九龍懐古

区区之心

一歩前進とスッカラカン

区区之心４





大地ダイチが家に着くと上カムラはもう帰ってきていた。

「おかえり大地ダイチ、雞蛋仔エッグワッフルどうやった？」
「美味しかったよ。これお土産」

上カムラの声に応えつつ大地ダイチは豆腐花ダウフーファの入った袋をガサッとテーブルに乗せる。そのテーブルの隅に、封筒が置いてあった。上カムラがさっき燈瑩トウエイに渡していたものと似ている。
大地ダイチが封筒を手に取ると、上カムラが豆腐花ダウフーファの紙パックを開けながら言った。

「あぁそれ、猫マオに届けなあかんねん。まぁ今日やなくてもええんやけどな、明日でも」
「ふぅん…」

会話が途切れる。

…あれ？変だな。いつもなら大地ダイチは、俺が行くとか一緒に連れていってとか騒ぐはずなのに。そう思い上カムラはチラッと大地ダイチを見た。

大地ダイチは封筒を見詰めたまま何か考えている。そして。

「気をつけて行ってきてね」

そう言うと、封筒をテーブルに戻し風呂場の方へ足を向けた。
その後ろ姿を上カムラは咄嗟とっさに呼び止める。

「ちょ！待て待てどうしたん」
「どうした、って？シャワー浴びるんだけど…上カムラ、先にお風呂使いたいの？」
「あ…えっと…」

キョトンとしている大地ダイチに困惑する上カムラ。

普段と態度が違い過ぎる。文句を言う大地ダイチに上カムラがあれやこれやと口うるさく返し、ひとしきり揉めた後、もう！バカムラ！とか悪態をつかれるまでがワンセットなのに。

けど…いや、これでいいんじゃないか？
そんな考えが上カムラの頭を巡る。

心配の種がひとつ減ったんだから。少しでも危ないことはさせたくないし、危ない場所には行かせたくなかった上カムラとしては、願ってもない変化。

だが。


「早めに浴びるよ。明日も忙しいんでしょ」

そう呟いた大地ダイチの顔が、寂しそうに見えた。
上カムラはふと燈瑩トウエイとの会話を思い返す。

追い付きたい、役に立ちたいという気持ち。
けれど力が足りなくて守られている側の、悔しくてもどかしい気持ち。
その気持ちを１番わかるのは、わかってやれるのは────他でもない上カムラのはずだ。

「そうなんよ、忙しいねん。やから……これ、大地ダイチに頼んでもええかな？」

その上カムラの台詞に、大地ダイチが驚いて目を見開く。天と地がひっくり返ったかのような表情。

「猫マオん所なら大丈夫やろ、１人でも。危ないけど、昼間なら大丈夫やろ。危ないけど」

自分で言っていて、ちょっとチグハグだな…と上カムラは思ったが、心配は心配なのだから仕方無い。
大地ダイチが小さな声で聞き返す。

「…いいの？」
「ええよ。ちゅうか、俺が心配症やからやねんな。うるさく言ゆうてまうのは」

上カムラは先ほどの燈瑩トウエイの言葉を拝借した。すんません、上手い言い方だったんで。その勢いのまま続ける。

「やけど、力になりたいって気持ちはわかるんよ。わかるから…これからは、大地ダイチに任せられる仕事は任せる。ええかな？」

それを聞いた大地ダイチの顔が、パアッと明るくなった。本当に！？とキラキラした瞳で上カムラにたずねる。
簡単なやつだけやぞと上カムラは念を押したが、嬉しそうに部屋を駆け回る大地ダイチはちゃんと聞いてくれているだろうか。

やっぱり明日、樹イツキに頼んでついてってもらおかな。ハシャぐ大地ダイチの笑顔を見ながら上カムラは思った。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





その頃【東風】では─────

「ただいま」
「あっ…樹イツキ…まだある…？」
「あるよ、はい東アズマの分」
「豆腐花ダウフーファ？ありがとう…いや、じゃなくて、お土産じゃなくて」
「雞蛋仔エッグワッフルは食べちゃったよ」
「いや、あの…お金、まだある？」
「無いよ」
「ですよね！！！！」