魔王討伐戦で亡国の女帝をナンパしたら、めちゃくちゃ重たく愛されている勇者の俺

蒼山りと

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王女の恩赦と密偵の掟

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 リファイア王女の私室へ案内された俺とエリル。朝陽が差し込む部屋には、窓辺に立つ王女の凛とした姿があった。彼女は振り返らないまま、窓の外に広がる王都の景色を見つめている。
「お帰りなさい、エリル。そして、アルさんもお疲れさまでした。新婚旅行楽しめましたか? ……あら?」
 リファイア王女の声は穏やかだ。彼女がゆっくりと振り返ると、その瞳には鋭い光が宿っていた。王女らしい気品と威厳に満ちた佇まいが、部屋の空気を引き締める。
「はい、ただいま戻りました」
 エリルは膝をつき、恭しく頭を下げた。俺も彼女に倣って膝をついた。
「親書は無事お届けし、大使からの返答も」
 エリルが魔鏡のレプリカを取り出そうとした瞬間、リファイア王女が手を上げて制した。
「まず、お聞きしたいことがあります。エリル、あなたは掟を破りましたね?」
 王女の言葉に、エリルの肩がピクリと震えた。俺は不安げに彼女の横顔を見たが、エリルは表情を変えず、ただ静かに答えた。
「はい。私の正体を知られてしまいました」
 リファイア王女はゆっくりと椅子に腰掛け、じっとエリルを見つめた。
「アルさんは、すべてをご存知なのですね?」
 王女の視線が俺に向けられる。その目は何も感情を読み取れない、澄み切った湖のようだった。
「ええと、密偵だってことは……」
「すべて、話しました」
 エリルが俺の言葉を遮って、毅然と答えた。
「王女様、罰は甘んじて受けます。ですが、アルさんには罪はありません。どうかお許しを」
 リファイア王女はじっとエリルを見つめた後、深いため息をついた。
「密偵の掟を知っていますね、エリル」
「はい。正体が露見した場合、三つの選択肢があります」
 エリルの声は震えていなかった。まるで自分の運命を受け入れているかのように、淡々と続ける。
「一つ目は、自らの命を絶つこと。二つ目は、正体を知った者を殺すこと。三つ目は、王国の処刑を受けること」
「王女さま……私を処刑してください。この罪深い私をいかようにも処分ください。覚悟はできています」
「エリル、あなたがこの国に来た経緯を、アルさんはご存じですか?」
 エリルの顔から血の気が引いた。彼女は唇を噛み、俯いた。
「いいえ。まだ、話していません」
「アルさん、エリルはかつて、私の二人の兄を毒殺した暗殺者でした」
 王女は優雅に振り返り、俺を見つめた。
「彼女の本名はアリア。ルシアン伯爵の屋敷で育てられ、身分を貴族の娘だと偽りエリルという名で王子たちに近づき、暗殺を重ねました」
 ルシアン……。命令書にあった名前だ。彼女の歌に登場した人物。いつかの夜、馬車の中でエリルが歌った歌の主人公と同じ名前。彼女の過去の記憶が鮮明に蘇ってきた。
「そんな……」
 俺が絞り出すように言うと、リファイア王女は静かに続けた。
「処刑場で私は彼女の目を見て感じました。彼女は道具として利用されただけだと」
 エリルは膝をついたまま、顔を上げることができずにいた。その肩が小刻みに震えている。
「私は彼女に選択肢を与えました。死か、それとも私に仕えるか」
 俺はエリルの震える背中を見つめながら、歯を食いしばっていた。王女が続ける。
「そして彼女は選びました。私の密偵として、王国のために働くことを。過去の罪を償うために」
 沈黙が部屋を満たす。俺の頭の中では、エリルの歌が繰り返し響いていた。王子に仕える少女。裏切られた少女。そして牢獄に閉じ込められた少女。それが彼女の過去だった。
「アルさん」
 リファイア王女の声が俺を現実に引き戻す。
「エリルはあなたを殺せなかった。それは密偵として失格です。本来なら、三つ目の選択肢しか残されていません」
 エリルの体が緊張に固まる。俺は思わず前に出て、彼女の前に立った。
「待ってください。エリルに何かあるなら、俺も同じ運命を受けます」
 部屋に息をのむような静寂が流れた。リファイア王女は少し驚いたように俺を見つめ、それからふと表情を緩めた。
「アルさん、あなたは勇者レンに似ています。その姿だけでなく、心までも」
 王女の言葉に、俺は戸惑った。昨日の夢が頭をよぎる。牢獄でエリルを救えなかった勇者レンの記憶。でも、今度は違う。
「私はエリルを愛しています。彼女の過去がどうであれ、俺の気持ちは変わりません」
 エリルが震える声で俺を呼んだ。
「アルさん、やめてください。私は本当に王子たちを殺したんです。罪を犯したんです」
「知ってる。でも、お前を守りたい」
 リファイア王女は二人を見つめ、やがて深いため息をついた。
「エリル、アルさん。あなたたちに恩赦を与えましょう」
 俺とエリルは驚いて顔を上げた。王女は真剣な眼差しで続けた。
「ただし、条件があります」
 エリルはまだ膝をついたまま、真っ直ぐに王女を見上げた。
「何でもいたします」
「勇者レンを騙る詐欺師を暗殺してください」
 俺の背筋に冷たいものが走った。あの、俺と瓜二つの男? そしてエリルの声がかすかに震えた。
「はい、承ります」
「でも、誰の手も借りてはなりません。あなた一人で」
 王女の言葉に、エリルは無言で頷いた。俺は思わず口を開いた。
「でも、それじゃあエリルが危険です!」
「アルさん」
 エリルが静かに俺の名を呼び、初めて顔を上げた。彼女の瞳には覚悟の色が宿っていた。
「これは私が選んだ道です。ルシアンに騙されて犯した罪を、自分の手で償わせてください」
 俺は言葉に詰まった。エリルはリファイア王女に向き直り、凛と頭を下げる。
「必ず、任務を果たします」
「あなたの忠誠心を信じています」
 リファイア王女は静かに頷いた。その表情には厳しさと同時に、かすかな慈しみが混じっていた。エリルは立ち上がり、深く一礼すると、一瞬俺を見つめてから足早に部屋を出ていった。
 俺は王女に向き直った。
「王女様、どうか俺にも何かさせてください。エリルを守るために」
 リファイア王女は穏やかな笑みを浮かべた。
「あなたがエリルを愛していることは分かります。でも、これは彼女自身が乗り越えなければならない試練です。掟を無条件で赦しては、みなが納得いかないでしょう」
「でも、俺は……」
「エリルは幸せですね。けれど、任務には関わらないことです。大丈夫ですよ、彼女はとても強い女性ですから」
 王女の言葉は優しいながらも、断固としていた。俺は諦めきれず、部屋を後にした。廊下を急ぐと、エリルは既に姿を消していた。
 宮殿の庭園で、俺はようやく彼女を見つけた。柳の木の下で、彼女は竪琴を静かに奏でていた。その姿は哀愁を帯び、まるで別れの曲を奏でているかのようだった。
「エリル」
 俺が声をかけると、彼女はゆっくりと竪琴から手を離した。
「アルさん、今までありがとう」
 エリルの声は穏やかだったが、どこか諦めの色が混じっていた。
「アルさんと結婚する話、なかったことにして」
「何言ってるんだ! 俺はお前と一緒にいたい」
 彼女は悲しげに微笑んだ。
「アルさんには、私の幻影に縛られてほしくないの」
「エリル!」
 俺が彼女の肩をつかむと、彼女は淡々と続けた。
「アルさん、私はルシアンに育てられました。彼は私を娘として愛し、私も彼を父として慕いました」
 彼女の瞳が遠い記憶を辿るように曇る。
「でも、それは偽りでした。彼は私を道具として育て、王子たちを殺させるために王宮に送り込んだのです。王子たちは私の罠にかかり、次々と命を落としました。でも、捕まった時、リファイア王女は私を許してくれたんです」
 エリルの目から一筋の涙が伝う。
「私には自分の人生を歩む資格なんて、はじめから、ありません。アルさんとの約束も、ごめんなさい。悪い冗談でしたね」
 彼女がそっと俺の手を解き、一歩後ずさる。
「だから、忘れてください。私のことも、すべて」
「馬鹿言うな!」
 思わず声を荒げると、エリルは少し驚いた顔をした。
「俺はお前を許す。王女も許した。なのになんで自分を責め続けるんだ?」
「ふふふ、笑わせないでくれるかしら?」
「俺はお前を待つ。任務が終わったら、必ず戻ってこい」
 エリルは驚いたように俺を見つめた後、クスクスと笑いはじめた。
「戻るに決まっているじゃない? 私を誰だと思っているの? 王国一の歌姫よ? あなたには不釣り合いだと思うわ」
「何言っているんだ、強がるなよ?」
 彼女は答えなかった。代わりに、竪琴を手に取り、柔らかな旋律を奏で始めた。
「女帝エリルは最後まで勇者レンを信じました。でも、レンはエリルの声に応えてくれることはなかったのです」
 エリルの透き通った声が庭園に響き渡る。彼女の持ち歌だ。最後の音色が消えると、彼女はそっと立ち上がった。
「私たちの物語には、こう締めくくられるのが一番美しいと思いませんか? アルさん、さようなら」

