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愛月撤灯
幽暗と生意気
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愛月撤灯2
翌週。燈瑩はまたしてもあの豪奢な扉をノックしていた。
「どうぞ」
「月…閉めてて良かったんだよ」
今日は他の店舗でトラブルがあり【酔蝶】へ来るのが遅くなってしまっていた。オーナーに連絡を入れると、‘月が売り上げを持って待っている’との言伝。
金は店の金庫に入れておいてくれれば構わないと答える燈瑩だったが…結局押し切られる形で部屋へ招かれる運びに。
「だって、会いたかったんだもの」
開いた扉の先、ベッドに横になったまま月がクスッと笑う。集金用の封筒は入口側のテーブルの上に用意されていたが、それを手にしてすぐに出るのもどうかという気がした燈瑩はポケットから煙草を取り出した。
火を点け何口かふかす。月の視線が刺さる。
待っていてくれと頼んだ訳じゃない。オーナーにも念をおしておいた。なのに、こう見詰められてはこちらが悪いような気がしてくる。確かに月を避けたような格好になってしまったのは悪かったけれど…。
「悪かったよ。ごめん」
軽いお手上げのポーズで謝罪する燈瑩に、月は目尻を下げゆったりとした口調で言った。
「悪いと思うなら────こっちに来て」
視線が合わさる。燈瑩は肺の奥深くまで煙を吸い込み、言葉とともに吐き出した。
「…俺と寝ても、別に得することないよ?」
ベッドに歩み寄り端に膝をつく。
「あら。失礼ね」
月は愉しそうに口角を上げ、腕を伸ばすと燈瑩の髪留めを奪った。ハーフアップにしていた黒髪がほどける。鉄製の枠組みが軋み、キィと小さく音を立て、そして────
「そんな理由で誘ってるんじゃないわ」
静かに唇が重なった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うふふっ、燈瑩と寝ちゃった!店の娘達に自慢しちゃおうかしら」
「もー…やめてよ…」
幽暗の中、乱れたシーツの上、仰向けで悪戯に笑う月を苦笑いで制した燈瑩が煙草をくわえる。月も身体を起こし、肩越しにその手元を覗き込んだ。
「随分吸うのね。1本貰える?」
「吸うの?」
「ちょっと前からね。貴方いつから?」
「10年前くらいかなぁ」
言いながら燈瑩は月の口元へ煙草を運び、ライターを擦って火を点ける。
「え、貴方今いくつ?そんなに年上には見えないけど」
髪をかきあげて問い掛ける月に、燈瑩は自分も紫煙をくゆらせつつ質問。
「月何歳?」
「17」
「俺14だよ。もうすぐ15」
大きな目をますます大きくする月。
冗談でしょ?と呟くその表情を見て燈瑩は本当本当と楽しそうに笑った。
「アタシそんな子供に2回も断られたの?」
「子供だから月が相手するまでもないんだって」
「なにそれ、生意気。今まで男に断られた試しなんて無かったのよ?」
月がため息をつく。
「煙草も女も…随分早くから知ってるのね」
「ほめてるの?」
「違うわよ」
そら笑いを浮かべる燈瑩に、月は婀娜っぽい視線を送り言葉を続けた。
「妬いてるの」
予想外の台詞。燈瑩は暫し固まったが…煙草が燃え尽きる頃にフッと笑って口を開いた。
「月がナンバーワンなの、わかるよ」
「どうして?」
「みんな本気になるってこと」
魅惑的な外見もさることながら、扇情的な演出や内面でも人を惹きつける。人気があるのは必然だ。
「けど燈瑩はならないでしょ」
「んー…いつもはね…」
損か、得か。
近付いてくる人間達は皆マフィアから流れる金が欲しいかこの少しばかり良い顔が欲しいかのどちらかで、例外なんてない。燈瑩が15年足らずで学んだのはここ犯罪都市九龍で上手に生きて行く術だった。
そう、例外なんてない。が。
