九龍懐古

カロン

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和気藹々

流行りとひとつ‘貸し’・後

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和気藹々3





「って訳なんやけど。雇ってもらえんかな」
「首突っ込まねぇつってたのどこの誰だよ」

【宵城】最上階。事情を聞いたマオが案の定渋面じゅうめんを作る。大地ダイチのこと雇ったやんとうっすら文句をつけるカムラへ、あれはまた別だとてのひらをヒラヒラさせた。その様子に、窓際で煙草を吸う燈瑩トウエイが笑う。

「ほんと、いきなり来てろくな事言わねぇな」
「だからこそいきなり来たんだよ」
大地おまえはそーゆーくちばっかり学ぶんじゃねぇ」

大地ダイチの言い分に納得しながら呆れつつ、マオは苦い表情で少女を見た。

まず若過ぎる。【宵城】で使うことは出来ない。レンの店の女は足りている、欲しかったのはバーの方の客引きだ。スタッフでもいいが…つとまるのだろうか?この子に。しかし何より、1番の懸念はそこではない。

マオはパイプの先をピッと大地ダイチに向けた。

「つうかてめぇ、知り合ったヤツ全員助ける気か?犬猫拾うんじゃねーんだ、犬猫だって片っ端から拾えねぇだろ」

カムラの家計は自転車操業。まれに財布が潤うときもあるが基本的にギリギリの生活。そんな中でチマチマと貯めていた金を見ず知らずの少女に投資する。仕事をあてがって返済していってもらうにしろ、半分は賭けだ。
親近感がわいて同情心が芽生えたとはいえ、そんな境遇の人間は九龍城砦ここにはゴロゴロいる。いちいち助け起こしてなどいられない…よほど余裕のある者でなければ。

「自分で責任持てねぇ事はすんじゃねぇよ」

ため息をつくマオ大地ダイチが食い下がった。

「だけど見捨てられないよ。もう友達だもん。俺に出来ることは少ないけど、手の届く相手には手を伸ばしたいよ」

大地ダイチとて、全員を救うのなんて到底無理なのは百も承知。そんな大逸れた考えでもない。ただ、こうして出会えた、今目の前に居る人くらいは。

「俺だって…そうやって助けられたから」

かつて自分がそうしてもらったように。

燈瑩トウエイが、大地ダイチの言葉に驚いた様子でわずかに目を見開いた。カムラは瞼を伏せる。
真っ直ぐな大地ダイチの瞳。マオはガリガリと頭をかいて、そりゃ力のある人間ヤツだけが使える手段だろと呟きチラリと燈瑩トウエイを見る。どうする?そう問うような視線。

燈瑩トウエイは一口煙草を深く吸い込んで、ゆっくり煙を吐くとマオに微笑んだ。その返答・・に思いっ切り嫌そうな顔をしたマオだったが、わかったと言って雇用を了承。言葉を続けた。

「お前、ネイだっけ?何にも持ってねぇんだろ?支度金やるよ。それで準備してこい」

店が新しいキャストを雇う際、仕事用品を買い揃えたり身だしなみを整える為に支度金として現金を支給することがある。マオから見て、カムラの手持ちだとこの少女の購入代金及び生活費がまかなえないのではと判断しての発言。

「え、そんな、私お金を頂けるほどじゃ…」
「だったら後で返せよ。自分テメェの力でプラスにしてみせろ」

ネイは慌てたが被せるようにマオが答えた。カムラも何か言いかけるも、雇うって決めたのは俺だ黙れ饅頭、平べったくされてぇかと一喝される。

「いや、そんな圧かけることないやん…」
「そうだよ。照れ屋なんだからマオは」
「お前からすぞ燈瑩トウエイ

言うが早いか、マオが目にも止まらぬ速さで鉄扇を投げ付ける。それを眼前でキャッチしあっぶな!と笑う燈瑩トウエイを横目に、カムラが急な攻防とその素早さに驚愕の表情を見せた。アズマだったら当たってたのによとマオはつまらなそうに舌打ちをする。

一方、大地ダイチは話がまとまったことに安堵しつつ一抹の悔しさも感じていた。
マオには譲歩してもらったし、さっきの様子からして燈瑩トウエイも策を講じてくれるのであろう。やっぱり自分だけではどうしようもない、みんなの手もわずらわせることになってしまう。
もっと成長したい。自分達をたすけてくれたあの頃のゴーみたいにとまではもちろんいかないけれど、もっと…。

俯き拳を握る大地ダイチマオが声を掛ける。

「おい、大地ダイチ。ひとつ‘貸し’だぜ」
「!」

大地ダイチはパッと表情を明るくした。笑顔で勢いよく頷く。

これは‘貸し’なのだ。ワガママをきいてもらった訳じゃない。つまり───対等に扱ってもらえているということ。少しだけでも認められた、そんな気がして大地ダイチは嬉しかった。

ネイが皆を見回して頭を下げる。

「あの、私、頑張って働いてお金返していきます…カムラさんにも、マオさんにも。あと、大地ダイチにも払わなきゃ…」
「え?なんで?」
「だって大地ダイチは仲介屋さんなんでしょ?私、お仕事とか仲介してもらったし…」

大地ダイチはケラケラ笑って俺は何も出来てないよと答えるが、ネイも引き下がらない。気弱そうだが意外と芯は強いのか。

「じゃあ、たまにジュースとかおごってよ。俺お酒は飲まないからさ。マオの店のジュース美味しんだよねぇ」
「そりゃお前がたけぇのばっか飲むからだろ」

どうせ高額なのを開けるなら酒にしろとボヤくマオに、大地ダイチだよと悪戯いたずらな表情。無理無理!俺が払う羽目んなるやん!とカムラが首をブンブン振った。




こうして、騒動はひとまず一件落着した。

────ように見えたが。
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