 彼女が背を向け、石畳の小道を歩き始める。俺は追いかけようとしたが、彼女の決意の固さを感じて、足が止まってしまった。
 エリルの背中が遠ざかっていく。彼女はこれから詐欺師を追い、暗殺の任務に向かう。そして、おそらく戻るつもりはない。彼女の中では、すでに別れが決まっていたのだ。
 だが、俺はそれを受け入れられなかった。
「エリル!」
 俺は叫んだ。彼女の歩みが一瞬止まる。
「必ず、迎えに行く。王女の命令だろうが何だろうが、俺はお前を助ける!」
 エリルはゆっくりと振り返った。その顔には、かすかな驚きと、悲しみが混じっていた。
 しかし、彼女は満面の笑みを次の瞬間浮かべた。その笑いがひきつっているのを俺はすぐ見抜く
「アルくん? わたし、悪いんだけど……軽い女なの。もう飽きちゃったんだよね? 君みたいな真面目くんには。じゃぁね。バイバイ!」

 そう言って、彼女は再び歩き出した。
 庭園に一人残された俺は、拳を握りしめた。女帝エリルを見捨てた過去の記憶と、目の前で遠ざかる彼女の姿が重なる。

「今度は違う」
 俺は決意した。密かにエリルを守り、彼女を救うために行動する。たとえ王女の命に背くことになっても、エリルの命は守る。それが、勇者レンとして、そしてアルとしての俺の選択だった。
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