月の言葉に頷きつつ燈瑩は小首を傾げた。
「でも、月にはなるかもよ?」
それを聞いた月はキョトンとした表情をし───弾けるように笑った。
「あははっ!貴方この仕事向いてるわね!」
「ほめてるの?」
「そうよ!」
今度は勢いよく肯定。その様子に燈瑩も破顔し、2人でひとしきり笑う。
「燈瑩」
別れ際、部屋を出る背中に月が声を飛ばす。
「またお相手してもらえるかしら?」
「…お誘いいただければ」
扉を閉める直前、満足そうに微笑む月の姿が燈瑩の目に焼き付いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜を境に、燈瑩が【酔蝶】へと足を運ぶ回数はいくらか増えることとなる。とはいえ仕事上の付き合いの域は出ずに、月と顔を合わせるのも毎回ほんの数分ではあったが。
そんな折、時間が空いた燈瑩が開店前に差し入れを持って【酔蝶】に訪れると、オーナーが受付で頭を抱えていた。
「どうしたんです?」
「燈瑩君…差し入れかい?ありがとうね」
礼を言うその語気は弱々しく、明らかに何か問題が起こったのであろうことを示唆していた。話してくれと促す燈瑩にオーナーは口を開く。
「月がな…今日は仕事に出たくないと…」
「え?理由は?」
「それがわかればいいんだが…」
突然の欠勤希望、原因は不明らしい。
店ではキャストごとにランクがついている。月は最高級のSSなので、文字通り指名料金が桁違いだ。ここの集客が見込めないと店側は相当の痛手…売り上げはかなり落ち込む。
けれどオーナーとしても月にあまり無理強いはしたくなさそうな様子。はじめはナンバーワンの機嫌を損ねない為かと思ったが、どうやら些か異なるようで。
燈瑩が【酔蝶】を訪れた初日、不在だったオーナーが中継ぎを任せていたのも、今考えれば仕事面以外での月との関係性が深いことを示していたのだろう。
「じゃあ…こうしましょう」
燈瑩はひとつ案を出した。そして、今日も見慣れた豪奢な扉を叩く。
翌週。燈瑩はまたしてもあの豪奢な扉をノックしていた。
「どうぞ」
「月…閉めてて良かったんだよ」
今日は他の店舗でトラブルがあり【酔蝶】へ来るのが遅くなってしまっていた。オーナーに連絡を入れると、‘月が売り上げを持って待っている’との言伝。
金は店の金庫に入れておいてくれれば構わないと答える燈瑩だったが…結局押し切られる形で部屋へ招かれる運びに。
「だって、会いたかったんだもの」
開いた扉の先、ベッドに横になったまま月がクスッと笑う。集金用の封筒は入口側のテーブルの上に用意されていたが、それを手にしてすぐに出るのもどうかという気がした燈瑩はポケットから煙草を取り出した。
火を点け何口かふかす。月の視線が刺さる。
待っていてくれと頼んだ訳じゃない。オーナーにも念をおしておいた。なのに、こう見詰められてはこちらが悪いような気がしてくる。確かに月を避けたような格好になってしまったのは悪かったけれど…。
「悪かったよ。ごめん」
軽いお手上げのポーズで謝罪する燈瑩に、月は目尻を下げゆったりとした口調で言った。
「悪いと思うなら────こっちに来て」
視線が合わさる。燈瑩は肺の奥深くまで煙を吸い込み、言葉とともに吐き出した。
「…俺と寝ても、別に得することないよ?」
ベッドに歩み寄り端に膝をつく。
「あら。失礼ね」
月は愉しそうに口角を上げ、腕を伸ばすと燈瑩の髪留めを奪った。ハーフアップにしていた黒髪がほどける。鉄製の枠組みが軋み、キィと小さく音を立て、そして────
「そんな理由で誘ってるんじゃないわ」
静かに唇が重なった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うふふっ、燈瑩と寝ちゃった!店の娘達に自慢しちゃおうかしら」
「もー…やめてよ…」
