならば、だ。

しかし、魔王はひょっとしたら戦争は起きないのではないか?と信じたいのかもしれない。
宮殿を出て、馬車に乗り込むまで、俺たちは言葉を交わさなかった。

エリルは窓の外を見つめたまま、時折レプリカの魔鏡に目を落とす。その表情には、複雑な思いが交錯していた。

「エリル」
「......はい」
 彼女は俺の方を向かず、答えた。

「本当のことを話してくれて、ありがとう」

その言葉に、エリルの肩が小さく震える。
「どうしてそんな優しい言葉を? 私はすべてを話したわけではないのに」
「エリルは、それでも本当のことを話してくれたんだから」

馬車が石畳を進む音だけが、しばらく続く。

「私は......密偵よ。あなたを殺そうとした暗殺者。そして......」
エリルの声が途切れる。
「あなたを騙していた嘘つき」
「そんなところも含めて全部、俺はエリルが好きだ」

涙が、彼女の頬を伝う。
エリルは両手で顔を覆った。その肩が、小刻みに震えている。

「私の芸名......なんで、エリルか分かります?」

彼女の声は掠れていた。

「わたしは悲恋の女帝エリルではありません。でも、すごく共感しちゃうんです……」

「ああ」

俺は静かに頷く。

「だから、俺が殺しのターゲットではなく、レンだったとしても、エリルは俺を許せないんだろう?」
「ええ。でも......」

エリルが顔を上げる。瞳には、まだ涙が光っていた。

「今のあなた.....アルさんは、私の話と無関係なこともわかっているのです.」

言葉が途切れる。でも、その想いは確かに伝わってきた。

馬車は、夕暮れの帝都を走り続けていた。関所での危険が待ち受けているのは分かっている。でも今は、この時間が大切だった。

エリルの手が、そっと俺の手を握る。

きっと彼女も、女帝エリルと同じような思いをしたのだろう。昨夜の夢で見た、あの地下牢獄での絶望。誰かを待ち続け、裏切られ、そして一人で死んでいく......。だから俺は、たとえ彼女にとってのレンではなくても、せめて優しくしてやりたかった。

エリルの手を握り返しながら、俺は夕陽に照らされた空を見上げた。
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