幽暗の中、乱れたシーツの上、仰向けで悪戯に笑う月を苦笑いで制した燈瑩が煙草をくわえる。月も身体を起こし、肩越しにその手元を覗き込んだ。
「随分吸うのね。1本貰える?」
「吸うの?」
「ちょっと前からね。貴方いつから?」
「10年前くらいかなぁ」
言いながら燈瑩は月の口元へ煙草を運び、ライターを擦って火を点ける。
「え、貴方今いくつ?そんなに年上には見えないけど」
髪をかきあげて問い掛ける月に、燈瑩は自分も紫煙をくゆらせつつ質問。
「月何歳?」
「17」
「俺14だよ。もうすぐ15」
大きな目をますます大きくする月。
冗談でしょ?と呟くその表情を見て燈瑩は本当本当と楽しそうに笑った。
「アタシそんな子供に2回も断られたの?」
「子供だから月が相手するまでもないんだって」
「なにそれ、生意気。今まで男に断られた試しなんて無かったのよ?」
月がため息をつく。
「煙草も女も…随分早くから知ってるのね」
「ほめてるの?」
「違うわよ」
そら笑いを浮かべる燈瑩に、月は婀娜っぽい視線を送り言葉を続けた。
「妬いてるの」
予想外の台詞。燈瑩は暫し固まったが…煙草が燃え尽きる頃にフッと笑って口を開いた。
「月がナンバーワンなの、わかるよ」
「どうして?」
「みんな本気になるってこと」
魅惑的な外見もさることながら、扇情的な演出や内面でも人を惹きつける。人気があるのは必然だ。
「けど燈瑩はならないでしょ」
「んー…いつもはね…」
損か、得か。
近付いてくる人間達は皆マフィアから流れる金が欲しいかこの少しばかり良い顔が欲しいかのどちらかで、例外なんてない。燈瑩が15年足らずで学んだのはここ犯罪都市九龍で上手に生きて行く術だった。
そう、例外なんてない。が。
月の言葉に頷きつつ燈瑩は小首を傾げた。
「でも、月にはなるかもよ?」
それを聞いた月はキョトンとした表情をし───弾けるように笑った。
「あははっ!貴方この仕事向いてるわね!」
「ほめてるの?」
「そうよ!」
今度は勢いよく肯定。その様子に燈瑩も破顔し、2人でひとしきり笑う。
「燈瑩」
別れ際、部屋を出る背中に月が声を飛ばす。
「またお相手してもらえるかしら?」
「…お誘いいただければ」
扉を閉める直前、満足そうに微笑む月の姿が燈瑩の目に焼き付いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜を境に、燈瑩が【酔蝶】へと足を運ぶ回数はいくらか増えることとなる。とはいえ仕事上の付き合いの域は出ずに、月と顔を合わせるのも毎回ほんの数分ではあったが。
そんな折、時間が空いた燈瑩が開店前に差し入れを持って【酔蝶】に訪れると、オーナーが受付で頭を抱えていた。
「どうしたんです?」
「燈瑩君…差し入れかい?ありがとうね」
礼を言うその語気は弱々しく、明らかに何か問題が起こったのであろうことを示唆していた。話してくれと促す燈瑩にオーナーは口を開く。
「月がな…今日は仕事に出たくないと…」
「え?理由は?」
「それがわかればいいんだが…」
突然の欠勤希望、原因は不明らしい。
店ではキャストごとにランクがついている。月は最高級のSSなので、文字通り指名料金が桁違いだ。ここの集客が見込めないと店側は相当の痛手…売り上げはかなり落ち込む。
けれどオーナーとしても月にあまり無理強いはしたくなさそうな様子。はじめはナンバーワンの機嫌を損ねない為かと思ったが、どうやら些か異なるようで。
燈瑩が【酔蝶】を訪れた初日、不在だったオーナーが中継ぎを任せていたのも、今考えれば仕事面以外での月との関係性が深いことを示していたのだろう。
「じゃあ…こうしましょう」
燈瑩はひとつ案を出した。そして、今日も見慣れた豪奢な扉を叩く。
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